41.苦渋の決断
バルザード王宮での日々は穏やかだったが、ファブレムの心は常に銀髪の番の安全と、彼女への飽くなき独占欲で満たされていた。彼は、フィーアとガゼルの親密さには気付いていたが、それは信頼できる仲間としての関係だと思っていた。
しかし、ある日、離宮の庭園での出来事が、その認識を打ち砕いた。
フィーアが、騎士団の訓練から戻ったガゼルに、汗を拭くためのタオルを差し出していた。その瞬間、二人の指先が僅かに触れた。
その微細な接触から、一つの魔力の波紋がファブレムの魂に届いた。それは、自分の魔力に匹敵する、強烈な「番」の共鳴だった。
ズキン!
ファブレムは、内臓を直接掴まれたような激しい痛みに襲われた。彼の竜人の本能が、即座に警告を発した。
(……やはり、ガゼルも、フィーアの『番』だというのか...)
この世界は男女比率が3対1であり、一人の女性が複数の番を持つことは推奨されている。しかし、ファブレムにとって、フィーアは自身の全てであり、他の男と共有するなど、想像もできないことだった。
ファブレムの瞳は、激しい怒りと嫉妬で赤く燃え上がった。彼は、今すぐにでもガゼルを国外に追放し、フィーアを誰の目にも触れない場所に閉じ込めたくなった。
ファブレムは、その夜、ルヒトー宰相を王の執務室に呼び出した。
「ルヒトー。ガゼルについてだ。奴は、フィーアの二番目の番である可能性が高い」
ルヒトーは、冷静に頷いた。「やはり、陛下も気づかれましたか。私にも、娘の傍で、極めて純粋な獣人の魔力が共鳴しているのを感じておりました」
ファブレムは、机に拳を叩きつけた。
「私には耐えられない!フィーアは、私の番だ!このバルザード王国の王妃だ!奴を今すぐ追放する。それが、私の王としての、そして番としての決断だ!」
ルヒトーは静かに首を振った。
「陛下。お気持ちは痛いほど理解いたします。ですが、どうか思い出してください。この世界は、一夫多妻、複数夫が奨励される世界です。そして、フィーアは大精霊の血を引く、世界の調和を司る存在です」
「一つの愛、一つの力だけで、彼女の運命を閉じ込めてしまえば、以前のような魔力の暴走や、深い悲しみを再び引き起こすかもしれません」
ルヒトーは、まっすぐに王を見つめた。
「陛下は、フィーアの優しさに惹かれ、彼女の魂を愛したのではございませんか。彼女は、道具ではなく、自らの意志を持つ王女です。その優しさを認め、愛するというのなら、彼女の『選択』を奪ってはなりません」
ルヒトーの言葉は、ファブレムの心を深く抉った。彼は、フィーアの選択の自由を奪えば、彼女の優しさという、彼が最も愛した光を消してしまうことを悟った。
ファブレムは、長い沈黙の後、深く息を吐いた。彼の顔には、血を吐くような苦渋が浮かんでいたが、その瞳には王としての理性と番への深い愛が戻っていた。
「……分かった。ガゼルを追放することは、しない」
ファブレムは、己の独占欲を飲み込むという、最も困難な決断を下した。
「だが、ルヒトー。私にも譲れない一線がある」
ファブレムは、ルヒトーに向き直った。
「ガゼル、そして今後現れるかもしれない全ての番を前にして、誰を選ぶのか、誰を愛するのか。最終的に、その選択をさせるのは、フィーア自身だ。そして、もしフィーアが私を選んでくれるのなら……私は、誰にも渡さない」
ルヒトーは、その苦悩と決意に満ちた王の姿に、深く頭を下げた。
「承知いたしました、陛下。そして、その決断こそが、フィーア様の心を、永遠に陛下に繋ぎとめることになりましょう」
ファブレムは、窓の外の月を見上げた。夜空には、自分とフィーアの魔力が織りなす穏やかな気流が流れている。彼は、ガゼルという大きな脅威を受け入れ、フィーアの愛と運命を信じることを決めた。
この瞬間、王の愛は、独占欲から、真の信頼へと昇華したのだった。




