12話 決断
「ルネ、セラフィナ様がお呼びよ」
いつものように聖女セラフィナ様の小間使いが私を呼びに来ました。
その小間使いは、あの過酷な三日間の仕事を終えた朝に、私に残りの仕事を告げて、私に悪夢を見せてくれた小間使いでした。
あの日の朝の、あの怒りの感情、味のしない朝食の記憶が、私の心の中に一瞬で蘇りました。
(あなたは今日も元気そうね)
健康そうな彼女の姿を見て、私の心に怒りの炎が再燃しました。
まるで呪いのように。
「すみません。私は行けません」
私が断ると、小間使いは不愉快そうに眉を歪めました。
「ルネ、セラフィナ様のご命令よ。自分の立場を解っているの?」
「はい。もちろんです」
私は眉を下げて、悲しそうな顔をしてみせると言いました。
「私はセラフィナ様のお手伝いを禁止されている立場です」
「何を言っているの?」
「私がセラフィナ様のお手伝いをしたことに、フィリップ王子殿下は大層ご立腹なさいました。私は王子殿下に呼び出され、二度とセラフィナ様の仕事に手を出してはならないというご命令を賜りました」
私は心の中で舌を出しながら、表面上は悲しそうな顔をして言いました。
「王子殿下の直々のご命令ですから、私ごときに逆らえるものではありません」
「そんな馬鹿なことがあるわけないでしょう」
「神官長室で、神官長の前で、王子殿下が私にご命令なさったことです。お疑いなら王子殿下にご確認ください」
王子の命令が信じられないのか、小間使いは食い下がりましたが、私は「王子殿下には逆らえません」の一点張りでやり過ごしました。
「セラフィナ様にお伺いを立ててきます」
小間使いはそう言って引き下がりました。
そしてその日はもう現れませんでした。
次の日も、小間使いは現れませんでした。
(セラフィナ様は、フィリップ殿下に命令を撤回させるために、どういう言い訳をするのかしら?)
セラフィナ様が自分の失敗を私になすりつけたのは、おそらく、その場を上手くやり過ごそうとしただけで、後のことは考えていなかったでしょう。
平民巫女の私と、王太子であるフィリップ王子は、身分が掛け離れていることもあり接点がありません。
セラフィナ様がフィリップ王子に何を言ったかなんて、普通であれば私の耳に入らないことです。
セラフィナ様の言い訳を真に受けたフィリップ王子が、まさか私に直接注意を入れに来るなんて、セラフィナ様は予想していなかったことでしょう。
(セラフィナ様、フィリップ殿下に愛されていますね? さすがです)
私は内心で苦笑しました。
◆
――そして。
その日がやって来ました。
「ルネ、君は最近評判が良くない」
薬草園の長である神官長に、私は呼び出されたました。
そして理不尽な理由で、長々とお説教をされました。
「君は皆に冷たく当たっているそうじゃないか」
私はお手伝いの依頼を断わっているだけですが。
それを貴族巫女たちは、私が冷たい態度をとると、神官長に告げ口をしたようです。
神官長に叱られれば、私がまた言うことを聞くようになると思ったのでしょうか。
「君たちは等しくこの薬草園の巫女だ。皆で協力し合うことは大切なことだ」
「協力していないのは他の皆様です。皆様が私に協力してくださいませんでしたので、私の薬草畑は半分枯れてしまいました」
「君の畑の責任は君にある。自分の責任を他人になすりつけるんじゃない」
「責任転嫁しているのは皆様のほうです」
「ルネ、いい加減にしなさい」
神官長は私を叱りつけました。
(神官長は収穫量の数字しか見ていなくて、現場を知らないものね……)
私はこの中央神殿で、セラフィナ様や、薬草園の貴族巫女たちの仕事をずっと手伝っていました。
しかし所詮は存在を知られない裏方でした。
私の仕事の成果は、すべて、セラフィナ様や貴族巫女たちの成果として記録されています。
神殿では、聖女や巫女の内輪のやりとりにより、誰かが誰かを手伝うことは私以外の者もやっていました。
そういった手伝いの部分は記録に残りません。
私だけではなく、例えば貴族巫女たちを常時手伝っている巫女見習いたちの仕事の成果もそうです。
彼女たちの仕事の成果はすべて貴族巫女の成果として記録されています。
そもそも私がセラフィナ様の実質の助手として、バンクス公爵家に推薦されて中央神殿の薬草園の巫女となったのは、裏取引や、内輪でのやりとりが横行している神殿のなあなあな管理体制を利用したものでした。
十三歳の頃には解らなかったことが、十六歳になった今なら解ります。
(記録にないことだもの。説明しても無駄よね)
私は心の中で溜息を吐きました。
「傲慢と怠惰は、神に背く大罪だ」
神官長は、貴族巫女たちが言う感情的な印象の理由で、私の人格を非難しました。
私が、非協力的で、皆に冷たい態度をとっているとか。
私が、聖女セラフィナ様に甘やかされて増長しているとか。
私が、皆に迷惑をかけているとか。
私が、人間関係を乱して、全体の仕事の効率すらも落としているかのような言われ様でした。
神官長は道理を説く素振りで、私を貶めると、最後にこう締めくくりました。
「君も皆の支えになれるようしっかり働きなさい」
(文句を言わず、奴隷としてしっかり働けと?)
――プチン。
何かの糸が切れました。
「解りました。ここを出て行きます!」
私は決断しました。
毎日お手伝いを要求されて、それを断れば嫌な顔をされて文句を言われ、終いには神官長に叱責されるのです。
このままここに居ても、みんなに嫌な顔をされて、文句を言われたり叱責されたりする未来しか見えません。
市井の生活は厳しいと聞いていますが、大抵の人々は市井で生きているのです。
私はもう十六歳で子供ではないので、きっと市井でも生きていけるでしょう。
生活が厳しくなるとしても、市井のほうがここよりはマシに思えました。
それに神官長が言うように、私がみんなに迷惑をかけるだけの存在なら、私がいなくなれば神殿は今より良くなるはずです。
私が消えれば筆頭聖女セラフィナ様の邪魔をする者はいなくなり、冷たい態度をとる私が消えることで薬草園の空気も良くなることでしょう。
それはとても良いことです。
「これは皆様のためです。私が皆様にご迷惑をおかけしていたことが、神官長のおかげでよぉく解りましたので。皆様のために、私は神殿を出て行きます!」
私は清々した気分で神官長に別れを告げました。
◆
「と、いうわけです。私は神殿を出ます!」
私は意気揚々とジルさんに報告をしました。
「ふうん……」
ジルさんは何の感慨もなさそうにそう言うと、私に問い掛けました。
「で? お金は持っているの? 宿や仕事のアテは?」
「お金は持っていません。とりあえず救貧院に身を寄せて、それから仕事を探そうと思っています」
「神殿がやってる救貧院になんか行ったら、すぐ連れ戻されるよ。バンクス公爵家は筆頭聖女になった娘のために、ルネが必要なんだから」
「え……」
思ってもみなかったことを言われ、私は固まりました。
ジルさんは冷めた顔で言いました。
「孤児院と神殿しか知らないなら、考えていないんじゃないかって思ったわ。これだから世間知らずは……」




