21.ガゼルの正体
フィーアがグリフ獣王国の首都で療養して数日。ガゼルとフィーアは、獣人たちが集う賑やかな食堂で、温かいスープを飲んでいた。
フィーアは、ガゼルの隣にいると、不思議と心が安らぐのを感じていた。彼の荒々しくも率直な優しさは、彼女の凍った心を少しずつ溶かし始めていた。
その時、一人の屈強な獣人騎士が、食堂の扉を蹴破るように入ってきた。
「ガゼル様!このような場所に隠れていらっしゃるとは!」
その騎士は、ガゼルに平伏することなく、不機嫌そうな顔で言った。
「国王陛下(ガゼルの父)がお待ちです!早く王宮へお戻りください!人族の女にうつつを抜かしている場合ではない!」
周囲の獣人たちの視線が一斉にガゼルに集中した。
「ガゼル様……王子!?」
フィーアの心臓が激しく動揺した。ガゼルが、この国の王族であると、初めて知った瞬間だった。
ガゼルは、スープの入った器を静かに置いた。
「ノックス。悪いが、俺は旅の途中だ。父上にはそう伝えておけ」
「何を!ガゼル様が敵国バルザードとの国境付近をうろついていると報告が入っているのですよ!殿下の行動は、グリフ獣王国とバルザード国の均衡を崩しかねない!」
騎士ノックスは、もはや外交問題だと訴えた。
「俺の旅は、俺の自由だ。バルザードの均衡など知るか」
ガゼルの断固たる拒否に、ノックスは激しく歯噛みした。
「ならば、仕方ない!この女を連れて行けば、殿下もすぐに戻られるだろう!」
ノックスは、愛する王子を国へ連れ戻すという使命感のもと、フィーアへと飛びかかった。
ノックスは、フィーアの身体に触れる寸前、魔力でできた縄のようなものでフィーアの身体を優しく拘束した。彼女を傷つける意図は、微塵もなかった。
フィーアは、ノックスの瞳の奥に、ガゼルに対する純粋な忠誠心と「愛」が込められていることを理解した。この騎士は、国と王子を救うために、強行手段に出たのだ。
(また……誰かを巻き込んでしまった。でも、この人たちは、私のせいで国を危険に晒すことを厭わない……)
フィーアは、逃げなかった。
あの時の自分なら、すぐに転移魔法で逃げただろう。しかし、ガゼルとの数日の交流で、「この絆は、逃げて断ち切っていいものなのか?」という、新たな感情が芽生えていた。
「ガゼル……」
フィーアが、初めて哀願にも似た視線をガゼルに向けた、その時。
「ノックス!手を離せ!」
ガゼルは怒りを爆発させ、王族としての規格外の力で、ノックスの縄を打ち砕いた。
そのままフィーアの手を取り、食堂から抜け出した。
「ガゼル様!!!」
というノックスの声を無視して。




