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「どこにいったんだ本当⋯⋯」
「さあ、誰かが拾ったんですかね」
「おいおい⋯⋯」
ルチアナが用意してくれた早めの夕食を急いで食べた。
味付けが少しリディアと似ている気がする。
彼女は元気でいるだろうか。
目の前でマルクは頭を抑えながら、深刻そうな顔をしている。
「なにか大切なものだったんですか。あの剣は」
念のため確かめると、マルクは素っ気無い顔で首をふった。
「ううん。適当に村にあったの貰っただけだよ」
「あ、そうですか」
特に何も無かったので気を取り直して食事を進めた。
コロンを見てみると、私とマルクの真似をしているのか随分と食べ急いでいて、服が少し汚れている。
「ご馳走様ですルチアナさん。では私達は街の様子を見てまいります。コロン、君はそんなに急がなくていいからね。ルチアナさん、コロンをお願いします」
マルクより一足先に八百屋を出ると、あたりは既に暗くなっていた。
周りを見渡すと、何かおかしな生き物が居たりする訳では無かったが、昼間は感じなかった重い空気が周囲に漂っている。
「待ってくれシュナク」
私が立ち止まっているところに、マルクもやってきた。
「ああ、来ましたかマルク。ではこれを」
私は何も無い正面に手をかざし、鉄の剣を精製し、マルクに手渡した。
「ありがとう……って、随分と重たいな」
「鍛錬だと思ってそれを使ってください。心配はいりません。危なくなる前には助けますから」
マルクにはわざと普通の物より重たい剣を渡した。
せっかく舞い込んできたマルクを鍛える好機を、有効に使わない手はない。
マルクが即死級の攻撃を受けたらどうにもならないが、街の人や、ルチアナの様子からそれほど強力な魔物は現れていないと推測できる。
「それは構わないけど、彼女に頼まれたんだし、シュナクも頼むよ」
「無論です。今夜はこの街の誰1人傷つけさせないつもりで行きますよ」
「ああ、わかってる」
目を合わせてお互い頷くと、畑のあった方から大声が鳴った。
「でたぞ! こっちだ。誰か応援を頼む!」
走り出すと、さっそくマルクが遅れた。
と思いきや、マルクはしっかりと私についてきている。
畑の周りでは、既に街の人達が数人、武器を持って待ち構えている。
「誰だあんたら」
その中の1人が声をかけてきた。
「旅のものです。この街のことを聞いて助太刀に参りました」
「そうか。ありがたい」
軽くやり取りを済ませ、魔物の畑を回り込み、魔物の向かってくる方へ走り出した。
「マルク、今の鳴き声からして恐らくは狼のような魔物でしょう」
「それは、あの昨日会ったような魔物か?」
「いや、あそこまでの魔力を纏ったなんてことはないと思いますが、とりあえず複数いるでしょうし警戒しておいてください」
「よしわかった」
畑の奥へ回った私達の目の前に、3匹の狼のような多少の魔力を纏った魔物が現れた。
魔物はそれぞれゆっくりと慎重な足取りで、私達を見据え、間合いを取っている。
「いいですかマルク。トドメは刺さなくていいです。追い払えればいいので」
「わかった」
頷いてさっそくマルクは左手に居た1匹に斬りかかったが、一体何を考えているのだろう。
ただ両手で剣を振り下ろすだけの単調な一撃は即座に避けられ、他の2体がマルクに迫る。
「思慮が浅い!」
即座に私がマルクと2匹の間に経ち、軽い砂埃を起こして2匹を引かせた。
2匹は標的を私に定めたのか、後ずさりしながら低く構えた。
「すまん⋯⋯シュナク」
「いきなり複数体と戦わせた私が悪かったです。とりあえずその1匹をお願いします。噛みつかれるか切り刻まれたら叫んでください。治しますから」
「ああ任せておけ」
弱音のひとつでも吐くかと思われたが、そのような言葉はマルクの口からは聞かれなかった。
周囲の音からして、魔物は各地に現れているのだろう。
この3匹に時間をかけている暇は無い。
「さあいきますよ。これが私達勇者一同の初陣です」
その場で手を横に払い、小さな砂塵を起こす。
小さなものだが、2匹の魔物を包むのには申し分ない。
砂が晴れると、魔物はその場に倒れている。
昨日のような強力な魔力を纏ったものには聞かないが、弱い魔物ならこの程度で十分だ。
「さてと」
後ろを振り返ると、マルクがちょうど一撃を魔物に当てたところだった。
「よし!」
魔物が動かなくなったのを確認し、マルクは小さく拳を握って喜んでいる。
「やれば出来るじゃないですか」
「まあこれくらいはな。さあ次だ行くぞシュナク」
全く調子のいいことに、マルクは次の魔物を探し始めた。
しかし近くに魔物はいない。
それどころか、畑の周囲には人も居なくなっているようで、街の方が騒がしい。
「陽動っていうわけじゃあないですよね。まあとにかく急ぎますよ」
「あ、ああ」
また畑を回って町へ向かうのは時間が掛かるので、私はマルクを抱えて飛ぶことにした。
手を引き寄せて身体を抱き抱えると、マルクはあっさりと私に身を任せ、脱力しきっている。
そのまま私は足を蹴りだし、畑の上を飛び、街の人が集まっている場所を探した。
「飛べたんだなシュナク。飛べる魔法使いなんて聞いたことないよ」
「あ⋯⋯」
勢いでやってしまったが、どうやら人間は魔法使いでも飛ばないらしい。
「ま、まあ私ほどになれば飛べるんです」
とりあえず適当なことを言って、誤魔化した。
しかし、今の私には羽がないのに飛べている。
やはり、飛ぶのに羽など必要無かった。
眼前に人々が密集している場所があり、暗く分かりにくいが、二足歩行の魔物達が人々に襲いかかっていた。
地面に降りて走り出すと、その魔物の姿がはっきりと見えた。
樹木のような体の色をし、猪のような牙と鼻を持つ大柄なその魔物を、魔界で何度も目にしていた。
「あれは⋯⋯オークじゃないですか。なんで人間界に⋯⋯」
確かに見た目はオークそのものだが、オークがこんなところにいるとは考えられない。
ましてや、木の武器をもって人に襲いかかるなど信じられなかった。
「マルク、皆さんをオークから遠ざけます」
「え? なんでだ」
「危険だからです。一般人じゃあ複数のオークを相手に戦えば最悪死人も出ますよ」
「なるほど。じゃあ頼んだ」
人々の後ろで立ち止まり、皆の背中に手を翳した。
人々の周りからたちまちに風が起こり、小さな竜巻となった。
竜巻はオークと人々を遮るように沸き起こり、完全に分断している。
「皆さん下がってください。それの相手は私が致します。皆さんは周囲の警戒と監視を」
突如目の当たりにした魔法の力に、皆納得してくれたのか、すんなりと散らばってくれた。
目の前に5体のオークが並び、こちらにゆっくりと近づいている。
悠長にしている暇は無い。
ルチアナへの一宿一飯の恩を果たすため、マルクに頑張って貰うことにする。
「悪いですが貴方達には退場していただきます」
オークというものは本来、魔界に住み、群れをなしている。
そして我々のように言葉を使い、文明の中を生きている。
無闇に他人を襲うどころか、別の種族と敵対することもまず無い。
しかし目の前にいるオーク達は今まさに街の人々を襲い、私にも敵意を向けている。
私が掛けた言葉も届いていないのか、息を荒くしながら接近してきた。
一体の振り下ろした棍棒を躱すと、オークの体を纏う魔力の存在を感じた。
オークの中に、魔法を使える者はまず存在しない。
オークのことを完璧に理解している訳では無いが、魔力を纏ったオークというのは今目の前にいる者が初めてだ。
周りを囲まれ、オーク達の攻撃が迫る。
触れそうになって分かったが、この場にいる5体全てに魔力が纏っている。
彼らが言葉を失い、他人を襲うようになったのは、恐らく魔力によるものだろう。
「この魔力を剥がせば、彼らに話が通じるかもしれませんね⋯⋯」
そうこう考えているうちに、オーク達の攻撃が降り注ぐ。
出来れば彼らを傷つけたくは無い。
オークの注意が街の人へ向かないように気をつけながら、攻撃を避ける。
「マルク、君は少し離れていてください」
「わ、わかった」
視線を一瞬だけマルクに向けて位置を確認する。
これから行う術に巻き込む訳にはいかないので確認したが、マルクは言うまでもなく十分に距離をとっていた。
そして更に私達から遠ざかり、街の人々より後ろへいった。
「さて⋯⋯始めましょうか」
マルクたちとは反対方向へ大きく跳躍し、勢いよく手を合わせ魔力を込める。
合わせた手をゆっくりと離すと、黒く禍々しい魔力の結晶が形成される。
球体を成した魔力の中には、光と呼べるものも無い。
それは闇と言うよりも、無という概念に近いかもしれない。
「さあ、暗夜の前に消えるのだ」
結晶をオーク達に向かって放ち、小さな爆発を起こす。
散らばった魔力でオーク達の姿が包まれ、周りは暗闇が立ち込め、何も見えなくなる。
数秒後、闇が晴れると、オーク達は全て地面に伏せ、動かなくなっていた。
死んだ訳では無い。恐らくオーク達は魔力に操られていて、魔力が無くなったことでそれまでの疲労が溢れ出たのだろう。
「やったぁぁぁ!」
街の人々が喜びの声を上げながらオークへ近づいてくる。
しかし皆武器を持っている。
彼らにオークを傷つけられては元も子もないので、私はオークと街の人の間に立って彼らを静止した。
「皆さん。この者達を傷つけるのはやめてください。彼らは悪い魔力に取り憑かれていただけです。目が覚めたらもう町を襲ったりしません」
人々は動きを止め、様々な視線をオークに向けている。
怒りや恐怖、未知の生体への興味など、毎日魔物に苦労させられていたというのに、随分と軽々しい様子の者も見られる。
住民を掻き分け、髭と髪の白い老体が目の前までやってきた。
老人は細い目を見開き、私の後ろで眠るオークを確認し、顔を上げて私の目を見た。
「度のお人よ。此度の事は感謝する。されどそやつらはこの街を襲い、死人こそ出ずとも負傷者も居る。その魔物達をただ許す訳にもいかん」
掠れた声で老人が言った。
彼の言うことはもっともだ。
しかしこの奇妙なオーク達がどこから現れ、魔力を手にしたのか、それが分からなければ、魔物による襲撃は明日以降も続く可能性がある。
「ご老人。貴方の仰ることは正しい。人の感情として、彼らに何の罪も追わせることなく野放しにすることなどできることではございません」
「わかってくれるのか」
「しかし、オークに限らず、今夜畑に現れた魔物も、微量ながら魔力を纏っておりました。オークというのは本来魔力など纏うことがなく、私達と同じく言葉を使い、無闇に人を襲うような事はしません」
詳しく話すと、私の身を街の人々が怪しむ可能性もあるが、ここは平和的に納得してもらうため、魔物に詳しい魔法使いとして説明するしかない。
まあしかし、仮に私を怪しみ、襲ってくるようなことがあっても軽く捻ればよいのだが。
「彼らが眠っているうちに、この街から遠ざけ、目を覚ました後、私が昨今この周辺で何が起きているのか聞き出したいと思います。ご老人、どうかこの者たちを私に預けてくれませんか」
老人は後ろの人々と顔を合わせ、目で協議しているように見える。
後ろの人々がこぞって頷くと、老人は前を向き、口を開いた。
「わかりました。貴殿には助けられた。その者達の処遇はお任せします」
老人は一礼して去っていった。
街の人々もその場から去り、さっきまで人々の後ろに隠れていたマルクだけが残った。
マルクは色々言いたそうな顔で私を見ている。
「オーク達を運ぶので手伝ってください」
「わ、わかった」
今のままのマルクではオークなんて運べないので、魔法でマルクの体を強化する。
生物を浮かせたり出来れば楽なのだろうが、残念ながらそのような術はもっていない。
オークを町外れの野原まで運び、暗くて何も見えないのでランプを置いて目を覚ますのを待った。
傍にいるマルクはオークの体を突っついている。
「こんな魔物初めて見たけど、本当に居るんだな」
「君の村は魔界から最も離れた場所と言っても過言は無いですから。魔界に行けばもっと色々住んでますよ」
「へぇ、シュナクは魔界に行ったことがあるのか」
「⋯⋯ええまあ」
そっぽを向いて話を打ち切る。
ボロを出すことは無いだろうが、隠し事をしながら話すのも気分のいいものじゃない。
そうこうしていると、オークが1体、目を覚ました。
「ううむ⋯⋯ここは」
ひとりが頭を抑えながら上体を起こし、見開いた目が私と会った。
「お前たちは誰だ?」
「私達はあの街を襲った貴方らをここに連れてきたんです」
視線で街を示す。オークは前のめりになって毛を逆立たせた。
「俺達が街を襲っただって? 一体何の話だ」
「まさか覚えてないのですか」
「だから一体⋯⋯まずここはどこなんだ」
オークは何度も瞬きしながら首を傾げた。
傍から見れば、私達が何も知らない者に罪を押し付けようとしている様にも見えるかもしれない。
それくらいオークの様子に演技臭さも嘘の仮面を被っている雰囲気もない。
私はマルクに視線を向け、目が合った。
マルクは唇をすぼませながら黙っている。
「じゃああなた方はどこからここへ来たのです」
聞き方を変えてみた。
記憶が無い可能性として、あの身に纏っていた魔力の影響が考えられる。
あの魔力が近辺で発生しているものであれば、何処から来たか知ることで、発生源と魔物の襲撃の理由が分かるかもしれない。
「どこって⋯⋯ググルの街からだが」
「ふぁい!? ググルですって!?」
驚きのあまり声が裏返り、変な言葉が出てきた。
「ググル? 聞いたことないな。知ってるのかシュナク」
傍にいるマルクが呟いたが、知らなくて無理もない。いや、知らなくて当然だろう。
ググルというのは、魔界で私の住んでいた街から少し離れた位置にある炭鉱街である。
無論、人間界でも辺境の地に位置するこの場所からは遠い。
厳密に魔界までどれほどの距離があるのかは分からないが、見た限りオーク達はろくな荷物も持っていない。
ググルの街から食料や装備を持たず、空も飛べないオークが移動するのは不可能だと言える。
「い、いえ。な、何か勘違いしてたみたいです。私はググルなんて街は知りませんよ。ただどこかで聞いた名前に似てたから驚いただけで⋯⋯」
無論、この場で知っていると言えばマルクに変な疑惑を抱かせる可能性があるので、知らないふりをする。
無理があったか、オークとマルクが疑惑の目を向けてくるが、まあなんとかなるだろう。
「そういえば、お前⋯⋯どこかで見たことある気がする」
オークがボソッと呟いた。
もちろん私はググルの街にも何度か視察に行ったことがある。
一応、魔界の上に立つ魔王様の側近だった私はそれなりに有名なので、彼が覚えていてもおかしくはない。
「気のせいじゃないですかね」
「うーん。そうだろうか。魔王城の偉い人に似てる気がする。だがしかし人間が魔王城にいるわけないしな」
随分私は印象的だったようで、ほとんど身元がバレている。これで背中の羽根が生えたままだったら、名前まで明かされていたかもしれない。
「ま、魔王城だって!」
私がひとりでくだらないことに怯えていると、マルクが身を乗り出してオークに接近した。
「魔王城って、魔王の住む城か! どこにあるんだ」
マルクは一応、ほぼ神様みたいな預言者、ミヨ婆に指名された魔王を倒す勇者である。
魔王城という名前を聞いて逸るのも無理は無い。
「なんだお前、魔王城に用でもあるのか」
「ああ、俺は魔王を倒っんぐっ!?」
「魔王様に彼が作るタオルを献上したいのです。彼の実家はタオル工房ですから。ほ、ほらマルク、ハエが口に入りそうで危なかったですよ」
咄嗟にマルクの口を抑え、無理やり誤魔化す。
魔界の住民である彼を前に、魔王を倒すために旅をしているなんて口走れば余計ないざこざの原因になりかねない。
マルクを引き寄せ、口から手を離すとマルクは大きく息を吐きながら私を見た。
「な、何するんだシュナク!」
「だ、だからハエが口に⋯⋯」
マルクは怒っているが仕方ない。
仮に争いになりようものなら、実力行使で黙らせるだけだ。
とにかく、あちこちにズレてしまっているが、なぜ彼らが人間界に来て、街を襲ったのかを知らなければならない。
「まあそんなことはいいとして、そのググルという街からなぜあの街へ?」
「だから、それがわからんのだ」
オークは腕を組んで頭を捻っている。
「そもそもなぜ俺達は人間界にいる? 確かアイツらと炭鉱で⋯⋯」
そこまで言うと、オークは目を見開いて何か気づいたよう膝を叩いた。
「穴だ。おかしな穴を見つけたんだ」
「穴⋯⋯ですか」




