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裏方聖女は逃げ出した!~ブラック職場やめます!お洒落なカフェハウスの店長になったので、今更戻れと言われてももう遅い!  作者: 柚屋志宇
第1章 鳥籠の裏方聖女

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14話 黄金世代の終わりの始まり

「この手紙をバンクス公爵に届けなさい」


 薬草園の現場の管理を任されている神官の一人、若い神官シモンは、バンクス公爵宛ての手紙を神官見習いに手渡した。


 バンクス公爵宛ての手紙は、平民出身の巫女ルネから預かっていた二通の手紙のうちの一通だった。


「かしこまりました」


 手紙を受け取ってその場を去る神官見習いの背を見送りながら、神官シモンは残った一通の手紙について考えた。

 それは大神官宛ての手紙だ。


(これは私が直接、大神官に届けたほうが良いだろうな。神官長は……どうもアテにならない)


 その日、神官シモンは、巫女ルネ本人から薬草園を辞めるという報告を受けた。


 その際に、大神官とバンクス公爵宛ての手紙を預かった。

 大神官は中央神殿の最高責任者であり、バンクス公爵は巫女ルネを中央神殿に推薦した貴族であるので、巫女ルネが神殿から退去する際に何らかの報告をするのは特におかしなことではない。


 巫女ルネは、薬草園の統括である神官長には、薬草園から退去することを口頭で直接伝えたと言っていた。


 ――私が皆様にご迷惑をおかけしていると神官長からお叱りを受けました。

 ――身の程をわきまえ、私は薬草園を去ることにいたしました。

 ――神官長にはその場で薬草園を退去する私の意思をお伝えいたしました。


(巫女ルネは大人しく目立たない少女だったが……)


 神官シモンは、ルネが皆に迷惑をかけていたという話に少しだけ疑問を感じた。


 しかし女性同士が派閥を作っていがみ合いをすることは、よくあることだったので、ルネを鬱陶しく思う者がいたことについてそれほどの不思議は感じなかった。

 巫女たちが奉仕する薬草園では、そういったいざこざは珍しいことではなかったからだ。


(巫女といっても光魔法の才能があるだけのただの女性たちだ。聖職者として神学を学んだわけでも修行をしたわけでもない。婚約の話ばかりしている俗人だからな……)


 偶然なのか、奇跡なのか、現在の薬草園に集っている貴族出身の巫女たちは光魔法使いとしては逸材揃いだった。

 彼女たちの才能で薬草園の収穫は倍増した。

 稀代の天才光魔術師である筆頭聖女セラフィナと共に、彼女たちは巷では『黄金世代』と称賛されている。


(ルネのように、光魔法が少し出来る程度の平凡な平民出身の巫女では、才能も身分もある彼女らの不興を買ったら居づらくなるのは当然。とはいえ……)


 巫女ルネが薬草園を去ったなら、巫女ルネが管理していた薬草畑はどうするのか。

 神官長からはまだ何の沙汰もない。


(神官長は巫女ルネの畑をどうなさるおつもりなのか。放っておいたらすぐ枯れてしまうだろうに。……一応確認しておいたほうが良いだろうな)


 神官シモンはそう考えを巡らせながら、巫女ルネからの手紙を届けるために大神官の部屋を訪ねた。


「あいにく大神官様は会議に出席しておられ、お留守でして……」

「ふむ……」


 大神官は、騎士団との会議に出席しているとのことで留守だった。

 黄金世代の功績により、神殿は神器と回復薬(ポーション)で国防に多大な貢献をしているため政治的発言力が増していた。

 そのため神殿の頂点である大神官は、あちこちの会議に出席している。


「ではこの手紙を大神官様にお渡しください」

「心得ました」


 神官シモンは、ルネの手紙を大神官付きの神官に託した。

 そしてその足で、薬草園の統括である神官長の部屋へ向かった。


「ルネが薬草園を去っただと?」


 神官シモンが、巫女ルネの畑の今後について尋ねると、神官長は訝し気に眉を寄せた。


「神官長には直接お伝えしたと、ルネが申しておりましたが?」

「……まさか本当に出て行くとは……」

「神官長は、ご承知のことではなかったのですか?」

「出て行くと、我儘は言っていた。子供の我儘など本気だと思うわけがなかろう」

「迷惑をかけるばかりで申し訳ないからと、ルネは申しておりました」

「何もできない子供が、神殿を出てどうするというのだ……」


 不愉快そうにぶつぶつと呟いている神官長に、神官シモンはもう一度指示を仰いだ。


「それで、巫女ルネの畑は如何いたしましょう?」

「ルネが帰って来るまで、皆に交代で世話をさせれば良い」

「帰って来るでしょうか?」

「へそを曲げているだけだ。子供が一人で生きていけるわけがない。すぐに音を上げて帰って来るだろう」



 ◆



「無理です!」


 神官シモンは薬草園の巫女たちに指示を出した。

 ルネが管理していた畑を、皆が一日ずつ交代で世話するようにという指示だ。


 神官シモンが巫女たちを集めて、ルネの畑の分担の日程を通達すると、貴族出身の巫女たちは口をそろえて不平不満を言った。


「そんな余裕ありません!」

「そうよ!」

「自分の畑だけで手いっぱいです!」


「これは神官長の決定だ」


 巫女たちに神官シモンは言った。


「不満があるなら神官長に申し立てなさい」


(黄金世代の巫女たちにとっては、一日だけ他を手伝うくらい大した負担でもないだろうに。何と怠惰な)


 黄金世代と称賛されている貴族巫女たちの、今までの収穫量の実績を知る神官シモンは内心でそう思った。


(自分の成績ばかりで奉仕の心をまったく持っていない。やはり俗物よ)



 ◆



「私はルネがしたことは気にしていないわ。だからルネに厳しいことは言わないであげて」


 聖女セラフィナは婚約者であるフィリップ王子を説得しようとしていた。

 フィリップ王子が、セラフィナの仕事の手伝いをルネに禁止した命令を、撤回させるためだ。


「セラフィナは優しすぎる」


 フィリップ王子は困ったような笑顔で言った。


「慈愛深いセラフィナは正に聖女だな。だが優しいだけでは通らないこともあるのだ。そういうことは私に任せておけ」

「でも、ルネはまだ子供で孤児なのよ。私が世話してあげないと……」

「セラフィナはなんて優しいんだ」


 セラフィナがいくら取りなそうとして言葉を弄しても、まるで馬の耳に聖句を唱えるがごとく、フィリップ王子は聞かなかった。


(仕事が溜まっているのよ……!)


 ルネを手伝いとして呼べないことで聖女セラフィナの仕事は滞っていた。



 ◆



「ルネを呼んで」


 その日もフィリップ王子の説得に失敗した聖女セラフィナは、神殿に戻ると小間使いにそう命じた。


「セラフィナ様、王子殿下のご命令はいかがいたしましょう……」


 フィリップ王子が、ルネに聖女セラフィナの手伝いを禁止していることを知る小間使いは、セラフィナに伺いを立てた。


「ルネには、フィリップ様から許可をいただいたと言いなさい」

「……よろしいのでございますか?」

「フィリップ様が自ら薬草園に行かない限り、ルネがフィリップ様に確認することはできないわ」


 聖女セラフィナは小間使いにルネを呼びに行かせた。


 だがほどなくして小間使いは戻って来て、意外なことをセラフィナに告げた。


「セラフィナ様、ルネが薬草園にいません」

「探しなさい」

「それが、ルネは薬草園の仕事を放り出してどこかへ行ってしまったらしいのです。部屋にもいませんでした」

「どういうこと?」

「ルネは薬草園でトラブルを起こして、他の巫女たちに迷惑をかけていたようです。そのことを神官長に注意されて、ルネはへそを曲げてどこかへ行ってしまったとのことです」

「ルネが? 薬草園で迷惑を?」


 普段の気弱で大人しいルネからは想像ができない事件を聞かされ、セラフィナは首を傾げた。


「ルネはどこかに隠れているの?」

「神官長の話では、すぐに戻って来るだろうとのことです」

「そう……」


 セラフィナは不快をあらわにして眉根をぎゅっと寄せた。


「まったく、こんなときに……。何をやらかしてくれるのよ……」


 神殿の者たちは、まだ気付いていなかった。

 黄金世代と称賛を浴びていた聖女セラフィナと薬草園の巫女たちの転落が、すでに始まっていたことを。



 ◆



 ――そのころ、神殿を出奔したルネは。


「何だか、人がいなくなった……?」


 ジルが書いてくれた簡単な地図を見ながら、ルネは宿屋が多くあるという通りを目指して歩いていた。

 しかし大通りから外れた途端に、どんどん寂しい細い道に入って行った。


 ルネは不安を感じて、歩いていた足を止め、もう一度地図を確認した。


「人が少ないところは危ないから、大通りにある賑わっている宿屋を選べって言われたけど……。本当にこの先に賑わっている通りがあるのかしら……?」


 王都に土地勘がなく世間知らずなルネはまだ気づいていなかったが、そこはすでに危険な裏通りだった。


 ルネは迷子になっていた。


1章終わりです。次話から2章です。

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― 新着の感想 ―
黄金のメッキが剥がれ始めた…。 手描きの地図って、目印を見落としたらどうにもならないんですよね
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