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宿で一部屋借りた私達は、部屋の中で夜を待った。
ふたつあるベッドのうちの1つをコロンは占領し、真ん中で寝息を立てて寝ている。
「随分可愛いもんだ。妹がいればこんなのが毎日見れるのかな」
寝顔を見守りながら、マルクが呟いた。
「多分、妹がいたら面倒に思うことの方が多いかと⋯⋯」
「冷めてるなぁシュナク。もしかして弟が妹がいるのか?」
「いえ⋯⋯あくまで憶測です」
寝顔が可愛いことは認める。
しかし、コロンに対する謎めいた感覚がまとわりついている今、素直に彼女を可愛いと思える気がしなかった。
「さてと、明日からどうする」
マルクはもうひとつのベッドに勢いよく座り込んだ。
明日のことより、このままだと私は彼と2人ひとつのベッドで寝なければならないのだろうか。
この男の爽やかオーラを寝てる間も浴び続ければ、わたしも爽やかオーラを身につけることが出来るのかは気になるところだ。
「そうですね。ひとまずコロンの身内を探すのは続けるとしてマルク、貴方を鍛えます」
「ふあぇ?」
なんとも形容しがたい気の抜けた声を発しながら、マルクは顔を引き攣らせた。
まさかこの男、昨日話していた勇者の自覚がどこかへ消えていたのだろうか。
「当然です。魔王との戦いまでどれほどの猶予があるのか分かりませんし、今の貴方じゃそこら辺の子供の魔物にすら殺されますから」
「じゃあ、俺はどうやって鍛えたら⋯⋯」
「どこか適当なところで魔物退治でも、ただし今日抜けた森はやめておきましょう。あの狼レベルの魔物だと最悪即死ですから。でもご安心を、即死じゃなければ私が治してあげますから」
窓際に置かれた薄汚れた椅子に座り、マルクを見すえながら微笑んでみせた。
マルクは顔を歪ませながら、明らかに嫌そうな気配を漂わせている。
「それが嫌なら、私と組手でもしますか」
「それで頼む」
食いつくようにマルクは言った。
「まあ、下手に魔物に手を出して集団でも引っ張り出してしまったら厄介ですからね」
「え、魔物って集団で動くのか?」
(しまった。そこからか⋯⋯)
どうやら、魔物によってはが人間と同じように集団を作り、村や町を作るということをマルクは知らないらしい。
たしかに、この人間界に現れる魔物なんて魔界で孤立した者ばかりだが、彼らが群れを成すことも考えられる。
改めて、下手に私の中の常識をさらけ出すと、正体が危ぶまれる恐れがあることを再認識した。
「まあ魔物によっては」
「ふーん。だとすると倒すのは気が引けるというか」
彼は倒される魔物の仲間のことを憂いているようだ。
「大丈夫ですよ。今の君に倒される魔物なんていませんから」
「お、おう。酷い言い草だ。事実だから仕方ないけど」
多分、わたしの嫁ですらマルクのことは瞬殺できるだろう。
脳裏に少しでも過ぎると、リディアのことで頭がいっぱいになってしまう。
ちゃんと彼女には今の私のことは伝わっているだろうか。
手紙を飛ばしたりすることも考えたが、ここの座標が分からない以上、どうすることもできない。
次に神から連絡が来た時は、そことなくお願いしてみよう。
最も、彼らを頼るなんて出来ればしたくないのだが。
────
空は藍色に染まり、星が煌めいている。
部屋にろくな明かりもないので、私達はもう寝ることにした。
相変わらずベッドの真ん中をでかでかとコロンは占拠している。
仮に端っこだったとしても、どうせ私達は2人ひとつのベッドで寝なきゃいけないのだが。
私は壁に向かって横になり、マルクと背中を合わせた。
黄ばんだ白い壁の前で私は眠りに落ちるのをただ待った。
今日はもうあんな奇妙な夢を見ないことを祈りながら、私は眠りに落ちた。
「シュナク⋯⋯起きて⋯⋯」
誰かが私の体を揺らしている。
朝になったのだろうか、だがまだ意識が朦朧として目が開けられない。
「シュナク⋯⋯お願い⋯⋯」
声の主は私の体を揺らし続けた。
「ごめんねマカライポ君。もう少し待って」
瞬間、私の目ははっきりと覚め、飛び起きるように体を起こした。
「私は一体何を口にしたんだ⋯⋯」
隣に顔を向けると、マルクの姿はもう無く、コロンがそばに居た。
たしかに私の体を揺らしていたのはコロンのはずだ。
なのに何故、私はあのヒヨコの名を口にしたのか、あのヒヨコに謝ったのか、まるで昨日の夢のように不可解で気味が悪い。
「ああ、ごめんねコロンおはよう」
気持ちを切り替え、コロンに挨拶をする。
コロンは無言で頷くと、機嫌良く部屋を出た。
「一体、どこに行ったんだ2人とも」
体に着いた汚れを魔法で消し、コロンの後を追って部屋を出た。
部屋を出た先に、共用の広間がある。
既に身支度を済ませていたマルクはそこでパンを齧っていた。
「ああ、来たかマルク、おはよう」
私に気がついたマルクがパンを一気に飲み込んだ。
「おはようございます。随分早い目覚めみたいで」
「そうでもないよ。ただシュナクは随分気持ち良さそうに寝てたね」
「まあ、久しぶりの安眠な気がして」
「それはよかった。シュナクも朝食買って来なよ」
マルクに言われて、広間の隅で売られているパンを買いに行ったが、それより朝になってマルクの爽やかオーラが増幅している気がした。
眠ったことでオーラが回復したのだろうか。
いやそもそも、彼の爽やか成分に快復とかそういうものは存在するのだろうか。
「あんぱん1つ」
パン売りのおばさんにお金を渡し、あんぱんを受け取った私はマルクとコロンの元へ行き、食した。
けして感動するのほど美味しいものでは無かったが、昨日の夜は何も食べてなかったので妙に身に染みた。
1口含む事に、下の方から視線を感じる。
視線の元へ目を向けると、コロンが物欲しそうに私を、いやあんぱんを見ている。
「コロンは朝ごはん食べてないの?」
「いいや、さっきあんぱん食べてたぞ」
コロンは答えてくれず、マルクが答えてくれたのはいいが、その間もずっとあんぱんを見られていることが気になる。
「ほら、あげますよ」
仕方なく1切れちぎって渡すとコロンはさっさと食べてしまった。
「シュナク⋯⋯ありがとう」
小さな聞き取りにくい声で一応のお礼を聞き、あんぱんを一気に平らげた。
それにしてもコロンは感情が読みづらい。
その原因は表情が余り変わらないことだが、そういうところはあまり思い出したくないあの最高神に似ている。
「シュナク⋯⋯変なこと⋯⋯考えてる⋯⋯」
「え? いやいや何も考えていないよ」
何も考えていないように見えて、こっちを観察しているのだろうか。
私はとにかく逃げるように部屋に戻り、身支度を済ませた。
────
昨日のように周辺でコロンのことについて聞き込みを行ったが、皆口を揃えて、初めて見る子だという。
コロンはマルクに肩車され、顔には出ていないがご機嫌のようだ。
マルクの提案で、私達はのんびりと次の街まで向かうことにし、道中の草原で足を止めた。
無論、マルクを鍛えるためである。
「さあマルク、この辺りで少し手合わせしましょう」
魔法で木の剣を2つ用意し、ひとつをマルクに放り投げた。
「ああ、わかったよ。コロン、少しこの辺りで待っててくれ」
木刀を掴み、マルクはコロンを降ろした。
コロンはそのまますぐ近くの地面に座り込み、こちらをじっと見ている。
「いいですかマルク、ひとまず形はどうだっていいので私に攻撃を当ててください」
「わかった」
私は木刀を右手に持ち、半身に構えた。
マルクは正面からなんの捻りもなく突っ込んできたが、別にそれで構わない。
マルクの攻撃が迫る。私は軽く払うと、マルクはそのまま突っ込んで地面に手を着いた。
「さあ早く立ってください。攻撃を当てるまで休憩はなしです」
「スパルタだな!」
マルクはまた突っ込んできたが、今度は視線が下がっている。
(足を狙う気ですか……それよりコロンは……)
一瞬、コロンに目を向けると、大人しく座りながらこちらを見ていた。
そして顔を戻した時、マルクの身体が視線から消えた。
しゃがみこんだマルクが、わたしの足目掛けて剣を振ったので、ジャンプして躱す。
すかさず身体が浮いたところに追撃がはいるが、如何せん速度がないので、簡単に止められる。
その後も何度も攻撃が飛んできたが、すべて防いだ。
マルクは既に息を切らしている。
「この間は気づきませんでしたが、センス自体は悪くないんですねぇ」
マルクの攻撃自体は悪くない。
普通の剣術習いたての子供くらいの能力はある。
しかし力が弱く、攻撃が遅いので当たらない。
私はマルクに向かって手をかざし、魔力を込めた。
「今なにかしたか?」
「ちょっとマルクの肉体の強化と回復を」
「うお、本当だ。剣がさっきより軽いぞ」
嬉しそうにマルクはその場で素振りし、構えた。
「じゃあいくぞ」
「ええ、いつでもどうぞ」
マルクが踏み込んだ1歩目は明らかに先程までとは違い、私も思わずドキッとした。
マルクが振り下ろした剣を避けると、空気を斬った衝動が、身体に届く。
少し強化しすぎたようだ。
当たればひとたまりもないだろう。
「まあ、それでも当たりませんがね」
繰り出される攻撃を私はわざと防御せずに避け続けた。
仮に更に体を強化したところで、絶対に当たらない自身があった。
マルクの視線は素直に狙いに向きすぎている。
その辺の魔物なら問題は無いが、仮に私みたいな優秀で知性を持った魔物と戦うことになったら、まず通用しない。
彼の動きだしを見る前に、目線に気を配れば何をしてくるのかおおよそわかってしまう。
「なんで⋯⋯当たらないんだ」
マルクはまた息を切らしている。
「それはまた後で教えます。それよりマルク、君に足りないものは分かりましたか?」
「ああ、ズバリ勇者としてのもっと強い心構えだな!」
「不正解!」
得意げに答えたマルクに接近し、首筋に手刀を食らわせた。
あまりにもドヤ顔が腹立たしかったので、ついやってしまった。
マルクはそのまま芝の上に倒れ、コロンが見下ろしている。
「大丈夫だよ。死んではいないから」




