冒険と事件
オークは胡座をかき、両手をそれぞれの膝に乗せて姿勢を正した。
「石炭を掘ってたら、妙な穴をみつけたんだよ」
「妙な穴ですか」
「ああ。足元に黒く小さく渦巻いてて、気になってじっと見てたんだよ。それでその時アイツらもいて」
そう言ってオークは他のまだ寝ている仲間を指した。
「どっかの誰かが変な魔法でも使ったのかと思って、気をつけながら作業してたら、急に穴が広がって⋯⋯落ちたんだよ。そして気がついたらここに居た」
「なるほど⋯⋯」
一種の転移魔法だろう。
穴が別の穴に繋がっていて、意図せず人間界に来てしまったということは分かる。
「しかしそれだけならなぜ街を襲ったんです」
「だからなんの事だ。本当に俺達が街を襲ったりしたのか?」
「ええ⋯⋯」
頷くとオークは視線を落として口を噤んだ。
「なぜ俺達がそんなことを⋯⋯お前達が止めてくれたのか」
「はい。まあ実質私一人ですが」
ここは私がひとりでやったことを強調し、オークに力を示しておく。
彼が私達を騙しているとは思わないが、人間と魔物という立場上、お互い完全に信頼することは難しい。
だから今は私が彼らを1人で相手にできるということを教えておく必要があった。
「そうか⋯⋯申し訳ないことをした」
オークは深深と頭を下げた。
その姿は清々しく、感嘆の意が現れてくる。
「頭をあげてください。幸い、今日あなた達のせいで何かが起きたわけでもありませんから」
「それでも咎であることは間違いない」
オークは頭を下げたまま低い声で言った。
「シュナクの言う通りだ。街のみんなはともかく、お前達の行動が本意ではないなら俺達は何も言わない」
横から口を挟んだマルクに言いたいことを全部言われ、なんとも言えない気持ちになった。
「そうか、感謝する」
「ああ。だから顔を上げてくれ。事の原因を一緒に考えようじゃないか」
オークは顔を上げて大きく瞬きをした。
マルクのこういうところが彼の持つ勇者としての強さなのだろう。
私としては確かに街の警護は引き受けたが、オーク達に付き合うのはボロが出そうなのでしたくないところだ。
「なあシュナク。その穴を見つけたら何かわかるんじゃないかとおもうんだが」
しかし、今まさに私を爽やかな目で見つめるマルクが手助けをすると言うのだ。彼の仲間である私がサボるわけにはいかない。
「そうですね。出てきた穴はそのままもともと落ちた場所へ繋がってるはずですから」
「お前達⋯⋯」
オークは何か言いたそうにしているが、マルクが静止した。
「言わなくていい。魔物だろうとなんだろうと困ってる者のために戦うのが勇者の役目だ⋯⋯あ、もうダメ」
マルクはそう言いながら地面に伏せた。
どうやら睡魔が限界だったのか、いびきをかいて気持ちよさそうに寝始めた。
「やっぱり君は格好がつかないようですね」
──
一先ず私達はまだ眠っている4人を離れた森へ運んだ。その間マルクは放ったらかしになるが、大丈夫だろう。
森の中は静かで、とりあえず木にもたれされるように寝かせたが、なかなか目を覚まさない。
もしやと思い脈を確かめたが、全員ちゃんと心臓は動いていた。
「すみませんが私達は1度街に戻ります」
「ああ、仲間達は俺が見張るから大丈夫だ」
「ではまた、日が昇って少ししたらここに来ます」
「あ、待ってくれ」
その場を後にしようとすると、オークに止められた。
「どうしました?」
振り返ってオークを見ると、神妙な顔で私を見ている。
「お前のその姿とシュナクという名前、羽はないがやっぱりお前は魔王城の⋯⋯」
どうやら名前も知っていたようで、気づかれていた。
ここで変に誤魔化しても、彼の中での疑惑が大きくなるだけだろう。
私は彼に、少しだけ伝えることにした。
「今の私は勇者マルクの供の魔法使いです」
「そうか⋯⋯あの働かない魔王様の命令か?」
「いいえ、あの魔王様は命令すら出しませんから」
「それもそうだな」
微笑しながらオークは首を振った。
「俺が言うのもなんだがあの勇者も名乗る青年を悲しませないでくれよ」
「善処します。ある程度は厳しくいかなきゃならないので」
「まるで師弟のようだな」
「外から見ればそう見えるかもしれなませんね。では私はマルクと帰ります。ではまた明日」
「ああ。ありがとう」
話を切りあげ、今度こそその場を後にした。
途中、寝たまま放置していたマルクを起こそうとしたが、起きなかったので背負って歩いた。
寝ている人間というのは重いというが、確かにその通りな気がした。
明かりの消えた八百屋まで戻ると、コロンとルチアナは仲良く2人ベッドの上に寝ている。
目を凝らして見えるコロンの寝顔はとても穏やかで、安心しきっているように見える。
マルクを床に降ろし、肌寒さを感じながら、マルクと共に床に寝転がった。
朝起きたら確実に身体中が痛くなるだろうが、魔法で簡単な布団を用意するのも億劫だったので、そのまま目を閉じた。
心地良い振動と身体の節々に痛みを感じながら目を覚ました。
「んん⋯⋯ああおはようコロン」
コロンが私の身体を揺すっている。
朝の挨拶をしたというのに、コロンは無言でわたしの身体を揺らし続けている。
「⋯もういいですよ」
上体を起こすと、コロンの手が離れた。
予想通り腰や首が痛い。
簡単に布団の準備でもすればよかったと後悔。
そんな私をコロンは無言で見ている。
そしてよく見ると、コロンはマルクの腹の上に座っていた。
コロンが乗っていてもお構い無しに、マルクは寝息を立てている。
「コロン⋯⋯」
腹に座っているコロンも問題だが、よくマルクも寝ていられるものだ。
ベッドには既にルチアナは居ない。
外に出ているのだろうか、テーブルの上には簡単な朝食が用意されている。
「コロン、ルチアナさんはどこに行ったのです」
「⋯⋯あっち」
そう言ってコロンは外を指さした。
「そうですか。コロンはもう朝ごはんは食べましたか」
無言で頷いた。
相変わらず言葉数が少ないが、私の推測では、喋るのが苦手という訳ではなくさ、ただ面倒くさがっているように感じる。
とりあえず私も、ルチアナが用意してくれた朝食を食べるため、立ち上がって椅子に座った。
パンにバターを塗っただけの物を口に詰め、牛乳で流す。
体感と外の様子から、日が昇ってそれなりの時間が立っていると考えられる。
マルクはまだ起きていないが、オークとの約束のため、森へ向かわなければならない。
「コロン、マルクのこと見ててくれますか。私は出かけなければいけませんので」
またコロンは無言で頷いた。
マルクの上に座りながらうなずくその姿は、まるで王女と下僕のようだ。
「では行ってきます」
部屋を出ると、店の準備をしているルチアナと鉢合わせした。
「あ、シュナクさんおはようございます。昨日は随分遅かったみたいで。街の皆がおふたりのおかげで早々に片付いたと言ってましたが」
「ええまあ、その後に色々ありまして。その続きで今から出かけなければならないのです」
「そうですか。街のためにありがとうございます」
「いえいえ。朝食ありがとうございました。マルクが目覚めたら店の手伝いでもさせてやってください」
マルクも連れていった方がいいだろうが、何故かこの場は格好つけるようなことを言ってしまった。
ややお節介かもしれないが、ルチアナは照れた様子で私を見送ってくれた。
街を歩いていると、昨夜のことがあったからか、私に注目が集まる。
話し掛けられても困るので、足早に街を通り過ぎた。
街の外では人々が朝から畑仕事に精を出しているが、昨夜と違い魔物の気配も菅田も全くない。
別に魔物は夜行性というわけではない。
街に現れるなら、昼間に顔を出してもいいはずなのに、今朝も昨日も特に姿は見えなかった。
いったい魔物達がどこから現れるのか、昨日オークが言っていた穴が関係しているかもしれない。
彼らからさらに詳しく聞くため、足を速めて森へ向かった。
森へ入ると、一体のオークと遭遇した。
昨日は眠っていた者で、私をみて少し警戒する様子だったが、直ぐに警戒を解いてくれた。
「ああ、あなたがシュナクさんか。ギグならこの奥で待ってますよ」
ギグという初めて聞く名前は間違いなく昨日話したオークの名だろう。
「そうですか。ありがとうございます」
軽く会釈をして、オークの前を通り過ぎた。
オーク⋯⋯ギグは昨日もたれかかっていた木に、同じように背中をつけながら、腕を組んでこちらを見ていた。
「来てくれたか。勇者はいないのか」
「ええ、彼は他にやることがあるので」
「そうか」
ギグは少し残念そうな素振りをしながら、立ち上がった。
近くに他のオークはいない。
さっきのと同じように、皆思い思いに行動しているようだ。
「皆さん目が覚めたようですね」
「ああ、問題は俺に任せると言って遊んでるよ」
「はは⋯⋯随分と自由なようで」
「まあ最年長だから仕方ない」
やれやれと溜息をつき、ギグは長い鼻先をかいた。
まあ大勢いればいいという問題でもないだろうし、逆に昨日話している分やりやすくていい。
「では早速本題に入りますが、穴の場所の心当たりは?」
「うーむ。それがないんだな全く」
「まあ恐らくですが、皆さんがおかしくなったのは穴に入ってからでしょうから、仕方ありませんね」
「案外あっさりだな」
「まあ、出来ないことを詰めてもしかたありませんし。切り捨てですよ」
「さすがは魔王様の側近、取捨選択はお手の物ってわけか」
何故か褒められたが、恐らくこれは魔王を馬鹿にしているのだろう。
まああんな魔王、遠いところで馬鹿にされるだけで、実害を加えられないならいいほうだろう。
「まあそんなところです」
「しかし穴の場所なんて1番重要なものなのに、本当に俺たち大丈夫だろうか」
ギグは不安げに首を捻った。
だが、それについては心配ご無用。
既に私は1つ、穴を探す方法を見つけ出している。
「大丈夫です。穴を探す方法をひとつだけ考えてきているので」
「ほんとうか、ありがたい」
ギグは喜びの漏れた声で言ったが、その案を実行するには夜まで待たなければならない。
案というのは単純で、夜の魔物がどこから現れるか調べ、その周辺で穴を探すだけだ。
ただこれの面倒なところは、穴の場所の検討がまったくつかないところと、広範囲を調べる必要があることだ。
「ええまあ、ただその代わりといってはなんですが、皆さんにお願いがあるのです」
「ん? 俺達にできることならなんでも言ってくれ」
ギグがそう言うので、私は好意に甘えることにした。
「夜になるまでこの森でマルクを鍛えて欲しいのです」
「それは構わないが、勇者なんて呼ばれてる者に今更教えられることなんてあるのだろうか」
「まあそれは、軽く手合わせか訓練でもしたら分かります。オークが普段やっている鍛錬でも体験させてやってくださいな」
ギグは半ば疑問を抱いていそうだが、無事了承してくれた。
夜まではまだまだ時間がある。
その間、ダラダラとここに居るのも時間の無駄だし、私としてはマルクを鍛えたい。
だが正直なところ、人に教える時、ある程度出来る者に教えるのは楽しく、苦労は無いのだが、マルクのようなひよっこを相手にするのは面倒なのだ。
そうこうしていると、マルクが寝癖を跳ねさせたまま、やってきた。
相変わらず隙だらけな姿だが、爽やかオーラだけは全身にまとわりついている。
「では頼みます。死なない程度にシゴいてやってください」
魔法でこの場に木の剣を精製し、地面に突き刺した。
そのままマルクと入れ違いになるように私は街の方へ歩き出した。
「ではマルク、頑張ってくださいね」
すれ違いざまにマルクの肩を叩いたが、なんの事だか全くわかっていない様子で首を傾げていた。
「えー!!」
森から出ようという頃、マルクの叫び声が聞こえたが、私は気にせず歩き続けた。
マルクをギグに預けたので、夜までは何もすることがなく、暇な時間が生まれた。
暇になると色々と忘れていたことが思い浮かぶもので、初日以来三神からの連絡が無いことを思い出した。
とはいっても、来ないなら来ないでいいし、仮にこちらから連絡ができるとしても、別にしたくない。
ただそれとは別に、魔界にひとりでいるリディアのことが気がかりだった。
人間界から魔界に手紙は送れないし、魔法で飛ばそうにも我が家の座標がわからない。
そしてなにより、この任務をリディアにどう伝えたらいいのか考えてしまう。
別に私や彼女は人間に恨みがある訳でもないが、魔物と人間が手を取り合うなんてことは考えつかないような生活をしてきた。
恐らく魔王城の誰かが、リディアに私の失踪理由を適当に伝えていると信じたいが、人間と一緒にいるなんて知ったら、それこそお義父様あたりに詰問されるかもしれない。
「おや貴方は」
リディアのことを考えていると、いつの間にか街に戻ってきていた。
昨夜、ギグ達の身を私達に預けてくれた老人に声を掛けられ、礼をした。
「それで、あの魔物達はどうなりましたかな」
老人の質問に、正直に答えても良かったかもしれないが、こんな街中で誰かの耳に入れば、余計な不安や疑心を抱かせることになりかねない。
「意識を取り戻して、自分達の住処に帰っていきましたよ」
「それはそれは」
老人は白い髭を触りながら、何度も頷いた。
嘘をついてしまったのは心苦しいが、実際すぐ帰ることになるのでいいだろう。
「近頃は夜になると魔物が暴れだしましてな、一体どこから現れるというのか」
その原因は恐らく、ギグが言っていた穴だ。
この近辺と魔界が穴によって繋がれ、この街へやってくるのだ。
しかしそれだけでは説明がつかないことがある。
なぜ魔物は夜になると現れ、そして人を襲うのか。
「魔物というのは、皆あのように人間を襲うのですかな」
「え、いやそんなことは」
目の前の老人は、まるで私の全てを見透かしているような目で語りかけてくる。
「まるであの魔物達は病に侵されているようじゃ」
「病⋯⋯ですか」
老人はゆっくりと頷いた。
「人の血肉を欲す病じゃ」
そう言うと、老人は歩いてどこかへ行ってしまった。
「病か⋯⋯」
老人の言った言葉に真実が隠されていそうな予感がしたが、だとするとその病には何処で罹るのか。
穴に入る前から病に侵されていることはないだろう。ギグ達は仕事中に炭鉱で穴を見つけたことは覚えている。
そして穴に入ってから昨夜目を覚ますまでの記憶が無い。
つまりその病には穴に入ってから罹ると考えられる。
「どうやら、今夜中に解決する必要がありそうですね」
首を捻って伸ばしながら、肩を揉んだ。
人間界に来てからの疲れが溜まっているが、弱音を吐く暇は無い。
何日も解決できずにいれば、この街や近辺の人々、それだけでなく無闇に殺される魔物の数も増えてしまう。
魔王の側近としても、魔物の被害も増やしたくない。
八百屋の前まで戻ってくると、店の前でルチアナが元気に店番をしていた。
しかし、朝っぱらから八百屋に用がある人も少ないであろうに、ルチアナは健気に店の前をゆく人々に声をかけている。
「精が出ますね」
「ああシュナクさんおかえりなさい。さっきマルクさんは出ていきましたよ」
「ええ、会いましたから。しかしこんな朝からお客を呼んでもなかなかこないでしょう」
「ああ、これは後で寄ってもらうためですよ。まあ営業努力ですね」
屈託のない笑顔で言ったルチアナに、少し心が痛い。
「シュナクさんも一緒にどうですか?」
「いえいえ、私よりマルクを誘ってやってください。今日は夜まで帰ってこないかもしれませんが」
そう言うと、相変わらずの分かりやすさでルチアナは赤面した。
赤面して固まってるルチアナをよそに、奥の部屋へ入った。




