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新たなる大地へ

 ギグ達の姿も見えなくなり、魔物の集落や建物も少なくなってきた。

 だだっ広い赤土の大地を、私達は3人で歩いている。


 道中、敵意を持った魔物が少々現れたりもしているが、マルクでも対処できる相手ばかりなので、彼に任せていた。

 マルクはギグに鍛えられたおかげか、確実に強くなっていた。

 まず、剣を振っても息切れしなくなっているし、動きのキレが増している。

 今までのもっさりとした剣さばきはどこかへ消え、魔法の力でドーピングしなくとも、剣を習い始めて3ヶ月くらいの子供には勝てるくらいにはなっている。


「やったぁぁ!。どうだシュナク。俺の力を見たか」


 ただ、いちいち魔物を倒す度に得意げに叫ぶのをやめて欲しい。

 所詮、マルクが対処している魔物など、魔界では最下級の相手だ。


 それでもマルクは、あの街での戦いから確実に強くなっている。

 別にマルクを強くすることを神から命じられた訳では無いが、彼が強くなることを自分の事のように嬉しく思う。


「しかしさっきから穴が見つからないな」


「ええまあ、そんなに数はないのかもしれませんね」


 開けた場所だから見逃すことは無い。それに穴から漏れ出る瘴気を察知すれば見つけることは容易いはずだ。

 

「どうだ。このまま穴が見つからなかったら船でそのお目当ての島まで行くっていうのは」


 マルクの浅はかな案にため息が漏れる。


「あのですねぇ。そもそも島の位置も分からないのに船になんて乗ったら私達皆餓死しますよ。それに魔界の海には恐ろしい海竜が居るので不可能です」


「そうか、じゃあ飛べばいいんじゃないか。シュナクこの前、俺を抱えて飛んでただろ」


「あ⋯⋯」


 言われて思い出す。

 確かに、2人を抱えて人間界に飛ぶことは出来るかもしれない。

 幸いにも私達は今偶然、人間界の方角へ向けて進んでいるのだから。

 ただ、1つ心配なのは、飛んでいる最中に飛竜にでも襲われないか、ということである。


「飛んでいる間、君が飛竜から守ってくれるならそれでもいいですよ」


「よし、穴を探そう」


 何事も無かったかのように、マルクは足を早めた。

 前方に小さな集落が見える。

 ただここは魔界なので、出来れば直ぐに過ぎ去りたい。

 

「マルク⋯⋯」


 マルクとコロンを抱えて飛ぶため声をかけた途端、どこからか穴の瘴気が流れてくるのを確認した。


「どうしたんだ?」


「あっちの方に穴が」


 私は左手を指さした。

 示した方向には、ゴツゴツとした岩場が広がっていた。


「本当か?」


「ええ、確かにあっちから瘴気が」


「よし行こう!」


 マルクが走り出し、コロンがその後を追う。


「ちょっとまって⋯⋯」


 2人は私の呼びかけを無視して進んでいく。

 その後ろ姿は、仲の良い親子のように見えた。


 ────


「おーい、穴よどこだー!」


 マルクが穴を呼んでいるが、なんの意味があるのだろう。

 その後ろを、コロンはキョロキョロと首を素早く振りながらついていっている。

 先程の場所より、確かに瘴気が多くなっているように感じる。


「あ、あったぞシュナク!」


 マルクが声を張り上げ、前方を指さした。

 駆け足でその場所へ向かうと、人1人くらいは簡単に入れる穴が確かにあった。


「よし!これで人間界に戻れるんだな」


「恐らくは、仮に戻れたとしても人間界の何処へ出るか検討もつきませんが」


「まあいいよ。とりあえず魔界の自然の中で夜を過ごすよりはマシだろうし。ギグ達みたいないいヤツらに出会えるとは限らないしな」


「そうですね⋯⋯」


 さすがのマルクも、魔界に居ると疲れるのだろうか。

 もっとも、つい今朝までは魔王城に行きたいなどとほざいていたのだが、魔界の自然を少し歩いて魔界と人間界の空気の違いが身に染みたのだろう。

 

「じゃあ行きますか」


 コロンに手をかざして結界を張る。

 ついでに、念の為に自分にも張って穴へ進む。


「おいシュナク、俺には無しですか?」


 マルクが自分を指さしながら言った。


「ええ、君は昨日穴に入っても何ともなかったので」


「おいおい、大丈夫かよ」


「大丈夫ですよ。いざとなれば私が元に戻しますので」


 冗談交じりに言ったが、実際、マルクが穴に入るとどうなるのかもう一度見てみたい。

 昨日はなにかの要因でたまたま影響を受けなかったのかもしれない。

 今回も何ともなければ、彼の爽やかオーラの凄まじさを知ることになるか、もしくは私にも分からない秘めた力をマルクが持っているということになる。


「さあどうぞお先に」


「え、ちょっとおい! うわぁぁぁ」


 マルクの肩を掴み、無理やり穴へ放り投げる。

 マルクは穴に吸い込まれていき、暗闇の中へ消えたた。


「さあ行きましょうかコロン」


 声をかけた時には、もうコロンは穴へ飛び込んでいた。


「ああ! ちょっと」


 コロンを追いかけるように、私も穴に飛び込んだ。






 

 穴に入ると、視界が完全に閉ざされた。

 それは暗闇なんて生易しいものではなく、無と表現するのに相応しい体験だった。


「え!? まさかっ」


 視界が開けたところで異変を察知した。

 私は落下していた。

 穴から出る時は上に放出されるものとばかり考えていたが、青くたゆたう水へ向かって落ちていた。


「うぉぉぉぉぉ!?」


 声の方へ顔を向けると、マルクが手足をバタバタとさせながら落ちている。

 その傍で、相変わらず無言のコロンが手足を広げコウモリが滑空するような姿勢で落ちている。


 風圧で顔が引き攣ったようになっているのが少し面白い。

 この状況、どうすることも出来ない。

 私達はそのまま水の中へ落ちていった。


「げぇ、しょっぱ!」


 落ちたのはどうやら海だったようで、口に入った水を飲み込むと塩っぱかった。

 マルクはペッと海水を吐きながらコロンを抱きしめている。


「大丈夫ですかマルク」


「ああ、でもなんでこんな所に」


「さあ⋯⋯穴がどこに繋がっているかは謎ですから⋯⋯おや?」


 周辺を確認すると、数百メートル先に見覚えのある陸地が見えた。

 随分懐かしい気もするが、つい先日やってきたばかりの場所だ。


「マルク、もしかしてここは」 


「ああ⋯⋯モグの村だ」


 間違いがなかった。

 湊の漁船も、その後ろの建物や砂浜も、間違いなくモグの村のものだ。


「おーい!」


 一隻の漁船に乗った男がこちらに向かって叫んでいる。

 男の正体は初めて人間界で会ったスキンヘッドのようだ。

 男は櫂を漕ぎながらこちらへ向かってくる。


「お前たち今空から⋯⋯って! マルクじゃないか。それにあんたは魔法使いの」


 スキンヘッド男性は私たちに気が付き、接近して手を伸ばした。


「あんたまた空から降ってきたんだな」


「あはは。度々すみません」


 男性に引き上げられ、服に染み込んだ海水を絞り出す。

 私に続いて、コロンとマルクも順に引き上げられた。


「いやー、助かったよおじさん」


 マルクが船に寄りかかって肩を撫で下ろした。

 

「びっくりしたぞ。お前達まさかアレから出てきたのか?」


「アレ?」


「ほら、アレだよ」


 男性は櫂を漕ぐ手を止め、上空を指さした。


「お、おいシュナク」


「まさか空にも現れるとは」


 上空には小さい穴が存在している。

 青空の中で禍々しい闇を醸し出すその穴は、地面に現れているものよりも気味が悪い。


「そういえばマルク、身体は平気ですか」


「ん、平気だよ。ていうかお前が俺を突き落としたんだろ」


「そうでしたね⋯⋯」


 やはりマルクは瘴気の影響を受けないようだ。

 これはもう、マルクの爽やかオーラの凄さを認めざるを得ない。


「そういえば、あの穴はいつ頃から現れたのです?」

 

 スキンヘッド男性に尋ねると、マルクが私を凝視してきた。

 私はマルクから目を逸らし、男性に向ける。


「さあ、2、3日前からかな」


「私達の他に落ちてきた人は?」


「知ってる限りはいないな」


 男性は喋りながら漕ぎ進めていく。

 徐々に大きくなっていく港に、こっちの様子を伺っている人達が集まっている。

 その中ではマルクの幼なじみ、エマの姿もあった。


「それにしてもなんであの穴から落ちてきたんだ」


 男声に尋ねられ、私はマルクへ目配せし、マルクが察してくれたように頷いた。

 

「実は似たような穴に入ってしまって。穴はいくつも存在していて、入るとどこかへ飛ばされます。村の皆さんにも気をつけるように言って貰えますか」


「ああ、わかったよ」


 魔界にいた事は伝えない。

 マルクは魔王退治のために旅に出たのだから、魔界に居たと言っても問題は無いが、マルクが魔物と交流を深めたことを知らせるのは憚られる。


「それにしても、その子はどうしたんだ」


 男性の目がコロンに向いた。


「この子の親を探してるんだよ。おじさん知ってたりしない?」


「いや⋯⋯知らないなぁ」


 マルクが聞くと、おじさんはコロンを数秒見つめて首を横に振った。


「さて着いたぞ」


 船が海岸に到着し、モグの村に降り立つ。

 私たちのもとへ人々が集まり、あっという間にマルクが囲まれてしまった。

 コロンが埋もれないように避難させ、囲われたマルクを見て立ち止まっていると、後ろから肩をつつかれた。


「エマ、久しぶりですね」


「そんなに時間経ってないけどね」


 振り向いた先にいたエマに挨拶をする。

 エマがなぜマルクの元に行かず、私のところに来たのか不思議だ。


「その子どうしたの?」


「ああ、この子はコロン。この村を出てすぐ出会った迷子ですよ。コロン、この人はエマ、マルクの友達だよ」


「こんにちはコロンちゃん」


 エマが腰を下ろして目線をころんに合わせると、コロンは黙ったまま頷いた。


「それで、なんで海から?」


「あの穴ですよ。あれから落ちてきたんです」


「あれかぁ、ミヨ婆が大変なものが現れたっていってたっけ」


 穴を指さすと、エマからミヨ婆の名がでてきた。

 ミヨ婆がそう言うということは、あれは本当に大変なものなのだろう。


「ミヨ婆に会えませんか」


「ごめん⋯⋯ミヨ婆今体壊して寝込んでて話もできないの」


「そんな⋯⋯」


 まさかの事実に、心が揺れる。

 ミヨ婆ならあれがなにか知っているかもしれないというのに、話を聞くことすら出来ないとなれば、何も分からないままだ。

 それにもしかしたら、ミヨ婆は穴の瘴気に当てられたのかもしれない。

 私の中に、不安の渦が立ち込めてきた。




「ねえシュナク、シュナクってば!」


 至近距離でエマの声が響き、意識が戻される。


「どうしたのシュナク、深刻そうな顔をして」


「いえ何も。ところでエマ、ミヨ婆以外に体を壊した人はいませんか?」


「いないと思うけど」


「そうですか。君の体は何ともありませんか?」


「う、うん。どうしたの一体」


 どうやら、瘴気に当てられた村人は今の所居ないみたいだ。

 おそらくミヨ婆も瘴気は関係ないだろう。


「後で話します」


「わかった。じゃあマルクも連れていかれたし、村に行こう。シュナクもコロンちゃんも濡れたままだと風邪ひくよ」


「ええ」


 私とコロンはエマの後ろを着いて歩いた。

 エマは小さな小屋の前に立ち止まり、上から垂れた布をくぐって入っていった。


「ほら、シュナクとコロンちゃんもきて」


 小屋の前で立ち止まっていると中から呼びかけられたので、中へお邪魔する。

 中は質素で、まず入ってすぐ暖炉があり、エマは壁際にあるタンスを漁っていた。


「ほら、シュナクはこれ着て」


 エマが放り投げた服を受け取る。

 どうやら鼠色の甚平みたいだ。

 

「ありがとうございます」


「いいから。脱いだ服は置いといて、洗っとくから。コロンちゃんには……そうだなぁ」


 エマはタンスを漁るのをやめて、奥の部屋へ行った。

 エマが居ないうちに、服を脱ぎ、甚平に着替える。

 コロンが何故か私をじっと見ていた。


「コロン、ちょっと後ろ向いてください」


 さすがに裸を見られるのは嫌なので、コロンには後ろを向いてもらった。

 急いで着替えたおかげで、エマもまだ戻っきていない。

 服は少し男臭い。

 恐らくはエマの家族のものだろう。


「じゃあコロンちゃんはこれを着てね」


 着替えてすぐ、奥の部屋から戻ってきたエマが子供服を持ってコロンに近寄る。


「エマ、私は外にいますから」


「わかった」


 私は1人、小屋の外へ出る。

 外へ出ると、先程の人々の集まりはなんだったのかと思うほど、日常の姿が広がっている。

 皆もう私達にはそれほど興味が無いのか、もしくは穴から落ちてきたのが私達だと分かったから興味が失せたのか、それは分からないが、とにかく皆もう自分の生活に戻っていた。


「おーいシュナク」


 隣からマルクがやってきた。

 彼も似たような甚平に着替えている。


「お前どこで着替えたんだ?」


「エマの家です。今コロンも着替えてますよ」


「へぇ、エマの家でねぇ」


 にやにやとわざとらしい笑みを作りながら、マルクが私の顔を覗いた。


「私の顔に何か?」


「いやぁ別に。そうだシュナク、喜んでくれ」


「何かありましたか」


 マルクが得意げになった。


「実はさっき⋯⋯」


「あ、マルク!」


 なにか伝えようと口を開いたところで、小屋からでてきたエマがマルクに声をかけた。


「ん、ああエマ」


 エマのそばに、水色のワンピースを着たコロンが控えている。

 コロンはエマのスカートの裾を握り、離れる気配がない。


「久しぶりだな」


 マルクがエマに向かって微笑みかけた。

 相変わらず、爽やかオーラがプンプンと蔓延している。


「そんなに日にちたってないけどね」


「まあそう言うなよ⋯⋯こっちは大変だったんだ」


 マルクの爽やかな笑みが苦笑いに変わり、エマに向けられた視線がその足元に移った。


「お、コロン。着替えられてよかったな。そういえばその服、エマのお気に入りだったよな」


「覚えてたんだ⋯⋯」


「まあな」


 エマの頬がじんわりと赤くなっていった。

 改めてエマがマルクを慕っていることを思い出しながら、宴会の日、エマの願いを却下して良かったと胸をなでおろした。

 突然、海に向かって強い風が吹き出した。

 風はまるで穴に向かって吹いているようで、瘴気から村を守ってくれているようだ。


「そうだシュナク、さっきおじさんに聞いたんだが、分かったぞ」


 マルクが私の肩を叩いた。

 先程言いかけていた話だろう。


「何がですか?」


「お前の言ってたグレースクピー島の場所だよ」


「ほ、本当ですか!」


 私の中で、何かの満ちが開けたように心が晴れた。


「ああ。この村から遙か西にあるらしい。ただ妙な話を聞いてな」


「妙な話?」


 マルクは顎に手を当てて首を捻った。


「なんでも、大昔に神が住んでいたが、今は誰もいない無人島だそうな。本当にそんなところにコロンの身内がいるのかな」


 グレースクピー島のことを何も知らない状態で、コロンの身内がいるかもしれないと言った以上、誤魔化し続けるしかない。

 もし島に行って本当に誰もいなくて責められたとしても、武力行使で黙らせればいいだけだ。


「妙ですね⋯⋯そんな事ないはずですが」


「まあおじさんも人から聞いた話らしいから、話半分でいいんじゃないか。俺はシュナクの言うことを信じるから」  


 ズキっと胸が痛む。マルクに三神のことを話せば楽になるのだろうが、少なくとも今はまだ話す時では無い。

 

「じゃあこの村から西へ向かって船に乗ればいいのですか」


「いや、残念ながらこの村の西に向かっても海は遠いし、海に着いたとしても断崖絶壁が続くだけで船乗ばなんてないぞ」


「そうですか⋯⋯」


「どうする飛んでいくか?」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 慌ててマルクの口を塞ぐ。私が飛べることをエマに知られては困る。

 不審顔で私達をみているエマから、マルクを連れて離れる。


「ど、どうしたんだよ」


「飛べることは人には知られたくないのです」


「ん。どうしてだ?」


「ほとんどの人は飛べるのは魔物と鳥くらいだと思ってるので、私が飛んでるところを誰かに知られでもしたら魔物と勘違いされてしまうので」


「なるほどなぁ。魔法使いの苦労ってやつか。そういえば俺も飛べる魔法使いなんてシュナクに会うまで聞いたこともなかったよ」


「まあ、絶対数は少ないので」


 純粋無垢なこと男を誤魔化すのは容易い。

 私とマルクはエマとコロンの元へ戻っていった。 


 



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