58.家族
バルザード王国・ファブレム城、午後の庭園。
柔らかな陽光が差し込む中、色とりどりの花が風に揺れていた。
「……兄さま、父上。ここは……本当に、穏やかですね」
銀の髪を風になびかせながら、フィーアは小さく微笑んだ。
無表情の奥に、ほんの僅かな温かさが宿る。
彼女の隣で、タイルが苦笑を浮かべた。
「フィー、そんな顔を見せるのは久しぶりだな。
おまえが笑うと、どうも落ち着かない。」
「……そうですか?」
「そうだ。なんだか、母上の若い頃にそっくりでな。」
その言葉に、フィーアのまつげがわずかに震える。
タイルは続けて、空を見上げながらふと呟いた。
「母上がいたら……きっと、こうしてお茶をしていたんだろうな。」
ルヒトーがゆっくりとカップを置いた。
彼の指先がかすかに震えていることに、フィーアは気づく。
「……ああ。アリアが好きだった花だ。
春になると、よくフィーアを抱いてここを歩いていた。」
フィーアは静かに目を伏せた。
長い沈黙の後、ふとルヒトーの手に自分の小さな手を重ねる。
「……お父様。わたし、あのとき……何もできませんでした。守りたかったのに、守れなかった。」
「もういい。」
ルヒトーの声は低く、しかし確かに優しかった。
「おまえが生きていてくれただけで、私は十分だ。
アリアも……そう思っているはずだ。」
「……うん。」
タイルが立ち上がり、わざと明るい声を出す。
「なあ、父上。せっかく三人そろったんだ、久しぶりに料理でも作るか?
俺、バルザードで習ったんだぞ。竜人式シチュー!」
「おまえが……料理を?」ルヒトーが目を丸くする。
「兄さま、以前焦がしてたじゃないですか。」
「うっ……覚えてたか。今度は平気だ! 竜人式は豪快に混ぜればうまい!」
「……それ、根拠あるんですか?」
「ないけど!」
三人の笑い声が、穏やかに庭園に広がった。
遠くで風が吹き抜け、金色の花びらが舞う。
その光景を、天から見下ろす誰かがいたなら、
きっと微笑んでいたことだろう。
失われた時間は戻らない。
けれど――今、この瞬間だけは、確かに「家族」だった。




