10話 怒りの日
「三日間、魔力を使い続けたので魔力がつきてしまいました」
私はセラフィナ様に言いました。
少しだけ魔力が回復している感覚はありましたが、ほとんど底をついているのは本当のことです。
三日間、朝から晩まで魔力を使い続け、昨夜は徹夜でしたから。
魔力が尽きていて当然の状態です。
「もう魔力が残っていないのです」
「困ったわね……」
セラフィナ様は悲しそうな顔をしました。
「魔獣の被害を食い止めるにはどうしても神器が必要なのよ……」
セラフィナ様はそう言い、何かを期待するような目を私に向けました。
(困っていると言えば、私が承諾すると思っているのよね……)
魔獣被害に大勢の人々が困っていることは、解っています。
だからこそ私は三日間、神器に光魔法を注ぎ続けたのです。
でもセラフィナ様だって光魔法が使えます。
聖女様ですから。
魔力がつきている私より、元気そうなセラフィナ様のほうが仕事は出来るはずです。
目の前の、元気そうなセラフィナ様に、困っていると言われても……。
三日間働き続けて寝不足で魔力がつきている私の心は、セラフィナ様に共感することはできませんでした。
今、私の感情には、怒りの炎しかありません。
それに残っている仕事は、眠り袋だと小間使いが言っていました。
眠り袋は大抵が何十個かが一まとめにされて送られてくるので、それなりの数量はあります。
ですがそれは小間使いが言っていたように簡単な部類の仕事で、魔力も大量に必要というわけではありません。
聖女見習いたちにも出来る仕事です。
聖女であるセラフィナ様であれば言わずもがな。
「すみません、セラフィナ様、本当にもう魔力がないんです」
私は魔力がつきたということで押し通すことにしました。
「三日間、働きづめでしたから。本当にもう出来ないんです」
「眠ったんだから回復しているのではなくて?」
「ずっと夜まで働いて睡眠不足で、昨日は徹夜でした。明け方から三時間くらいしか眠っていないので全く回復できていません」
私がそう説明をすると、セラフィナ様は不服そうな顔をしましたが、しぶしぶと言った様子で承諾しました。
「そう……。仕方ないわね……」
(仕方ない……?)
「解ったわ……」
セラフィナ様は残念そうな顔をして、小さく溜息を吐くと、踵を返して部屋から出て行きました。
「……」
三日間、必死に仕事をしたのに。
一言のお礼もないばかりか、残念そうな顔をされて溜息を吐かれてしまいました。
――試しに、お手伝いを断ってごらん。
――仕事を断わったあなたに聖女様がどういう態度をとるか見てみたら良いよ。
頭で理解していただけのジルさんの言葉が、感情として私の心に染み入りました。
私の心の中のモヤモヤが言葉という形を取り、息苦しいほどに膨張しました。
「私、薬草園に戻りますね……」
味のしない朝食を食べ終えた私は、小間使いにそう告げ、帰り支度を始めました。
◆
「どうして……!」
薬草園に戻った私には、更なる衝撃が待ち受けていました。
私の薬草畑の薬草たちは弱り切ってくたくたにしおれ、干からびたように茶色く変色している部分がたくさんありました。
(……シェイラ様たちは、光魔法を注いでくれなかった……?)
光魔法を注がれている薬草たちには、光魔法の気配があります。
ですが私の畑の薬草たちからは光魔法の気配がすっかり消えていました。
私と同じく、薬草たちも光魔法がすっからかんの状態です。
「間に合って……!」
私は急いで、残り少ない魔力で薬草たちに癒しの魔術を施しました。
まだ生きていた薬草たちは持ち直しました。
ですが枯れてしまっていた薬草たちは、癒しの魔術をかけても生き返るものではありません。
畑のおよそ半分が枯れていました。
「……」
私は茫然としました。
「ルネ、戻って来たのね」
茫然と薬草畑の前で立ち尽くしている私に、三人の貴族巫女が歩み寄って来て声を掛けました。
私がお手伝いを頼んだ、シェイラ様とナタリア様とメレディス様です。
「ごめんなさいね、光魔法まで手が回らなかったのよ」
シェイラ様たちは困り顔で微笑みながら、私の畑の惨状について言い訳をしました。
(手が回らなかった……?)
「焼けつくような暑さだったでしょう。自分の畑で手いっぱいで……」
「ルネがいなかったから、こちらも大変だったのよ?」
(自分の畑で手いっぱい……? 大変……?)
彼女たちの言い訳が、私の心に刻まれました。
「私の畑は、半分が枯れてしまっています。どうして光魔法を注いでくださらなかったんですか?」
私がそう質問すると、彼女たちは少し意外そうな顔をしました。
私が今まで、はっきりと不平を言ったことがなかったからでしょうか。
彼女たちは不愉快そうに眉を歪めて、私に反論をしました。
「だって無理だったのよ。仕方ないでしょう」
(仕方ない……?)
「自分の畑を枯らすわけにはいかないもの。解るでしょう?」
「私たちには私たちの仕事があるんですもの。余力なんてなかったのよ」
彼女たちの言い訳を聞いても、私には怒りの感情しかありませんでした。
今までの、優しい世界を信じていたい私であったなら「みんな大変だったんだから仕方ない」と納得したかもしれません。
ですがその時の私の心には、炭火のようにじりじりと怒りの炎が燃え続けているだけでした。
「……そうですか……」
私は怒りをためこみながらも、嫌な気持ちを表に出さないようにして、無表情で彼女たちに言いました。
「お手伝い、ありがとうございました」
水やりだけはしてくれていたようですから、私は彼女たちにお礼を言いました。
ですがこのとき心に決めました。
(もう二度と、この人たちの畑のために魔力は使わない……)
私の心の中に燃え上がった怒りの炎が、優しい世界の幻想を焼き尽くして灰にしました。
幻想が消えた世界はクリアでした。
今まで見えていなかったものが見えるようになり、判断材料が増えて、私は考え方が反転しました。
(みんな自分の畑が大事なんだものね?)
自分の畑が大事という言い訳が通用するなら、私だって同じ言い訳で通用するはずです。
――他人の手伝いなんて、やらなくても良いことなんだから。
(ジルさんの言うとおりだった……)
いくら他人が困っていても、他人の手伝いなんてしなくて良いことだったのです。
自分を優先するのが当たり前なのです。
それは「仕方ない」ことなのです。
(仕方ないことなんだから、仕方ないよね?)
私を捕らえていた幸福の鳥籠は、猛暑の炎天下に焼かれて、消し炭になって崩れ落ちました。




