冒険と事件 修羅場の回避方法
「よく来てくれた。見たことの無い顔があるが、わざわざ3人で来たということは終わったのか?」
ギグは視線を一時コロンに向けて話した。
コロンは怯えも怯みもせず、ギグを見上げ、奥のオーク達に視線を移した。
「ええ、穴は見つけましたよ。それとこの子はコロン。親を探すついでに一緒に旅をしているのです」
「そうか。やっぱりあんたは色々と大変だな。それで、穴はどこに」
「案内します。皆さんを連れて私についてきてください」
ギグが後ろの皆を呼ぶのを確認し、踵を返して穴へ向かって歩き始めた。
穴までの道はかなり長い。
川を声、崖までかなり近いところまで歩かなくてはならない。
昨日は飛んでいたので早くついたが、皆で歩いていくとそれなりに時間がかかる。
「いやあ、ようやく帰れるよ」
「ああ、これで母ちゃんのところに帰れる」
「いや、お前の嫁はでていったんじゃなかったか」
「あ、そうだった⋯⋯」
「馬鹿だなぁお前は」
後ろが騒がしい。オーク達は皆談笑しながら歩いている。ひとり涙声になっているが。
仮に穴に入ったところで、帰れるとは決まっていないのに呑気なものだ。
その間、私はコロンのキャベツを齧りながら黙って歩いていた。
「しかし家族には心配かけたなぁ」
「ほんとほんと、今頃子供達が大泣してたりな」
「いやあ、意外と子供はその辺ドライだったりするから」
「親が行方不明になってもドライなのはお前の子供くらいだろ⋯⋯」
後ろから聞こえてくる家族の話で胸が痛い。
黙っているとまた色々考え込んでしまいそうなので、マルクに声をかけた。
「そういえばマルク、家族やエマに手紙を書きましたか」
「いや、そういえば書いてないな」
マルクは顎に手を当てながら首を捻った。
「書こうにも書く内容がないよう。なんちゃって」
「チッ」
不意の洒落を、深くにも面白いと思ってしまい、自分とマルクへの怒りが溢れた。
「なんで舌打ちした。ねえなんで?」
「すみません。不可抗力です」
「⋯⋯まあいいけど」
「書くことがないなら現状報告でもしたらどうです? 親なんかはそれくらいでも安心するものでしょう」
「そういうものか。じゃあ次の街にでも着いたら便箋を買うかな」
その後も話しながら歩いていると、太陽が随分と上へ上がった。
そして私達は、昨日塞いだ穴のある場所へやってきた。
「ここです」
地面から伸びた草をかき分けると、蓋された穴が姿を現した。
「へえ、これが穴か」
後ろからマルクが穴を覗いた。
「それにしても随分と遠いところにあるなあ」
「たしかに。俺達はここからあの村まで記憶もなしに歩いていたのか。もし北へ進んでいたら海に落ちていたな」
ギグの発言で、背筋に嫌な悪寒が走った。
たしかに、瘴気に身を支配されたまま動けば、北の崖から落ちることも考えられる。
むしろ、魔界から来た者達の中には不幸な者も居たと考えるのが自然だろう。
「穴の中には瘴気が充満してますから、皆さんの身体を私の魔法で包みます。恐らくこれで戻ってもおかしくなることはないかと」
私はそれぞれに魔法をかけ、最後にギグにかけた。
「最後まですまんな」
「いえ、これも私の仕事です」
オーク全員の体から、私の魔法の効果で黄色いオーラが見えている。
さながら、マルクの爽やかオーラのように。
「穴にかけた魔法は実体があるので、その蓋のようなものを持ち上げれば消えます」
私とマルクとコロンはオーク達の後ろに下がり、様子を見守った。
この穴を通っても、元の場所に帰れる保証は無い。しかし今それを言ったところで、彼らの状況は良くはならないし、ただの私の杞憂かもしれない。
「ではさらばだ。マルク、シュナク。またどこかで会えるといいな」
「ええ、会えますよきっと」
私が微笑むと、ギグは何かに気がついたように鼻息を漏らした。
「そうだな。では」
ギグが蓋を開けた瞬間、強力な風が発生し、周りの葉や砂が穴に吸い込まれていき、穴のそばのギグ達も吸い込まれていった。
ギグたちだけでは無い。私達も吸い込まれそうだ。
「マルク! コロン!」
私は手で地面をつかみながら、2人を確認した。
地面を掴んでいても、吸い込まれるように身体がジリジリと穴へむかっていく。
マルクも同じ体制で地面を掴んでいるが、コロンは穴からの力に完全に負け、身体が宙に浮いた。
「危ない!」
咄嗟に私は地面から手を離し、コロンに向かって飛んだ。
コロンが穴に吸い込まれる手前で、コロンを抱きしめたが、穴から遠ざかる術がない。
コロンの身を包むように抱きしめながら、私は身体中から魔力を放出しながら穴へ吸い込まれた。
「うぉい! マルク! コロン!」
視界が暗闇に染る中、微かにマルクの声が聞こえた。
恐らくマルクも穴に吸い込まれるだろう。
しかし彼には魔力による身の防御を施していない。
穴から出たら、体を操られたマルクをさっさと処理することを決意した。
────
穴は魔界に繋がっている。
結論からいえば私の推測は間違っていなかった。
ただ、元の場所には帰れないかもしれない、という私の不安は見事に的中してしまった。
「おい、大丈夫かお前達」
ギグに身体をさすられながら、私は身体を起こした。
目の前には森林が広がり、アヒルの鳴き声がどこからか聞こえた。
恐らく近くに池か何かがある。
ただ間違いなく、ここはギグの言っていた炭鉱ではない。
「そういえばコロンは」
いつの間にか手から離れていたコロンを探して立ち上がると、コロンはすぐ後ろでキャベツを抱えたまま座り込んでいた。
「よかった……皆さんも無事だったようで」
「ああ、お蔭さまでな」
オーク達は特に様子がおかしいことも無く、先程までと変わらない。
私は立ち上がって伸びをした。
これから瘴気に操られたマルクを倒さねばならない。
「さて、やりますか」
シャドーボクシングをしながら、どうマルクを痛めつけるかシミュレーションした。準備万端だ。
「さあどこですマルク」
周辺を見渡しても、マルクの姿が見えない。
「ギグ、マルクはどこですか」
「あいつは見てないが」
まさか穴からの吸引力を耐えきったのだろうか。
「うわぁぁぁぁぁ」
穴に目を向けると、大きな口を開けながら叫んだマルクが飛び出してきた。
マルクはそのまま地面に叩きつけられた。
「痛った! やばいよ、お尻が痛い⋯⋯」
身体が無事ではなさそうなことを覗いて、いつもと変わらない様子でマルクはお尻を撫でている。
「なんで⋯⋯」
マルクの体には瘴気など微塵も纏わりついてない。魔法で身を包む暇がなかった私とコロンは、何とか魔力を放出しながら瘴気を相殺したか、少し身体に着いている。
しかしマルクは本当になんの対策もしていない。
それなのに一切の瘴気を感じさせず、平静を保っている。
「まさかあなた⋯⋯」
マルクの纏う尋常ではない爽やかオーラが瘴気を打ち消したのではないか。
爽やかオーラが結界の役目を果たしたのではないかと、馬鹿げた仮説が私の中で展開された。
「ん? どうしたシュナク」
「いやあ、もしかしたらマルクは世界最高の才能の持ち主なんじゃないかって」
「え、どういうことだ!?」
食い気味でマルクが来たが、話すと笑われるか、天狗になるかのどちらかと思ったので話すのはやめにしておいた。
ひとまず私達は、ここがどの当たりなのか確かめるため、散策に出ることにした。
マルクとコロン、ギグと私、そしてオーク達と、3つの組に別れて行動することとなった。
「すみませんギグ。まさかこんなことになるとは」
道中、落ちた葉や盛り出た木の根に足を滑らせながら、ギグにこの失態を謝罪した。
目論見通りなら炭鉱へ帰れているはずだった。
しかしの目論見は外れ、ギグ達をまた面倒な物に巻き込むかもしれない。
「何を言う。シュナクは俺達のために最善を尽くしてくれたじゃないか」
「ですが⋯⋯」
「ここが魔界ならどこだろうとなんとかなる。お前たちが居なきゃ俺達は今頃人間を殺した罪人か、骸になっていたんだ」
肩を叩きながら言ってくれたおかげで、随分と気持ちが楽になった。
「ほら、目の前に湖が見えるぞ」
「ほんとですね。あれ⋯⋯ここは」
森を出ると森林に囲われた湖が姿を現した。
それほど大きくない湖だが、豊かな生態系が構築され、アヒルの親子が気持ちよさそうに浮かんでいる。
私はこの湖に見覚えがあった。
見覚えどころか、私はつい数日前、この湖に来ていた。
「よかったですねギグ⋯⋯ここは間違いなく魔界ですよ⋯⋯」
「よく分かるな⋯⋯もしかしてシュナク」
ギグは察したようで、私は黙って頷いた。
「ええ、ほんの数日前にリディア、妻とここに来ましたから」
間違いがない。何度も来たこの湖を忘れるはずがなかった。
森に囲まれ、ひっそりと存在する湖は近所の人々の穴場として人気がある。
だが今は誰もいない。見える範囲にはわたしとギグしかいない。
「よかったですねギグ、ググルはここから近いですよ」
「そうなのか」
「ええ」
陽光が東から差し込み、水面が鮮やかに輝く。
私達は昼頃に穴に入った。
人間界と魔界の時差を身に学ばせた。
「とりあえず戻りましょうか。出てきた穴を塞いでその後街まで案内します」
「あ、ああ。しかし案内とは⋯⋯大丈夫か」
「そこは上手くやりますよ。街に行けばギグ達もすぐにわかるでしょうし」
出てきた穴の場所まで戻り、穴を塞いだ。
人間界の穴と同じように塞ぐと、簡単に開くことが出来てしまうので、今度は強力な魔法でも使わない限り開けられないよう、厳重に蓋をした。
「それにしてもあの吸い込まれた力は何だったんだ」
ギグが眉にしわを寄せながら呟いた。
「さあ、真空状態になった穴に空気が流れ込んだんでしょうか」
考えを言ったが、きっと間違っている。
あの穴はまず間違いなく地上とは別の空間、次元に繋がっているだろう。
その別の空間に空気が流れ込んだのであれば、穴を塞ぐまえからものすごい引力が発生し、この魔界の穴にも、強力な引力が生じているはずだ。
しかしあの穴には今日の昼に開けるまで、あんな引力はなかった。
「そもそもが原理の分からない代物ですからね。単純な転移魔法の類ではなさそうですし。考えるだけ無駄かと」
自分に言い聞かせるようにゆっくりと口にしながら、髪を撫でた。
しばらくすると、他の皆が探索から帰ってきた。
何故かマルクは余計なキノコをいくつか手に持っている。
「ほら見ろシュナク。このキノコ、黒い傘の上に金色のぶつぶつがついてるぞ。しかもこっちはすごい甘い匂いがする。それにこれも……」
嬉しそうに私に見せてきたが、はっきりと言わなければならないことがある。
「君が持ってるそれらは全部毒がありますよ」
「えっ!」
マルクは驚いてその場にキノコを落とした。
「どうしよう⋯⋯素手で触ったぞ」
「まあ大丈夫でしょう」
私は、なかばマルクの相手が面倒になり、ギグに目線を送って街の方へ歩き出した。
街の方、すなわちそれは我が家のある方だ。
今の私には羽がない。
リディアに見つからないことを祈りながら、私達一行は炭鉱目指して歩き始めた。
────
森は深くない。大人の足なら、十数分で森を出ることが出来る。
恐らく、皆も探索中に森の出口には行ったはずだ。
しかし皆が進んだ方角からは、残念ながら炭鉱は見えない。
マルクとコロンはともかく、オーク達も覚えのない場所だったから、何も報告がなかった。
「ギグ、森を出たら右へ曲ってそのままッすぐ歩き続けてください。途中で金物屋があるのでそこを左に。そうしたらググルが見えてくるはずですから」
ギグに耳打ちをし、マルクとコロンの元まで下がる。
マルクは勘や思慮が鈍いほうではあると思うが、念の為に知らない体を装う。
「なあ、俺達大丈夫なのか」
不安げにマルクが視線をコロンに向けながら言った。
毒キノコを触ったからか、コロンはマルクと手を繋いでなかった。
私がコロンに向かって手を差し出すと、コロンは何も言わず私の手を握った。
「大丈夫ですよ。ギグはこの辺りに見覚えがあるようなので」
「そうか⋯⋯それなら」
あまり表情を変えずにマルクは頷いた。
視界が開け、街が姿を現した。
数日前と変わらない、平和そのものの街だ。
ギグは言った通りに右へ曲がった。
もうじき、私の家の前に通りかかる。
商店街を抜ければ直ぐだ。
リディアはおそらくこの時間は家にいる。
彼女は基本、朝のうちは外に出ない。
家のことを全て済ませてから外へ出るのだ。
それでも私は息を飲み、周囲に神経を張り巡らせた。
周りの人……魔物達はとくにオークと人間という風変わりな一団に興味を示している様子は無い。
リディアの姿も前方には無い。
私はひとり、ほっと胸をなでおろした。
「あの⋯⋯シュナク様?」




