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「死んだら呪ってやるからな」
恨めしそうな顔をしながら、マルクが目を細めて私を睨んだ。
「君に呪われたところでたいしたことなさそうですし……」
「あのなぁ」
「じゃあマルク、勇者の仕事ですよ」
そう言うとマルクは姿勢を正して頷いた。
勇者と言われると、彼はスイッチが入るようだ。
自然と顔つきも精悍になった。
「じゃあそっちは頼んだ」
「ええ、任されました」
私はその場を後にし、地面を蹴って飛んだ。
穴を探すなら上から見下ろす方が見やすい。
街を出て、北へ進んだ。
夜の草原を照らす物は月明かりのみであり、魔物の鳴き声が響いている。
そしてたしかに、夕方感じた瘴気が肌を刺激していた。
「穴はやはりこの辺りに」
目を凝らして地面を確認しても、それらしいものが分からない。
そうしてかなりの時間が経ち、どこからかやってきた波の音が耳を掠めた。
どうやら海が近い。
顔を上げると、崖の向こうを月明かりに照らされた水面が揺れている。
これ以上陸地は無い。海に穴があることは考えられないし、崖の下に洞窟があったとしても、魔物がそこからやってくるとは考えにくい。
引き返すため反転すると、生い茂った草の中から、四足の魔物が姿を現した。
「あれは!」
魔物が現れた場所まで降りると、足下に暗く深い、人ひとりちょうど収まるくらいの大きさの、魔力が漏れ出した穴があることが確認できた。
「これが……穴か」
現れたばかりの魔物を眠らせ、穴を覗く。
魔物の体にはギグたちと同じように瘴気がまとわりついていたので、それを吹き飛ばした。
穴の中からは風もなく、ただ嫌な正気が途切れることなく溢れだしている。
穴に顔を入れると、瘴気が肌を指すようにまとわりつき、気味が悪い。
穴の底が見えないが、間違いなく穴は異空間を通して魔界に繋がっている。
「こんなのは初めてですね」
穴を見つけたことで、私の仕事は終わった。
明日ここにギグ達を連れてくれば勝手に帰っていくだろう。
ただその際、また瘴気でおかしくならないように私の魔力で身体を包む必要がある。
「さて……帰りますか」
念の為、穴に手を翳し塞ぐことができるか試した。
魔力を翳した両手に込め、集中する。
「さあ、悪しき異物はここで足止めです」
黄色みがかった結界が、穴を塞ぐ。
漏れ出していた瘴気も止まり、これで誰かがアナへ落ちて魔界へ行くこともない。
ただ明日、この結界を解く前に魔界で誰かが穴へ落ちてしまったものがどうなるのか、決壊を突き破るのか、それとも異空間をさまようことになるのか分からない。
それでも、この瘴気は人々の身体を弱らせ、蝕むことは間違いない。
魔物と人間、本来であれば立場上、魔物を優先すべきかもしれないが、今の私は勇者マルクの相棒だ。
マルクのため、マルクが守りたいもののために最善を尽くす。その必要がある。
────
街へ戻ると、皆かなり疲弊した様子だったが、無事魔物を撃退することが出来たらしい。
私は街のひとりにマルクの居場所を尋ねた。
「あの、マルクはどこにいるのでしょうか」
「マルク? あああの人ですか。あの人なら八百屋の娘さんに運ばれていきましたよ」
「本当ですか……」
「はい。あの人が誰よりも前に立って皆を守ってましたから。怪我もしていたようですし……」
「マルクが前に立って?」
「ええ。俺は勇者だ。って言ってそれはもう。魔物を倒したのは殆ど別の人ですが。ですがおかげであの人以外は目立った負傷者はいません」
街の人が言い終えると、私は八百屋へ向けて走り出していた。
マルクが怪我をしたから心配を、いや違った。
街の人達が倒した魔物の処理をしているのにひとり帰ってしまったからなのか、いや違う。
八百屋へ戻ると、ベッドで横になっていたマルクの側までやってきた。
マルクは額に包帯を巻かれ、腕にも怪我の後が見える。
上向きに寝ているマルクの手を掴み、強く握った。
「マルク、よく頑張りましたね」
「ああシュナク。俺だってやる時はやるんだ」
そう言ってマルクは被っていた布団を剥いだ。
顕になった上半身にも、手当の後が残っている。
それを誇らしげな顔をしながら、まるで名誉の負傷だと言いたげにマルクは顎を上げて笑った。
「まったく君はおそらくこの街でも最弱なのに無理をして」
「なんだよ。シュナクが言うから頑張ったのに」
「ですがまあ、やっとミヨ婆がキミを勇者だと言ったまともな理由がわかった気がしますよ」
「なんだよまともな理由って。まともじゃない理由は想像ついてなのか」
頷きそうになってしまったが、それを教えてしまうとマルクが調子に乗る可能性があったので、ぐっと堪えた。
掴んでいた手を離し、ベッドへ腰掛けた。
「聞かないほうがいいですよ」
「そうか。じゃあいいや。それで穴は見つかったのか」
急に話が変わり、私はゆっくりと頷いた。
「見つけましたよ」
私は夕方のことと穴のことを詳しくマルクに話した。
「そういえばコロンとルチアナはどこに?」
「あのふたりは奥だよ。けが人の俺を床に寝かす訳には行かないって」
「そうですか」
「それで、その穴に入れば、ギグ達は帰れるのか」
「おそらく」
マルクは天井を見つめながら、何度も大きく瞬きをした。
私も天井に目を向けたが、別におかしなところは無い。
「そうか……それはよかった」
そう言うと、マルクはそれ以降黙って何も言わなかった。
少ししていびきが聞こえ、私も床に寝転がって目を閉じた。
「ああそうだ」
寝る前に最後の力を振り絞り、マルクの傷を回復させた。
だが眠いせいか、完全に治すことは出来ず、見た所昼間つくった手の血豆が治った程度だった。
「私も大概、まだまたま力不足ですね」
──
「ありがとうルチアナ。おそらく今夜からは魔物は現れませんから」
朝食を食べた私達はルチアナに別れの挨拶をした。
これからギグ達のところへ行き、そしてまた何処かを目指して旅をする。
できる限り魔界に踏み込むことのないように慎重に旅をしなければならない。
そしてコロンの身内を見つけ、マルクを鍛え上げる。
このふたつのため、長居する訳にもいない。
「本当にありがとうございました」
ルチアナが深々と頭を下げたが、世話になったのは私達のほうだ。
「じゃあね、コロンちゃん」
私のそばに居るコロンにルチアナが笑顔を向けた。
コロンはルチアナから貰った新しいキャベツを抱え、上機嫌だ。
「さあ、行こうか」
マルクに呼びかけられ、私とコロンが後に続く。
包帯だらけの勇者の後ろを歩いていると、街の人達が頭を下げてきた。
「人気者じゃないですかマルク」
「そうだな。よかったよ。昨日は役に立てて」
顔は見えないが背中からご機嫌な雰囲気が漏れだしているマルクの後を進んだ。
すると、先日から顔を合わせていた老人に呼び止められた。
「あなた達には世話になった。これを、皆の感謝の証じゃ」
そう言って茶色い皮の袋をマルクに渡した。
マルクの後ろから袋の中身を除くと、金貨がいくつも入っていた。
「受け取れませんよお爺さん。俺達は当然のことをしただけだ」
マルクが謝礼を辞退しようとすると、老人は目を細めて笑った。
「そう言うと思っていた。しかしお主らの旅には必要なものであろう。それに儂らとしてはその金で旅を続け、お主らがここと同じように人々を助ける事を願っているのだ」
「お爺さん……」
マルクは袋を懐にしまい込んだ。
老人や街の人の気持ちは私にも伝わった。
実際、マルクの持ち金が無くなると私達の旅は中断してしまう。
もっとも、この最弱勇者を育てるため、そして魔王メルスが三神によって生まれ変わるまで魔王の元へはいけないのだが。
「ありがとう。貴方達の期待に応えるためにこのお金はいただいておきます」
老人は満足気に何度も頷き、こうして旅の不安が少し解消できたところで、街を出た。
「そうだコロン。今からオークに会いにいくけど別に怖くないから安心していいぞ」
振り向きながらマルクがコロンに語りかけた。
コロンは特に反応もせず、ただ無言で歩いている。
「ほんと逞しいな」
「ですねぇ……」
野を歩き続け、森に足を踏み入れた。
まだ朝露が葉を滴り、空気が冷えている。
森の中を進むと、ギグ達は固まって座りながら何か話していた。
誰かがこちらに気がつくと、一斉に皆が私達の方を向いた。
そうしてギグが立ち上がり、こちらへ足を進めてきた。




