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山を超え、ググルの村を見下ろすと、小屋の前でギグの仲間がこちらに手を振っていた。
彼の元へ降り立つと、扉を開いてくれた。
「早かったですね。用事はもういいんですか」
「ええ」
小屋へ上がると、ガス灯の光の下、木の床の上にオーク達とマルク、コロンが固まって騒いでいた。
皆の傍には酒や食べ物が転がり、まだ昼だというのに、知らない間に宴会が始まっていたらしい。
「おーいシュナク、お前もこっち来い」
既に顔を赤らめ、泥酔したマルクが手招きをした。
大して時間は経っていないはずなのに、何故こうも酔えるのか。
呆れながらも、マルクのそばに腰を下ろす。
するとすぐさま、オークから杯を手渡され、酒が注がれた。
こぼれないように一気に飲むと、一瞬頭に響いた。
酒に弱ければ、おちょこ一杯で酔っても仕方ないくらい強い酒だ。
「で、なんで皆で飲んでるんです」
皆と言っても、コロンはもちろん飲んでいない。
抱えたキャベツをちぎって齧っている。
「お祝いだよお祝い。せっかく帰ってこれたんだからな」
マルクが呂律の回っていない状態で言うと、部屋の奥から物音が聞こえた。、
「さあさあ皆さん、どんどんやってくださいね」
部屋の奥から、見たことの無いオークが、料理の入った器を持って現れてきた。
どうやら女性なのか、少し華奢でまつ毛が長く、牙もやや短い。、
「おや、新しい顔がいつのまに」
そのオークと目が合う。
「ああ、そいつがシュナクだ。俺たちの恩人さ」
瓢箪に直接口をつけながら酒を飲んでいたギグがそう言った。
「まあ、家の人をありがとうございます」
見慣れないオークはそう言って、私の前に小皿を突き出した。
小皿には何かの肉が盛られている。
どうやらこのオークはギグの奥さんのようだ。
彼女はすぐに奥へ引っ込むと、またなにか作業を再開したようだ。
宴会は夕方まで続いた。
ギグと私、コロン以外は皆酔いつぶれ、いびきをかいて床に寝ている。
「見かけによらず強いんだな」
酒を飲みながら、ギグが私を見ている。
「そうですね。そんなに酔わない体質だとは思いますが」
それでも頭は働かないし、眠気はやってくる。
ギグに、君は見た目通り強いですね。とでも言ってやろうと思ったが、働かない頭で制止した。
「あ、そうだ」
ギグは杯を置くと、なにか思い出したのか、膝を叩いた。
「考えてみたら、俺達炭鉱から人間界に行ったんだから、炭鉱の穴塞がないと不味いんじゃないか」
「あ⋯⋯」
なぜ今それを思い出したのか。
そしてなぜ私は酒盛りに混ざる前にそれを考えなかったのか。今更後悔しても遅いが、穴をふさげる者が知ってる中で私にしかいない以上、見過ごす訳にはいかない。
「ではギグ、今から炭鉱に案内してください」
「え、もうすぐ夜だぞ」
「構いません。君達のような被害が出ないよう、できるうちに早急に対処すべきです」
楽しげな笑顔から真顔に変わったギグは、頭を捻って立ち上がった。
「じゃあ行こう。夜の炭鉱なんて気味が悪いがな」
「ええ」
私も立ち上がり、コロンに目を向ける。
「コロンはここで待っててください。すぐに帰ってくるので」
俯いてまぶたを重そうにしているコロンを残し、私とギグは小屋を出た。
西の空に日が沈みかけている。
村の人々は皆家に帰っている最中のようだ。
「昼間から酔っているなんてなんだかバチが当たりそうだな」
念の為とランプを手に持ったギグが冗談交じりに言った。
「心配しなくても、バチを当てる神なんていませんよ」
「そうか? しかし神界の神に見られたりしたら」
「その神に人の行動をとやかく言えるほどの者はほとんど存在しませんから」
「まるで神を知ってるような口ぶりだな⋯⋯」
ギグと目が合い、無言で伝えた。
「魔王様の側近ともなると、神とも接する機会があるのか」
「ええまあ⋯⋯私の場合は少々特殊な気もしますが」
歩きながら言葉を交わす。
何故か私は三神に気にいられている。
それが足りない頭で考えながら、小石をけった。
20分程度歩くと、炭鉱の入口に着いた。
炭鉱の壁には左右それぞれ等間隔に松明が掛けられているが、灯りはひとつも着いていない。
「今日は皆もう帰ったのか。もしかしたら、俺たちが居なくなってから気味が悪くて早めに切り上げるようにしてるのかもな」
ギグがランプに火をつけながら呟いた。
私は大きな欠伸をしながら、炭鉱に足を踏み入れた。空気がかなり澱んでいる。
鉱山のガスや成分のせいでは無い。
瘴気によるものだとすぐに分かった。
「気をつけてください。いやな空気が流れてますから」
前を歩くギグに注意を促し、足元を確かめる。
「俺にはさっぱりわからん。いつもと変わらんように思えるが」
瘴気というのは、普通の人は感じずらい。
その存在を認識するのは、体調に変化が現れたりしてからということが多く、最悪の場合何も分からないまま身体を蝕まれ、支配される。
しかし魔法の訓練を積むと、何故か正気の存在に敏感になる人が多い。
昔通っていた学校では、それは魔力を身に纏うことで瘴気と魔力が結合し、魔力が持ち主に異変を知らせるからだと教えられたが、本当のところは今でもよくわかっていない。
「さてと⋯⋯確かこの辺のはずだ」
ギグは足を止め、傍にかけられた松明に火をつけた。
視界が微かに広がり、目的のものが地面に存在しているのが確認できた。
しかしそれは、穴としては不思議なものだった。
「小さいですね……」
穴の直径は私の肩幅の半分くらいしかなく、とうていオーク達の入れる大きさとはおもえない。
「こんなに小さかったか⋯⋯そもそも場所も違うような⋯⋯」
「あんまり近づかない方が。また吸い込まれるかもしれませんし」
ギグが穴を覗きながら唸り声を上げた。
しかしギグか吸い込まれる様子は無い。
私が近づいても、別にあの変な力は発生しなかった。
「とりあえず塞いで、この辺は封鎖しておきましょう」
「そうだな。俺は柵かなんかを探してくるからそっちを頼む」
「気をつけてくださいね」
ギグがどこかへ行くのを確認し、穴に手をかざし蓋をする。
簡単な作業だ。1分も掛からずに終わり、ギグが穴を加工用の柵を持ってくるのを待った。
しかしながら、ギグの言う通り場所が違うというなら、囲うことに意味はあるのだろうか。
根本的にこの炭鉱への立ち入りを禁止したほうがいいのではないかとも思う。
そんなことを考えていると、ギグがいくつかの策を抱えて戻ってきた。
それを2人で穴を囲うように置き、炭鉱を後にした。
「本当ならしばらくあそこには近づかないで、と言いたいところですが、そうも行きませんよね」
「ああ、何しろ生活がかかってるからな」
「穴に入ってしまっても帰ってこれれば問題ないんですが、あの瘴気に当てられると正気じゃ無くなるのが問題なんですよね」
「お、今のは狙ってたのか」
帰りの道中、穴のことについて話し合っていると、ギグが茶化すように言った。
「違いますよ。たまたまです」
軽くあしらい足元を照らす。
この現象に対して、今の所対処療法しか出来ていない歯がゆさを感じながら、家へ戻ってきた。
家へ戻ると、コロンやマルク、そしてオークたちは皆眠っていた。
「俺達も寝るか」
「そうですね」
ギグが適当にスペースを見つけて横になる。
私もマルクを壁に押しのけ、ね転がろうとすると突然頭痛がした。
「おい、シュナク」
頭痛と共に三神の1人であるネルヴィスの声が響いてくる。
「ちょっと夜風に当たってきます」
小屋を出て、周りに誰もいないことを確認して声をかける。
「なんですか」
「お前今、どこにいる」
「どこって、魔界ですが」
「魔界!? なんで魔界に。勇者はどうした」
驚きからか、ネルヴィスが声を張り上げ、頭に響いた。
「なんでって、色々ありまして」
「⋯⋯お前まさか、穴に入ったか」
少し間が空いて、低くハッキリとした声が聞こえてきた。
「ご存知だったのですか」
「ああ。その様子じゃ穴を通って魔界に入ったんだな」
「ええ。穴の瘴気に当てられた魔物を返すために」
ネルヴィスの姿も気配も分からないが、声から厳かな雰囲気が伝わって来る。
人間界と魔界に現れた穴の存在は、神界でも話題になってるのだろう。
「そうか。お前はおかしくなったりはなかったか」
「ええ、魔力で身を固めていたので」
「その様子じゃ私より詳しそうだな」
「それはどうでしょう。私も、あの穴に入るとおかしくなることと、どこか別の場所へ出てしまうことしか知りませんから」
夜風で肩が震える。正直酔いもあってもう眠たくてたまらない。
それでも、この様子の神を相手にして自分から切り上げるということはなかなか出来そうもない。
「実は今神界でも穴のことは話題になっていてな。だが皆穴のことなんてよくわかってないんだ。唯一なにか察したマカライポはどこかへ行ってしまったし⋯⋯」
あの世のことなんて何もなん考えていなさそうな、ひよこ神が行動に移っているというのは素直に驚きしかない。
そして神界も動いているということは、穴によって姿を消したり、豹変して人を襲い出す者が多発しているということだろう。
「そういえばあいつ⋯⋯マカライポが居なくなる前に言ってたんだ。シュナクに暇があればグレースクピー島へ行って欲しいと」
「初めて耳にする地名ですね」
「人間界の島らしいからな、知らなくても無理は無い」
それにしても、マカライポが行って欲しいという場所なんて、禄な場所では無い気がしてしまう。
ただこれは普段の彼らの行いのせいであって私の心が懐疑心に溢れているということではない。
「まあとにかくだ、とりあえずは魔界から出るんだぞ。それからあの魔王の準備にはまだまだ時間がかかる。お前は勇者をのんびりと人間界に足止めしておいてくれよ」
「⋯⋯ええ」
ネルヴィスとの通信が途絶え、私は真っ暗な外で空を見上げた。
大部分には雲がかかっていて、星はほとんど見えない。
「グレースクピー島か⋯⋯」
ネルヴィスが言っていたその名前を口にすると、何故か鼓動が早くなった。
翌朝、小屋で目が覚めると皆はまだ寝ていた。
皆を踏まないように足場に気をつけながら足を踏み出し、外へ出る。
昨夜は空に雲がかかっていたが、今朝は晴れ晴れとしている。
大きく伸びをすると、朝早くから外へ出ている人達の視線が集まる。
何事かと思って周囲を見回すと、足元にコロンがやってきていた。
コロンは眠たそうに目を擦りながら、私のことを見上げている。
「どうしましたコロン、まだ眠いんじゃありませんか」
そう声をかけると、コロンは目を擦るのをやめて大きく見開いた。
不意に昨夜のネルヴィスとの会話が思い出される。
グレースクピー島、その場所へ行くとなれば、コロンの親探しは中断されることになる。
まさかコロンがその島から海を渡って迷子になったなんて偶然は考えにくい。
「ちょっと散歩でもしますか」
コロンは黙って頷き、私の後ろを歩き始めた。
私達は少し歩いて、周りに家のない場所に腰を下ろした。
「あのですねコロン」
ゆっくりとコロンに声をかける。
隣りにいるコロンは地面を見ているが、おそらく聞いているだろう。
「私、人間界に戻ったらある場所に行きたいのです。ただそこはおそらくコロンの家族とはなんの関係もない所です。別に急ぐ必要はないのですがただ⋯⋯」
そこまで言って言葉に詰まった。
ただでさえコロンの家族を見つけることができず、放ったらかしにしてしまうことも多い。
今優先すべきとこは、何よりもこの小さな子供を家族のもとに返すことじゃないのかと自問する。
「⋯⋯いいよ」
「え?」
微かに、透き通るような可愛らしい声が聞こえた。
一瞬、他にここに誰かいるのかと思ったが、この茶色い地面が露わになっている場所には私達の他に誰もいない。
「コロン?」
呼びかけても、コロンは返事をしない。
「いいのですか」
その代わり、いつものように大きく頷いてくれた。
「ありがとうございます」
さっきのは幻聴なのかと思えてくる。
それでも、なぜだかとても嬉しく思えた。
私はコロンに向けて顔を綻ばせ、思わず抱きしめたくなった。
しかしそれは自重し、かわりに手を差し出す。
コロンは差し出した手を小さな手で握ってくれた。
私はそれを優しく握り返した。
「では行きましょうか」
私達は立ち上がって小屋へ戻った。
小屋ではギグの妻を除いて皆まだ眠っている。
ともに炭鉱まで行ったギグは大きなイビキをかきながら、隣のオークの身体を蹴っている。
その様子を見ていると、ギグの妻が寄ってきた。
「悪いですが、この人達をおこしてくれませんか」
「ええ、わかりました」
私に用事だけ頼むと、ギグの妻は台所の方へ姿を消した。
私はコロンと協力し、ギグ達を起こしていった。
────
「マルク、グレースクピー島へ行きましょう」
ギグの妻の用意してくれたパンとスープを食べながら、マルクに告げた。
「初めて聞く名前だけど、何処だそこ」
「さあ私も⋯⋯名前しか聞いたことがないので」
「ふーん。どうしたの急に」
俯いて考える。まさか神にその名前を聞いたなんて言えるわけが無い。
一体どんな理由をでっちあげればいいのか、頭をフル回転させて考える。
「人間界に戻るのもいいけど、俺は魔王城に行きたいんだけどなぁ」
「今の君が行っても門番に殺されますよ」
くだらない事を言うマルクをあしらい、集中する。
すると、隣に座っていたコロンが私の太ももを突いた。
目を向けると、コロンは何も言わずに私を見ていた。
これはコロンからの、自分を理由に使えというメッセージだと、私は勝手に解釈した。
「思い出したのですが、どこかの島の住民は皆、コロンによく似た髪色をしているらしいのですよ。それで確かそこの名前がグレースクピー島だったんじゃないかと」
「へー」
マルクは訝しげに目を細めて私を凝視している。
言い訳としては無理があったかもしれないが、私の頭ではそれくらいしか思いつかなった。
「コロンはその島のこと知ってるのか」
マルクは体をかたむけ、コロンに顔を向けた。
コロンはコクンと頷いた。
随分と気の利くいい子だ。ただの幼子とは思えない。
「じゃあ行ってみるか、そのグレースクピー島って所に。行き方分からないけど」
「まあそれは道中人に尋ねれば」
ひとまず、マルクを説得することに成功した。
まあ、いざとなれば力ずくでマルクを連れていけばいいが、できる限りは人道的な手段を取りたい。
「で、どうやって人間界に戻るんだ」
「それは適当な穴を利用すればいいかと。炭鉱と湖のは塞いでしまいましたが、魔界を探せば簡単に見つかるでしょうし、」
「なんか怖くないかそれ」
「ですが陸地や海を渡って人間界へ行くよりはマシかと。境界付近には恐ろしい魔物が住んでいますから」
マルクは口元を引き攣らせた。
魔界の海に住み着いた怪物となると、私ひとりで対処するのも厳しい。
当然マルクを守る余裕なんて無くなる。
「わかった。そうしよう」
それから私達は朝食を取り、ギグ達が仕事へ行くために外へ出るのに続いた。
「本当に、これでお別れだな」
ギグが私の前に手を差し出した。
固く毛に覆われた手を握ると、強く握り返された。
「また会えますよ。どうせ魔界にはまた来なきゃいけませんし。暇があればその時に立ち寄ります」
「ふっ、そうだな。近くにお前の愛する者もいるようだしな」
ギグはふと笑い、意地の悪い言い方で小さく呟いた。
「からかうのはやめてください。マルクに知られるわけにはいかないので」
「そうだったなすまん。だが⋯⋯」
ギグの視線が、少し離れた場所で他のオーク達と話しているマルクとコロンの元へ向いた。
「あの男なら全て受けいれてくれそうだがな」
そう言うとギグはふっと笑った。
「そうですね。まあ、その時が来れば」
確かにマルクならなんだかんだ受け入れてくれそうな予感はする。
ただもし、少しでもマルクが私に疑念を抱いてしまうと、今の旅は終わってしまう心配が心の隅から拭いきれない。
「じゃあギグ、お元気で。穴には気をつけてください」
「ああ」
私はマルクと合流し、ほかのオーク達にも挨拶を交わして歩き出した。
時々振り返ると、オーク達はいつまでも手を振り続けていた。




