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「2人で何をコソコソしてたの」


「男の秘密だよ。なあシュナク」


 マルクが私の背中を叩いた。

 

「ふーん。まあいいけど。あなた達今日はどうするの」


「村で泊まるよ。シュナクもコロンも俺の家に泊まるか?」


 マルクが私とコロンを交互に見た。


「ええ、お邪魔します」


「コロンはどうする?」


 いつも通り黙ったままのコロンにマルクが伺う。

 コロンはずっと握っていたエマのスカートの裾を離し、こちらへ歩み寄ってきた。


「じゃあ決まりだな。俺は今からちょっと用があるから、適当な時間に家に来てくれ。多分誰か居るはずだから」


 そう言ってマルクは立ち去った。

 考えてみれば、どこにマルクの家があるのか知らない。

 まだ日も高く、退屈な時間が続く。

 ミヨ婆の小屋へ行こうとも考えたが、面会謝絶の人の元へ行くのはよくないだろう。


「シュナクもコロンちゃんもとりあえずうちにおいで。旅の話を聞かせてよ」


 立ち止まっているとエマが話しかけてきた。


「ええ、いいですよ」


 私はまたエマの家にお邪魔し、囲炉裏の前に腰を下ろした。

 向かいに座ったコロンが囲炉裏に向かって手を付き、前のめりになって息を吹いた。

 すると灰が舞い上がり、空間が白く染め上げられた。


「いけませんよコロン。こんなことしては。ゴホッ」


「まあまあ、初めて見るとしたくなっちゃよね」


 エマがコロンを抱き上げ、服に着いた灰を落としている。

 コロンの子供らしい行動を、今初めて見た気がした。

 キャベツの匂いを嗅ぎつけていきなり走り出したことはあったが、子供らしい行動とは言い難い。

 そんな中不意に見せたコロンの仕草は新鮮で心が和んだ。


「まあいいからさ、色々聞かせてよ。コロンちゃんと出会った時のこととか」


 私は村を出てからの出来事を赤裸々に語った。

 エマは私の話に相槌をうちながら、目を輝かせて聞いている。

 興味深そうに耳を傾けてくれるので、こちらとしても話甲斐がある。

 ギグ達と出会ってからのことを話すと、エマは大きく息を吸い込み、胸を張って頷いた。


「やっぱりマルクの言う通りだったのね」


「マルクの言う通りとは?」


「魔物だって、心が通じ合える奴らは居るはずだ。俺は必ず魔物と友達になってみせる。て、昔から言ってたのよ」 

 

「彼らしいですね。単純だけどいい⋯⋯」


 まあ、結局のところ、ギグ達は話ができる魔物だったから仲良くなれただけで、魔界からの帰路では、言葉を持たない野獣としか形容できない魔物達を斬り倒していたのだが。


「シュナクはどう思う? マルクのそういうとこ」


「いいと思いますよ。まあ私達の目的は魔王の討伐ですから、そこは割り切って貰わないとですが」


 そういえばと、ふと考えることがあった。

 マルクの目的は魔王を倒すこと。

 そして私の目的は神が魔王メルスを鍛える時間を作ること。

 三神達の目的は、勇者に負けない程度にメルスを鍛え、勇者に対抗させること。

 だが三神達はマルクがとてつもなく弱いことを知らない。


 ではもし、今マルクを魔王の元へ連れていったらどうなるのだろうか。

 メルスなら、片手間でマルクを消し炭にできるだろう。

 だがしかし、三神達の目的は世界の均衡を保つことだ。

 勇者か魔王、どちらかが勝利することではなく、引き分けさせることだ。 


 つまるところもしかしたら、今すぐ魔王城に赴き、私がマルクに最大限の強化魔法を掛けて戦えば、三神の目的は達せられるのではないだろうか。


 つまり⋯⋯私は家に帰れる。


「よしっ!」


「えっ!? なになに、どうしたのシュナク」


 いきなり立ち上がった私にびっくりし、エマは両手を床について仰け反った。


「ああ、すみません。ちょっといいこと思いついたので、外に出てきます」


 思い立ったが吉日だ。

 三神達にある程度事情を説明し、魔王城に向かえば全ての方が着く。

 家を出て、砂浜の奥にある岩陰まで走り、身を隠す。


「あのー! 皆様方!」


 上手くできているのかは分からないが、神達に向かって声を発するが、返事は来ない。


「あのー! 私ですシュナクです。もう魔王城に行ってもいいですか」


 やはり返事は来ない。

 このままグレースクピー島を無視して乗り込んでやろうか。それも考えた。


「あ⋯⋯」


 だがそれは、所詮三神達にこき使われている哀れな奴隷の浅知恵だと、この静かな海を眺めながら思った。


 そう、問題はどう強化魔法を掛けるかなのだ。

 私が戦いの場にいれば、メルスは間違いなく訝しんで理由を尋ねるだろう。

 そうなればマルクは私の正体を知り、心を閉ざしてしまうかもしれない。

 当然だ。私は彼を死地に招こうとしている魔王の側近なのだから。

 その時、三神達が勇者と魔王の間を取り持ってくれるならいいが、あの神達がそんな器用なことできるとは思えない。

 せいぜい、戦いの途中で停戦して手を結ぶように命令するくらいだろう。


 ではそうなった時、マルクは私を許しくれるのか。

 きっと許さない。目的を果たせばもう私達が交わることは無いだろうが、これから先彼に憎まれ、恨まれて生きていくのは辛い。


 例え離れたとしても、彼とはよき友人でいたい。 


 なら素直に、私がするべきは、彼を鍛えて魔王に対抗出来るようにすることだ。


「戻りますか⋯⋯」


 果たして今の案を三神達に話せば、十中八九彼らは受け入れただろう。

 何せメルスを鍛えるという面倒事から解放されるのだ。


 行きとは違い、砂に足を沈めるようにゆっくりと歩いていると、横からマルクがこちらに走ってくるのがわかった。

 足を止め、彼を待った。

 どこか嬉々として向かって来た彼は、目の前で止まると私の肩に両手を伸ばした。


「どうしたんです? なにか嬉しそうに」


「さっき漁師のおっちゃんに話を聞いてきたんだけどな、どうやら舟を一艘貸してくれるらしいんだ」


 たしかにそれは朗報だ。

 だかこんなに顔を近づけて言うほどのことだろうか。


「舟ですか⋯⋯それはありがたいですね」


「ああ、だからシュナクがいいなら明日にでも早速向かおうじゃないか」


「ええ。ではとりあえず舟を見ましょう」


「ああわかった。こっちだ」


 マルクが港を指さしながら、踵を返して歩き出した。

 今は漁船が多く停泊している。

 周りに人もほとんどいないが、係柱にロープを掛けて居る人がひとりだけいた。


 無言で歩く私達の周りを、潮の音が包む。

 人間界に来てから海というものに人生で初めて入った。

 入ったというより、落ちたという表現が正しいかもしれないが、塩水に全身が浸かるあの感覚は、今でもよく覚えている。

 塩水が口に入るとパニックになることを知った。

 もし干からびる寸前になっても、海水を飲むことだけは厳しいだろう。


 そんなことを考えながら歩いていると、階段を数段上り、足元が砂浜から板張りの地面へと切り替わった。

 板張りの桟橋が海に向かって出っ張った場所に、先程船を括りつけていた小太りの男が立っていた。


「ああおっちゃん」


 マルクが軽快に桟橋を進むと、男は振り向いた。


「おおマルク、どうしたんだ?」


「いや、貸してもらえる舟を見せてもらおうと思ってさ」


「ああ、わかったわかった」


 朗らかに言うと、男はマルクの後ろで待機する私に目を移した。

 私が軽く会釈をすると、男は微笑んで歩き出した。


「お前らに貸す船はこっちだ。古いヤツだから、まあ最悪壊しても問題ない」


「船が壊れる時ってそれ⋯⋯」


 男の後ろを着いていくマルクの背中が、最悪の危機を想像したのか、微かに震えた。  


「はっは。冗談だよ。古いが座礁でもせんかぎり壊れはしないさ」


「まったく⋯⋯脅かさないでくれよ」


 まあ、もし船が壊れても、その時は私がマルクとコロンを掴んで空を飛べばいい。  

 漁師の男は、港の一番奥にある、小舟が無造作に繋がれている場所へ向かっているようだ。

 そこでは、多くの小舟が、並に揺られ、時々擦れたりぶつかったりしている。

 それぞれの船の中央の左右には、櫂が櫂紐に結ばれている。


 桟橋に近づくと、男は足を早めて舟の集団の傍で立ち止まり、舟を物色するように前のめりになって目を細めた。


 大方予想出来ていたが、こんなひとりで漕ぐような舟で、この村からでは、シルエットすら掴めないような場所にある島に向かうのは、少し不安だ。

 果たして、マルクの体力が島に着くまで持つのだろうか。

 まあ、回復させながら漕いでもらうとしよう。


「これだ。この舟だ」


 男は声を張ると、船首を掴んで舟が揺れないようにした。

 男の後ろに立つと、船首の横に、誰の船か分かるようにそれぞれ名前が墨で書かれてることがわかった。


「あ、ありがとう⋯⋯」


 礼を言ったマルクの声は震えと掠れが混ざっていた。

 この舟は、少し海に出るくらいなら問題は無いが、何時間、何十時間かけてどこかへ向かうには、あまりにも頼りない。

 だが、借りる立場である私達が贅沢を言えるはずが無い。


「ありがとうございます」


 男に向かい、深々と頭を下げる。

 今は、この方の善意に感謝するだけだ。


「まあいいってことさ。なにせふたりは世界を救う勇者とその仲間なんだから。この村のものとして鼻が高いってわけよ」


 男は鼻の頭を掻きながら、へへっと笑いながら言った。

 確かに、同郷から世界を救うなんて、そんな大それた事を成し遂げるかもしれない人間が出たら、それはそれは誇らしいだろうし、喜ばしいことだろう。


 だが実際、今のところマルクはその強さを見抜いているミヨ婆以外の全ての人を騙している状態だ。

 それを自覚しているのか、マルクの表情が硬い。


「ああ、必ず期待に応えてみせるよ。みんなの為に」


 マルクの白い歯が垣間見えた。

 その言葉の真意は、果たして恐れからくる奮起なのか、ただ期待に応えたいという実直な想いなのか、それを知るのは彼のみだ。




 その夜、マルクの家にお世話になることにした私達は、木の壁から吹き抜ける隙間風によって、地面の砂が板張りの床の家に散らばるようなマルクの家で、夕餉を食べていた。 

 囲炉裏を囲んでの夕餉には、麦と焼き魚が出され、静かに食した。

 魚はこの辺りで取れた新鮮なものなのか、油が乗っていて美味だった。

 ここに野菜でもあればと、ふとコロンを見てみるが、キャベツを持っている様子はなかった。


 そういえば、いつからキャベツを持っていないのかと、昨日までのコロンの姿を思い出すと、最後にキャベツを見たのは、皆でギグの家で宴会をした時だった。

 まさか全て食べたのか、はたまた忘れてきたのか、どっちにしても、無いものは仕方がない。


「どうもすみません。お世話になってしまって」


 夕食を食べ終えた私は、自分とコロンが食べた食器を水桶の水で濯ぎながら、世話をしてくれているマルクの母に言った。


「いいんですよ。うちの子がお世話になってますし」


「ははあ⋯⋯」


 マルクの母親は、目元が彼によく似ているが、髪が茶色い。

 今マルクの父は、商売のため村を離れているらしいが、両親の特徴をバランスよく受け継いだのだろうか。


「おーい、もう寝よう」


 洗い物を済ませると、既に食事をした居間に布団を敷いて、マルクとコロンは私を待っていた。


「随分用意がいいですね」


「まあな。明日は朝から出たいし。なあコロン、一緒に頑張ろうな」


 自分の布団の上で仰向けになって天井を見つめているコロンは、少し気味が悪い。

 マルクの言葉に頷いたが、その視線はじっと天井に注がれている。

 天井に何か模様でもあるのかと、顔を上げてみても、ただ薄暗い屋根に骨組みが顕になっているだけだ。


「⋯⋯じゃ、おやすみ」


 返事をもらえず不貞腐れたようにマルクは布団を被ると、ロウソクの火を吹き消した。


「おやすみなさいマルク、それにコロンも」


 私も布団を被って寝転がる。

 布団からは、微かにマルクの匂いがした。

 今までは触れ合うことの無かった人間の匂い。

 別にだからなんだというわけではないが、眠るには支障がなさそうで安心した。 

 


 



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