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 部屋の中でキャベツを抱えてベッドに腰かけていたコロンの頭を撫でると、僅かに頭を動かした。

 


「放ったらかしにしてすみません」


 相変わらずマイペースに、コロンは何を考えているか分からない顔でこっちを見ている。

 マルクが入れば、相手をしてあげているかもしれないが、私はなにぶん、小さな子供に慣れていない。


「マルク⋯⋯」


 ボソッとコロンが呟いた。


「マルクは用事があって夜まで帰ってきませんよ」


「そう⋯⋯」


 マルクが居ないことを寂しく思ったのかと思い、出かけているを教えても、コロンは眉ひとつ動かさず、興味を失ったかのようにそっぽ向いた。

 コロンはマルクのことを気に入ってはいるようだが、それはほとんど空気扱いの私に比べての話なのだろう。


「そうだコロン。一緒に散歩でもして、マルクが無くした剣を探しませんか」


 夜まで何もすることもないし、行くところもない。少しは退屈しのぎになればいいと提案すると、意外にもコロンはベッドから降りて、ひとりで外へ向かって歩き出した。キャベツを抱えたままで。


「これは了承したということですかね⋯⋯」


 無口なコロンに歯痒さを感じつつも、嫌われてはいないようでほっとした。

 外へ出ると、中からも聞こえていたが、相変わらずルチアナは元気に店番をしている。


「おやシュナクさん。コロンちゃんとお出かけですか」


「ええまあ」


「そうですか。良かったねコロンちゃん」


 ルチアナはコロンに笑顔を向けた。

 抱えたキャベツに言及しないのは優しさなのだろうか。


 マルクを寝かせていた草原へ向かって歩き出す。

 自然と、コロンは私の前を歩いているので、迷子になる心配もないだろう。

 街を出て畑の周りを歩いていると、今朝は気にも止めていなかったことが気になり始めた。


「もうじき収穫でしょうに。なんだか人の数が少ないですね」


 畑に対して働き手の数が少なく、近くで休んでいるといった様子もない。

 それもやけに男の数が少ない。

 

「この辺りでは男の人を畑に使わないのでしょうか。ねえコロン」


 コミュニケーションを取ろうと話しかけるが、何も答えない。

 気分じゃないと、コロンは相槌すらうってくれない。


 しばらく黙々と歩き続け、昨日休んでいた辺りにたどり着いた。


「確かに転がってませんね」


 目視できる範囲に剣は落ちていない。

 誰かが拾って持っていったのだろうか。

 マルクは適当に村から取ってきたものだと言っていたが、無くしたのは私にも少しは責任があるといえる。

 このまま行方知らずのまま放置しているのは気持ちよくない。


「コロンはどこにあるか分かりますか」


 なんてあまりに無意味な質問をすると、コロンは突然走り出した。


「え、嘘ですよね」


 まさか場所がわかったのかと思い、後を追う。

 コロンはキャベツを抱えたまま身体を揺らしながら走っている。

 どうしてキャベツに両腕を塞がれた状態で、一般的な子供くらい走れるのか理解できない。

 しばらく走っていると、正面がやや坂になっていて、下った先に川が流れていた。

 

 コロンは河原の上で足を止めた。

 周囲に目を凝らすが、それらしきものは無い。


「どうしたんですコロン、こんなところまで来て」


 昨日の場所からはそこそこ離れている。

 こんなところに剣があるとは思えない。


「もしかして川で遊びたかったとか?」


 しかしなぜ川があることが分かったのだろう。

 考えているとコロンが振り向いてキャベツを差し出してきた。

 戸惑いながらキャベツを受け取ると、コロンはワンピースの裾をつまみ、靴を履いたまま川へ入っていった。


「なぜ服は気にして靴はお構い無しなんですか⋯⋯」


 コロンの足元をよく見ると、革製の靴は随分と汚れ、所々穴が空いている。

 ひとりであの森に来るまで、相当歩いたのだろうか。

 服の汚れは気にしつつも、足元まで注意が向かなかったことをひとり反省した。

 

 キャベツを頭の上に載せ、両の手で柏手を打ち、魔力を込める。

 まさかキャベツを地面に置くなんて出来ないし、脇に挟むのは物理的に難しい。


 靴なんて精製したことはないが、とりあえず試してみると、見た目はみすぼらしいが物としては問題なさそうな小さな靴が完成した。


「コロン、後でこれに履き替えてください」


 川の中でコロンは振り向いて軽く頷いた。

 幸い川は浅く、流れも緩やかなので溺れる心配は少ない。

 コロンは裾をつまんでいた両手を離すと、川に手を入れた。


「え……」


 その動作を目で追っていると、水の中に探していたものの姿が確認できた。

 柄の先についた鞘に、水滴が滴って光が反射する。

 コロンが重たそうに持ち上げたそれは、間違いなくマルクの剣だった。


 鞘に納められたそれは、それなりに重たいはずだが、何とかコロンでも持てている。

 ただ身体は辛そうに小刻みに震えているが。

 

 靴をその場に置き、キャベツを抱えてコロンの元へ駆け寄り、剣を貰った。

 何故か剣には微量の魔力が纏わりついているが、軽く私の魔力で払うと綺麗に消え去った。


 正直剣の見た目なんて覚えていない。

 仮にこれがマルクのではなかったとしても、今はマルクの物ということにしてしまえばいい。

 

「いやー凄い。お手柄ですよコロン、なんでこんなところにあるって分かったんですか」


 コロンを目いっぱい笑顔で褒めながら、私は考えた。

 そう、それが不思議で仕方がない。

 不思議なのは2つ。剣がこんなところに沈んでいた理由。そしてコロンが場所をピタリと当てたことだ。


「匂い⋯⋯した⋯⋯」


 コロンは私を見あげながら呟いた。

 キャベツの時と同じように、マルクの剣の匂いを嗅ぎ当てたというのだろうか。

 だとするとコロンの嗅覚は狼を超えている。


「君のその嗅覚は魔物でも及びませんね」


 そう言うと、コロンは得意げに鼻息を強く吐いた。

 それでも、表情は特に嬉しそうでもなかった。





 コロンが見つけられた理由はよしとして、ではもうひとつの不思議。

 原っぱでマルクの隣に添えていた剣がなぜこんなところにあるのかだ。

 これが本当にマルクの剣なのか怪しい。

 しかしこれはマルクのものに違いない。

 なぜならこれはマルクの剣だと私が決定したからだ。


 そんな無理やりな暴論を頭で展開しながら首を捻る。

 実際のところ、なぜこんなところにあるのか、なぜ川に沈めているのか。

 剣を川に沈めるなんて、バレたら鍛冶屋に殺されても文句は言えないだろう。

 そんな雑な扱いをする者が近辺にいるとは考えにくい。


 剣には微量ながら魔力がこびりついていた。

 もしかしたら、この剣は遠い川の上流から、魔法が使える持ち主の手を離れ、この場所に流れ着いたのかもしれない。

 だがこの川は浅い。いくら流れが強くても、長い剣が石に引っかからずに波に揺られるのは難しい。

 それならまだ、誰かがあの原っぱで拾い、持って帰ろうとしたが、途中で面倒になって捨てたと考える方が現実味がある。


「まあコロンが拾ったってことはマルクの物ってことでいいですね」


 そうして昼過ぎまでコロンは川で遊んでいたので、私はじっとその姿を見続けた。

 相変わらず無表情でいるので、楽しいのかどうか分かりにくいが、黙々と遊んでいるということは、内心喜んでいるのだろう。

 

 帰ると告げると、駄々をこねることも無く素直に帰った。

 ルチアナの部屋に戻ると、疲れたのかすぐに寝てしまった。

 

 もうすぐ日が暮れるという頃、眠ったままのコロンをルチアナに任せ、拾った剣を持ってマルクのいる森へ向かった。

 

 森へ向かう道中、日が暮れると、辺りには不穏な空気が漂っていた。

 夕暮れ時だから、という言葉だけでは説明も納得もできない。

 その空気を吸うだけで、足取りが少しは重くなるのを感じた。

 その空気は昨日ギグ達が纏っていた魔力によく似ている。

 

「これは魔力というより瘴気⋯⋯あの老人の言っていた病気のようだってまさか」


 足を早めて森へ向かう。

 森へ近づくと瘴気は感じなくなり、オークも朝と変わらない様子でいた。


「おやあなたは今朝の。貴方のお仲間さんが大変なことになってますよ」


 今朝のオークがにこやかに言った。

 さらに森を進むと、地面に伏せているマルクとその姿を傍で見下ろしているギグの姿があった。

 マルクは全身を痙攣させ、陸に打ち上げられた魚のようになっている。


「ギグ、わかりましたよ」


「ど、どうしたんだ急に」


 駆け寄った私は、意識があるのかどうか曖昧なマルクを放ってギクの肩を掴んだ。


「君たちがおかしくなった原因です。原因は穴から漏れ出る瘴気です! 瘴気なのです!」


「お、落ち着いてくれ」


「す、すみません」 


 ギグの肩から手を離し、一息つく。


「で、瘴気がなんだって」


「ええ、いまさっきここへ来る途中、風に乗って空気中を漂う瘴気の存在に気がついたんです。そしてこの瘴気が、昨日君達が纏っていた物によく似ていることがわかったんです」


「なるほどな。穴に入っておかしくなったのは瘴気のせいか。しかしあれだな、今朝も今も瘴気なんて感じ取れないぞ」


 ギグは腕を組んで顔を上げた。


「それは風ですね。ここに来る途中で瘴気が徐々に減少していましたので」


「そうか⋯⋯今風は北からか」


「ええ、だから穴は街から北に行ったところにあるかと」


「なるほど」


 ギグは顔を下げて私と目を合わせた。


「感謝するシュナク、だが穴から瘴気が漏れてるのだろ? だったらまた穴を通れば、おかしくなってしまうんじやないのか?」


「それについては対策が。いくら多量の瘴気といっても、体に触れなければ問題は無いはずです。私が皆さんの体に魔力の結界を貼って穴へ入れば、何事もなく帰れると思います」


 私が力説すると、ギグの口元が緩んだ。


「何から何まで悪いなシュナク。あんたに頼りっぱなしだ」


「いやいや、これは私の本業ですから」


「ふっ、さすがは魔王様の側近だ」


 ギグの言葉に驚いた私は、咄嗟にマルクに顔を向けた。

 今の言葉を聞かれていれば、マルクにあらぬ疑惑を抱かせることになる、

 だが幸いにもマルクの意識はどこかへいっているようだった。

 

「ところで、一体何をしたんですか」


 マルクを目で指して尋ねる。


「ああ、俺たちが普段してる鍛錬を経験させただけだ」


 ギグの屈強な腕とマルクの細腕を見比べた。


「なるほど、それじゃあこんなふうになるはずだ。せっかくこれを見せようと思ったのに」


 持っていた剣を腰に差す。

 そうしてマルクを囲うように簡易な魔法陣を描く。


「ではギグ。夜は気をつけてください。穴を見つけてまた明日来ますから」


「ああ、また明日だ」


「ああそうだ」


「なんだ?」


「マルクの前で魔界での話はなしでお願いします」


 そう言ってから、魔法陣に魔力を込め、柏手をうった。

 少し難しい転移魔法だ。

 身体が光の粒子に包まれると、一瞬でルチアナの部屋まで戻ってきた。

 座標を覚えていれば、こうして転移魔法で瞬間移動ができる。

 ただ自分の家に関しては、座標もそうだが、仮に分かったところで遠すぎて転移ができない。

 コロンはイビキをかきながらまだ眠っている。

 マルクを適当に床に置き、夜を待った。











「しゅ、シュナクさんいつの間に!?」


 部屋へ戻ってきたルチアナが開口一番に驚きの声を出した。


「ああ、転移魔法で少し」


「す、凄いですね⋯⋯ところでマルクさんは」


 ルチアナの視線が、私から足元で眠るマルクへ向いた。


「ああ、眠ってるだけですよ」


「そうですか、よかった。あ、今から夕飯の準備しますね」


「どうもすみません」


 ルチアナは台所へむかった。

 こういう時、手伝うというのが良いのだろうか。

 だが我が愛妻にして天使のリディアは私が台所に立つことを嫌う。

 彼女もそうではなかろうか。

 それにしても私達3人を嫌な顔ひとつせず受け入れてくれる彼女は素晴らしい人間だ。

 もちろん、利害関係にある私達だからという面もあるだろう。

 しかし、若い女子が男2人と幼女の世話をしてくれるその姿は感服ものだ。

 黙ってその背中を見ていると、マルクが呻き声を上げた。

 

「すみません、本当にもう許してください⋯⋯死にます。ここで勇者死にます」


 余程しごかれたのだろうか、苦痛で顔を歪めているし、寝言も情けない。


「俺は勇者マルク! 全ての人を幸せにする者だ!」


 今度は突然、力強い決意の叫び声とともにマルクが勢いよく起き上がった。

 今のは厳しい鍛錬中に自分を鼓舞していた言葉だろうか。それにしてもうるさい。


「あ、シュナク⋯⋯なんで俺は部屋に」


「連れて帰ってきたんです。寝てたので」


「そ、そうか」


 安堵したマルクは起き上がろうとしたが、固まって動かない。


「どうしました?」


「か、体が動かん⋯⋯助けてくれ」


「やれやれ」


 魔法で軽くマルクの体を強化してあげると、マルクは起き上がって椅子に座った。

 疲労を無くしてやることも出来るが、それをするとせっかくの鍛錬も無駄になってしまう。


「それで、どうでしたか」


「どうでしたってなぁ。行ったらいきなり『鍛錬だ! シュナクから言われたから拒否はないぞ』なんて言われて⋯⋯」


「それで?」


「あ、ああ⋯⋯どこからか持ってきた切り株を持たされて⋯⋯」


「で?」


「走ったり投げたり、とにかく切り株なんて重いし手の皮はめくれるしで地獄だ地獄」


 そう言ってマルクが見せてきた両の手のひらは確かに皮がめくれ、豆もできている。


「その手洗って包帯かなにか巻いた方がいいですよ」


「ああ、そうだな⋯⋯」


 マルクは席を立ってルチアナに包帯の場所を聞いた。

 ルチアナがタンスの中から救急箱を取り出すと、マルクはそれを持って外へ出た。

 井戸から水を汲むのだろうが、あの手じゃそれも一苦労だ。

 まあだからといって手伝う気はさらさらないのだが。


 マルクが帰ってくると、ルチアナがテーブルに夕食を運び始めた。

 さすがにここでも何もしないわけにはいかないので、配膳を手伝った。

 夕食は質素だった。

 ただ痛み始めた野菜が大量に入ったスープは美味しかった。

 見た目からは適当に余り物を注ぎ込んだだけにしか見えないが、見事に味が調和されていた。


「いやあ美味しいよルチアナ」


 マルクが言うと、相変わらずルチアナは頬を染めて俯いている。

 そんなルチアナをコロンとふたりで眺めつつ、黙々と食事を進めた。


 夕食後、魔物退治の前に昼間拾った剣をマルクに渡した。


「ほらマルク、これあなたの剣ですよね」


「え、ほんとだ。どこにあったんだ」


 マルクは剣を受け取ると、まじまじと目を移している。


「川で拾ったんです」


「川!? 近くに川なんてないだろ」


「確かに結構離れてましたね。そうそう、それはコロンが見つけたんです」


「へー、コロンが」


 マルクは椅子に座っているコロンに目を向けた。


「ありがとうコロン」


 そう言って返事も待たず、また剣に目を移すと、訝しむように目を細めてこちらを向いた。


「なあ、これ本当に俺の剣なのかな」


「⋯⋯そうですよ」


「俺の剣ってこんなんだっけかな」


 剣を持ち上げたり傾けたりしながら、マルクは観察している。

 いくら思い入れがないからって、自分の剣の見た目くらい覚えていて欲しいものだ。

 もっとも、こちらとしてはマルクがはっきりと自分のでは無いと言ったところで、押し通すつもりであるが。


「こんな感じでしたよ。近くで似たような剣を落とす人なんてそうそう2人もいませんよ」


「そうかな。それに近くにはなかったんだろ」


「じゃあ誰かが拾って投げ捨てたんでしょう」


「そんなことってあるかぁ?」


「ありますよ! よくあることです」


 この場は強引に押し通し、この剣がマルクのものだということになった。


「さあ行きますよマルク。今夜は私と君は別行動です」


「え、嘘だろ」


「本当です。君は街の人達を守ってあげてくださいその間に私は穴を探します」


「穴? ギグが言ってたあれか」


「ええ、今夜でこの街を魔物から解放するのです」


 気がつけば日は完全に沈んでいた。

 外へ出た私は、マルクへの試練のため、起き上がるためにかけていた強化魔法を解いた。


「ちょっとすんごい体重いんだけど⋯⋯」


「死ななきゃいいんです」










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