7.暗殺者の師と空虚な瞳
ダストに買われたフィーアは、森の奥の粗末な木製の小屋へと連れて行かれた。
「私の名はダスト。仕事は暗殺者だ」
ダストは、フィーアが初めて会った奴隷商人たちとは全く違う、鋭いがどこか冷静な目を持っていた。
「君には私のもとで、生きる術を学んでもらう」
「……」
フィーアは何も答えなかった。彼女は、死ぬために買われたのだと思っていたからだ。
ダストは、彼女の折れた腕を治すため、高価な薬と緻密な手技を施した。痛みを感じないはずのフィーアだったが、薬が身体に染み込んでいく感覚だけは理解できた。
腕が癒えた次の日から、地獄のような訓練が始まった。
ダストはフィーアに、暗殺術、体術、そしてこの世界で生き抜くための『感情を殺す術』を徹底的に教え込んだ。
「動け。考えを捨てるな。だが、心を動かすな」
フィーアは元々、感情が魔力と直結しているため、感情を殺すことは得意になっていた。しかし、ダストの教えは、『生きるために感情を徹底的に排除する』
という、彼女の考えをより強固なものにした。
「無表情でいろ。感情の揺らぎは、暗殺者にとって命取りだ」
ダストは、フィーアの容姿が持つ人を惹きつける力を危険視していた。美しい女性はすぐにターゲットの標的になる。だからこそ、その美貌を覆い隠すほどの空虚さを彼女に求めた。
フィーアはすべてを吸収した。体術は兄タイル仕込みの剣術と似た動きが多く、すぐに慣れた。魔力制御の訓練も、かつて母アリアから学んでいたものと共通していた。
彼女はダストの教えを忠実に実行した。
殺せ。感情を無くせ。何も感じるな。心を動かすな。
私であることを忘れろ。人としての心をナクセ。
ナニモカンジルナ。
ダストはフィーアの成長の速さに驚きつつも、その瞳から微かな光さえも失われていく様子を淡々と見ていた。
ーーー数年後ーーー
森の奥。
その森の中にある小さな木製の小屋は、長年の風雨に耐えかねたようにキシキシと声を上げ、今にも潰れそうな様子である。その小屋の中に、二人の人の影があった。
「お前に新たな任務だ」
四十代後半と見紛う、低い威圧的な声の主はそう言った。白髪の混じった茶色い短い髪を刈り上げ、瞳は銀色に輝き、目つきは鋭い。彼こそが、最強の暗殺者ダストである。
「はい、ダスト様。ご命令を」
その鋭い目付きに怯えもせず、淡々と返事を返す十代の若い女性の声。長い銀髪の髪は背中まであり、今はその髪を頭の下の方で結んでいる。そして瞳はエメラルドグリーンに輝き、まるでこの世の者とは思えないほど素晴らしい容姿であった。
くっきりとした二重の瞳に、ぷっくらとした唇。十人中十人全員が美しいと思えるほどの顔を持つ、スタイル抜群の美少女。しかし、その瞳に光はない。まるで精巧な人形のように、表情がなかった。
「新しい任務は、ミリアル王国のあるものについて情報を手に入れることだ。フィーアという名前は隠し、マリアという偽名を使いなさい。王の娘、ユリアンナ姫の侍女として潜入し、王国の情報を盗むのが今回の任務だ。詳しいことは後々指示していく。いいか」
ダストと呼ばれた男は、フィーアと呼ばれた少女の前に立つ。
「王女はとてもわがままで、侍女は三週間持たないと聞く。特に容姿が綺麗な女には容赦がないらしい。お前の銀髪と瞳は、災いの種になる。髪の色を変える魔法具と、認識阻害魔法は忘れるな」
目を合わせ、フィーアと呼ばれた少女の心に問い掛けるような、そんな声だった。
しかし、
「大丈夫です。では」
そんな彼の心配に耳を傾けることも無く、一ミリも表情を変えないまま、彼女はその小屋をあとにする。
「…」
そこにはただ空虚な空間が漂うだけだった。
フィーアと呼ばれた少女は、その日の明け方のうちにミリアル王国に到着する。
この国は人族が王として統治している国である。他の種族があまりいないため戦力としては弱い。が、たくさんの国と貿易しており、発展している国である。発展しているということもあり、朝というものの、人が沢山歩き、各々散歩をしたり買い物をしたりしていた。
フィーアはダストから支給された認識阻害の魔法具を腕につけ、耳には髪の色を変える魔法具も付けている。今の彼女は地味な茶髪に茶色の瞳と、地味めな少女であった。
それでも人間離れした美貌ではないものの、「可愛いらしい少女」という認識となっていた。
(ここがミリアル王国。人間の国。確かに活気に溢れている…どうして王国の例のものの情報を手に入れる必要があるのか…私の任務は、ただ指示に従うこと。まぁ私には関係ないか)
無表情で黙々とミリアル王国の街道を歩いていった。
歩いているうちに大きなお城が目の前に迫る。
門には衛兵が二人おり、その扉を守っている。
フィーアはその衛兵たちに声をかける。
「王女様の侍女としてここで働くよう言われてきたマリアと申します。紹介状があるので見て貰えますか」
と一人の衛兵に声をかける。
するとその男の衛兵は、
「また、か…あんた、悪いことは言わねぇが…王女様はとても気まぐれで、平気で暴力なんかもする。給料目当てで働くなら他を当たった方がいい。あれは地獄だ」
彼は苦しい顔をしながら言った。まるで王女の行いを全て把握しているかのように。
「構いません。王女様に仕えることが私の夢でしたので、何をされても平気です。案内して貰えませんか?」
フィーアは表情も変えず、嘘ばかりの言葉を、まるで台本を読んでいるかのように話す。
「…。分かった。案内しよう」
その衛兵が何を思ったのか分からないが、諦めたように案内を始める。
(この嬢ちゃんは一日と持たないだろう)
そう考えながら。




