59.民
あの日から、空の色が変わった。
曇天の多かったバルザードの空が、あの方が王妃になったその日から、
嘘のように青く、柔らかくなったんだ。
竜人王ファブレム陛下の隣に立つその方――
銀の髪に、翡翠の瞳を持つ美しき王妃。
“銀の王妃”と呼ばれるあの方こそ、我らが奇跡そのもの。
初めて姿を見たとき、誰もが息を呑んだ。
神聖でありながら、どこか人間らしい温かさがあった。
目が合った瞬間、心が静まる。
竜人でさえ膝を折りたくなるほどの“穏やかな威厳”があったんだ。
「おお……まるで、女神が歩いておられる……」
老竜がそう呟いたのを、今でも覚えている。
王妃は、王の隣に立ちながらも、常に民の傍にいた。
戦で傷ついた者の手を取り、
貧しい家に竜人の癒しを分け与え、
子どもたちと笑い合う姿を、我らは何度も見た。
昔を知る古竜たちは言う。
「かつて、陛下が人を拒み続けた時代があった。
だが、あの方に出会ってから、陛下の瞳が“人の色”を取り戻した」と。
陛下の瞳――あの赤き光が、今は穏やかに輝いている。
隣で王妃が笑うたび、空が澄み渡る。
嵐の国に春が来た、とはこのことだ。
そしてもう一人。
獣王国より来た灰色の王子、ガゼル殿下。
王妃の側近として仕える姿は、まるで“影の守護者”のよう。
時に兄のように、時に友のように、
そして……噂では、深く愛し合っておられるとか。
だが、誰もそれを“許されぬこと”とは言わない。
なぜなら王妃の微笑みが、その全てを“正しいもの”にしてしまうからだ。
竜人も獣人も、人も、みな彼女の幸福を願っている。
――だって、あの方は涙の上に笑顔を築いたのだから。
ある日、城の庭園でその三人を見かけた。
陛下が本を読み、王妃が花を摘み、
ガゼル殿下が笑いながら二人をからかっていた。
「陛下、花冠を作ってもらうのは、似合いませんね。」
「……黙れ。これはフィーアが――」
「似合っていますよ、ファブレム。」
その一言で、王の頬がほんのり染まった。
あれほど恐れられた魔王の顔が、少年のように照れていたのだ。
その光景に、思わず涙が出た。
あの王妃の笑顔が、どれほど多くの心を救ってきたか。
あの方が“生きていてくれた”という事実が、どれほど尊いか。
我ら民は知っている。
あの銀の髪が光る限り、
この国は――決して滅びぬ。
“銀の王妃”は今日も、春風の中で笑っている。
竜の王と、獣の王とともに。
その微笑みは、神の加護よりも優しく、
どんな祈りよりも温かかった。




