57.安寧
フィーアが大精霊の力によってファブレムとガゼルの命を自らの時間軸に結びつけてから、幾月が過ぎた。
その日を境に、バルザード王国には――静かな永遠の春が訪れた。
王妃フィーアの穏やかな魔力は、大地と風の流れを整え、王国全体に平和をもたらしていた。
竜王ファブレムは、知恵と威厳をもって国を治め、
狼の騎士ガゼルは、民を護る影として王都を見守った。
騎士団長タイル(ラルク)は、副官ミーラと共に誓いを立て、
民は、銀髪の王妃と二人の番を「三柱の加護」と呼んで敬った。
王宮は光に包まれ、人々の笑い声は絶えることがなかった。
ファブレムとの、穏やかな王都デート
ある晴れた午後、ファブレムは王の衣を脱ぎ、黒のローブに身を包んで城を抜け出した。
その手には、銀髪の王妃――フィーアの手。
「ファブレム、こんなに賑やかだったのね!」
王都の通りを歩くフィーアは、王妃の仮面を外したただの女性の顔で、目を輝かせていた。
ファブレムは、彼女が自分を「陛下」ではなく、「ファブレム」と呼ぶたびに、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「これは、君が築いた平和だ。どの笑顔も、君への感謝の証だ」
二人は露店で焼きたてのパンを分け合い、竜人の工匠が作った小さな細工を眺めた。
彼らの周囲だけ、風が優しく香る。魔力がそうささやいていた。
通りの片隅で、ひとりの少女が銀色の髪に目を奪われた。
「お姉ちゃん、髪がとってもきれい!」
フィーアは微笑み、少女の頭を撫でた。
「ありがとう。あなたも、いつかきっと、誰かの光になるわ」
ファブレムはその様子を見つめながら、
――この笑顔を、千年でも、万年でも守り続けようと、静かに誓った。
数日後。
夜風が香る王都の広場に、ガゼルが姿を現した。
彼は騎士の鎧を脱ぎ、獣人族の伝統衣をまとっていた。
「フィーア、夜の市場は昼より活気がある。ほら、音楽も聞こえるだろ?」
その声には、どこか少年のような嬉しさが混じっていた。
灯火が並ぶ市場を歩きながら、フィーアはさまざまな香辛料や装飾品に目を奪われた。
「ガゼル、この光、とても綺麗……」
人波の中、ガゼルはふと立ち止まり、彼女の手を取って人目の少ない路地へ導いた。
「フィーア……お前の笑顔を見ると、胸が熱くなる」
彼の狼の瞳が月光を映し、
ほんの一瞬――唇が触れ合った。
「もう、ガゼル……ここは街中よ」
フィーアは頬を染め、囁いた。
「構うものか。俺の世界には、お前しかいない」
その手の温もりに、フィーアは穏やかな幸福を感じた。
昼の王であるファブレムが“静”の愛なら、夜の狼ガゼルは“動”の愛。
そのどちらも、彼女の心に欠かせない大切な一部だった。




