01話 出て行きます!
短編の連載版です。
「ルネ、君は最近評判が良くない」
中央神殿の薬草園の巫女である私、ルネは、薬草園の長である神官長に呼び出されました。
神官長は苦虫を噛み潰したような顔で、私にお説教を始めました。
「君は皆に冷たく当たっているそうじゃないか」
「……は?」
私は思わず真顔で、神官長に問い返しました。
「私が何をしたというのですか?」
「君は皆と協力せずに冷たい態度をとってばかりで、空気を悪くしているだろう」
「皆様のお手伝いをする余力がありませんので、ご依頼をお断りしているだけです」
私がそう反論すると、神官長は不愉快そうに眉を歪めました。
「君たちは等しくこの薬草園の巫女だ。皆で協力し合うことは大切なことだ」
「協力していないのは他の皆様です。皆様が私に協力してくださいませんでしたので、私の薬草畑は半分枯れてしまいました」
「君の畑の責任は君にある。自分の責任を他人になすりつけるんじゃない」
「責任転嫁しているのは皆様のほうです」
「ルネ、いい加減にしなさい」
神官長は私を叱りつけました。
「聖女セラフィナ様に目を掛けられているからといって増長するんじゃない」
「……」
神官長の言うとおり、私は聖女セラフィナ様に目を掛けられている巫女でした。
それはそれは、とてもとても、目を掛けられていました。
聖女見習いだったセラフィナ様が、聖女となり、この中央神殿でお勤めすることが決まったとき。
私も一緒に中央神殿に行けるようにと手配しくれたほどに。
「傲慢と怠惰は、神に背く大罪だ」
「何のお話ですか?」
「ルネ、君のことだ」
「……」
私が?
傲慢で怠惰?
「皆に迷惑をかけるんじゃない」
私が迷惑をかけている?
「君程度の光魔法の使い手は珍しくもない。代わりはいくらでもいる。君がこの中央神殿にいられるのは聖女セラフィナ様の温情あればこそだ。セラフィナ様のお優しさにいつまでも甘えていられると思わないことだ」
私が優しさに甘えている?
「君がその調子ではセラフィナ様もいつか愛想をつかすことだろう。そうなる前に己の行いを反省して態度を改めなさい。人は皆、支え合って生きているのだ。君だって大勢の人々に支えられて生きている」
支え合い、ね……。
たしかに私の衣食住は誰かの仕事のおかげで成り立っています。
でも仕事をしている者たちは、仕事の対価を得ているはずです。
仕事をお休みしてのんびりできる時間もあるはずです。
仕事を選ぶ権利や、断わる権利だってあるはずです。
最低限の衣食住だけを与えられ、休む暇もなく働かされるとしたら。
それは奴隷ですよね。
それに。
神官長の言う「皆」は、神殿の聖女や巫女たちのことです。
彼女たちは私におねだりするだけで、私を支えていません。
「皆の支えに感謝しなさい」
搾取している側が、搾取されている奴隷に、感謝まで要求するのですか?
搾取されて感謝しろと?
「君も皆の支えになれるようしっかり働きなさい」
まるで私が皆を支えていないみたいに言いますね。
私の『お手伝い』は評価するに値しない事だったんですか……?
――プチン。
私の中で、今まで張りつめていた何かの糸が切れました。
「解りました。ここを出て行きます!」
「光魔法しか取り柄がなく、人付き合いも満足にできない小娘が、神殿を出て生きていけると思うのかね?」
何かの糸が切れて、何かが吹っ切れてしまった私は。
道理を説く素振りでさりげなく私を貶める神官長に、真顔で返事をしました。
「はい」
神官長は私を見下すように薄ら笑いを浮かべました。
「世間は甘くはない。君のような世間知らずの小娘が市井で一人で生きていくのは不可能だ」
出来ないと決めつけて、出来ないと思い込ませて、呪縛するつもりですか。
「君が態度を改めるなら許すと、皆も言っている。ルネ、反省して態度を改めなさい。そして皆の寛大さに感謝することだ」
態度を改めるって。
それは、皆のおねだりに従順になって、皆の仕事を大人しく全て引き受けて、倒れるまで働けって意味ですよね?
従順な奴隷になることを、まるで美徳であるかのように神官長が言うので。
おかしくて、私はつい笑ってしまいました。
「態度を改める気はないので、出て行きます」
私がそう言うと、神官長はむっとして不愉快そうに眉を歪めました。
「意地を張るのもいい加減にしなさい。君のためを思えばこそ言っているのだ」
「ろくに仕事ができない私がここにいても、皆様にご迷惑をおかけすることしかできません。空気を悪くするばかりです。傲慢で怠惰な私など、いなくなったほうが皆様のためになります!」
私の心は、憑き物が落ちたように軽くなっていました。
「皆様のためを思えばこその決断です。だって、問題を起こしている私が神殿からいなくなれば、問題は解決ですよね」
「いつまでも子供のような屁理屈を言うんじゃない。もっと大人になりなさい」
思慮深い大人ぶってそう言った神官長に、私はにっこりと微笑みを返しました。
「これは皆様のためです。私が皆様にご迷惑をおかけしていたことが、神官長のおかげでよぉく解りましたので。皆様のために、私は神殿を出て行きます!」
私は清々した気分で神官長に別れを告げました。
「神官長、今までありがとうございました。大神官と聖女セラフィナ様によろしくお伝えください。それでは、さようなら!」
「ルネ、いい加減にしなさい」
神官長は「やれやれ」とでも言いたげに、困ったような顔をしましたが。
私はそれを無視して、さっさとその場を後にしました。
神官長は私が本気で出て行くとは思っていないのでしょう。
十三歳でこの中央神殿に来た私は、成長が遅れているのか小柄なせいもあり、十六歳になった今でもまだ子ども扱いされています。
でも私は本気です。
私は自分の部屋に戻り、少ない荷物をまとめました。
(ジルさんには挨拶をしなきゃね)
平民出身の巫女ジルさんには、別れの挨拶をするつもりです。
そして、私の目を覚まさせてくれたお礼も。
無表情で無口なジルさんが、私は最初は苦手でした。
でも、私は飼い慣らされた奴隷なのだと、教えてくれたのはジルさんでした。
私が神殿を出ることを伝えたら、ジルさんはきっと素っ気なく「そう」と興味なさそうに言い、引き留めたりもせずさっさと送り出してくれることでしょう。
(でもセラフィナ様には会いたくないわ)
聖女セラフィナ様は、きっと私を引き留めます。
会えば面倒なことになる……。
だって、聖女セラフィナ様は……。




