11話 破壊
「ルネ、手伝って貰える?」
「申し訳ありません。余裕がありませんので無理です」
その日以来、私は薬草園のお手伝いを全て断ることにしました。
聖女セラフィナ様の手伝いを三日間必死にやったのにお礼も言われず残念な顔で「仕方ない」と言われ。
薬草園に帰ってみれば手伝いを頼んだ巫女たちの手抜きで畑が半分枯れていて「仕方ない」と言われ。
あまりの惨事に、怒りに震えたその日から、私はお手伝いを全て断るようになりました。
「ルネ、畑に癒しの魔術をかけて欲しいの」
「魔力がないので無理です」
「意地悪するのはやめてちょうだい」
私の畑を半分枯らしたシェイラ様とナタリア様とメレディス様が、憤慨しながら私に抗議しました。
「ルネの畑のことは悪かったと思っているわ。でも仕方なかったのよ」
「こちらだって大変だったのよ」
シェイラ様たちの仕事が大変で、余裕がなかったというのはおそらく本当です。
なにしろ、彼女たちの畑は、それまで私がお手伝いしていたので、薬草の葉は通常よりも大きく育ち、葉の枚数も多かったからです。
私が魔力を注いだことにより、大きく育った葉と、倍増した葉の枚数を維持するには、彼女たちの魔力だけでは足りなかったのです。
ましてや記録的な猛暑の炎天下。
私が留守にした三日間で、彼女たちの魔力量に不相応な大きさと枚数だった薬草の葉は、魔力が行き渡らず、どんどん枯れ落ちていったようです。
「収穫量を落とすわけにはいかないもの。解るでしょう?」
「私たちも必死だったのよ」
シェイラ様たちは自分の成績を落としたくなくて必死だったのです。
そのため彼女たちは魔力の全てを自分の畑に使い、私の畑を切り捨てました。
「私も今、大変なのです」
私はシェイラ様たちに言いました。
「体調が悪くて魔力がなかなか回復しないんです。自分の畑で手いっぱいです」
「どうしてそんな意地悪をするの!」
私が体調不良だと言っているのに、シェイラ様たちはそれを意地悪だと決めつけて言いました。
たしかに私の体調はいつも通りに戻っていましたが。
私の目の下にはクマができているままなので、体調不良が通常になってしまっていただけで、体調不良であることは事実です。
「本当に魔力が限界なのです」
「自分の畑はちゃんと出来ているじゃない!」
「そうよ! 癒しの魔術もかけているんでしょう?!」
青々と茂っている私の畑を指して、シェイラ様たちは言いました。
私はそれに淡々と返しました。
「薬草の数が減ってしまったので、その分を頑張っているんです。でもこれが限界です。他を手伝う余裕はありません」
シェイラ様たちだけではなく、他の貴族巫女たちも、私が手伝いを断わると抗議してきました。
「ルネは出来るでしょう? 出来るのにどうしてそんな意地悪を言うの?」
「本当に余裕がないんです」
「ルネの畑を枯らしたのはシェイラ様とナタリア様とメレディス様でしょう。私たちは関係ないわ。どうして私たちにまで意地悪するのよ!」
「意地悪ではなく、私は自分の仕事で手いっぱいなのです」
「ルネは出来るんだから、やってくれたって良いじゃない!」
「魔力が足りなくて出来ないんです」
◆
私が手伝いを断わり始めてから四日目。
セラフィナ様の手伝いに行っていた三日間も足せば、一週間、私は他の巫女たちの畑に魔力を注いでいないことになります。
彼女たちの畑は茶色く変色し始め、大きく育った葉の半分ほどが枯れていました。
私の魔力により今まで収穫量が倍増していた分が、元に戻り始めただけです。
そしてその日。
「ルネ、フィリップ王子殿下があなたをお呼びよ。神官長室へ来るようにって」
「王子殿下が? 私を?」
聖女セラフィナ様の婚約者であるフィリップ王子殿下に、私は呼ばれました。
セラフィナ様の手伝いをしているとはいえ、ただの薬草園の巫女である私が王子に呼ばれる理由が思い当たりませんでした。
私は内心で首を傾げながら、王子がいるという神官長室へ行きました。
「……なるほど。子供だな」
神官長室へ行くと、そこには険しい顔をした神官長と、不愉快そうな顔をしたフィリップ王子が居ました。
私は十六歳でしたが成長が遅れていて小柄なので、フィリップ王子は私を子供だと思ったようです。
「セラフィナの仕事の邪魔をするのはやめるんだ。聖女の仕事を邪魔するなど、子供でも許されないことだ」
「……?」
何を言われているのか解らず、私がポカンとしていると、王子はさらに続けました。
「セラフィナは優しいから許しているのだろうが、君のせいで大勢に迷惑がかかっている」
「私が……どんなご迷惑をおかけしたのですか?」
私がそう尋ねると、フィリップ王子は教えてくれました。
セラフィナ様の行いを。
「君が勝手にいたずらしたせいで、眠り袋が大量に不良品になっていた。怪我人も出たんだぞ」
「……え?」
一週間前にセラフィナ様のお手伝いをしたとき、私は眠り袋の仕事はやっていません。
眠り袋の仕事が残っていましたが、私はそれを断わって帰りました。
眠り袋を仕上げたのはおそらくセラフィナ様です。
「この間の……一週間くらい前の、眠り袋ですか……?」
「そうだ。聖女の真似事がしたいのは解るが、聖女の仕事は遊びじゃないんだ。勝手に神器を悪戯されては困る」
セラフィナ様は、眠り袋の仕事を完璧に仕上げることが出来なかったのです。
そしてその失敗を、お泊りしていた私が悪戯をしたせいだと、私になすりつたのです。
「私は遊んでなんかいません。私はセラフィナ様に頼まれて、泊りがけでお手伝いをしていたのです」
「君は聖女の手伝いをしているつもりかもしれないが、君がやっていることは聖女の仕事の邪魔でしかない。今後、聖女の仕事に手を出すことは許さない」
「……眠り袋に、私が手を出したと、セラフィナ様がそう言ったのですか?」
「そうだ。彼女は正直にわけを話してくれた。だが勘違いするなよ? セラフィナは君を庇っていた。君はまだ子供だから仕方ないと。セラフィナは君がしたことに責任を感じて、バンクス公爵家から負傷者への手当も出すと言っているんだ」
「……」
セラフィナ様の失敗に、セラフィナ様が責任を感じるのは当然なのですが。
どうして私が失敗したことになり、セラフィナ様が私を庇う優しい人になっているのでしょうか。
(セラフィナ様は、自分の失敗を私になすりつけたのね……)
くすぶっていた怒りの炭火が、私の心の中で再び静かに燃え上がりました。
「私は、セラフィナ様のお仕事のお手伝いをしてはいけないのですか?」
私は念を押すように、王子に確認しました。
「そうだ。当たり前のことだ。君がまだ子供だからセラフィナは甘やかしているんだろうが、セラフィナの仕事は、筆頭聖女の仕事だ。子供が手を出して良いものではない」
「はい」
セラフィナ様のお手伝いをしなくて良いことは、私には好都合でしたので了承の返事をしました。
「解りました。王子殿下のお言いつけを守ります。私は二度とセラフィナ様のお仕事に手出しいたしません」
「うむ。解れば良い」
フィリップ王子は満足そうに頷きました。
(王子殿下のお言いつけだもの。仕方ないよね?)
都合の良い命令をされて、思いがけず事が上手く運んだ幸運を感じて、私は心の中でほくそ笑みました。
(私がお手伝いしなくなったら、セラフィナ様はどうなるのかしら)
きっとセラフィナ様はとても困ることになるだろうと思いました。
だってセラフィナ様が聖女になったのも、中央神殿で筆頭聖女になれたのも、私が裏方として働いていたからですもの。
幼いころの私は、セラフィナ様が称賛されると、自分の仕事が認められたように感じて満足を得ていました。
ですが、今はもう、ジルさんが言っていたとおり、私は仕事の成果をセラフィナ様に盗まれていたようにしか思えなくなっていました。
(まさか自分の失敗を、私になすりつけるなんてね……)
幼い頃は大好きだったセラフィナ様。
それがもはや、軽蔑の対象にまで成り下がっていました。




