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「ありがとうございました」
キャベツを買った我々は、そのままコロンの身内探しをすることにした。
「あのーすみません」
「はい? なんでしょう」
まず第一に店員に尋ねようと私が声をかけると、店員の頬の色は元に戻っていった。
別に気にする事はない。私は既婚者だ。
「この子のこと、どこかで見たことありませんか?」
視線でコロンのことを指し示すと、店員は顎に手を当てて考え出した。
「んー。初めて見る子ですね。この子がどうかしたんですか?」
「いや、それならいいんです。どうもありがとうございました」
その場を後にし、とりあえず何も考えずに歩くことにした。
コロンはキャベツを両手で抱えながら、表情からは分かりにくいが、機嫌が良さそうに前を歩いている。
「しっかしなんだったんだろうな。あの八百屋へ一直線に走ってキャベツが欲しかったなんて」
「さ、さあ。なんだったんでしょうか」
コロンは街から八百屋へ立ち止まることなく進んだ。
まさかキャベツの匂いがしたとでもいうのだろうか。
「まあとにかく、とりあえずこの街でも探しましょう」
「そうだな」
私達は町の人々に話しかけ、コロンのことを尋ねて回った。
────
「ふぅ、疲れたな」
「そうですね。うん、美味しい」
今私達はベンチに座り、買ったばかりのキャベツをちぎって食べている。
結論から言えば、コロンを知っている人は居なかった。
結構な人数に聞いたが、誰1人見たこともないという。
これでふたつの街で全滅だ。
一体コロンがどこからあの森へたどり着き、どこで暮らしていたのか、さっぱりわからない。
「なあコロン、お前は本当にどこから来たんだ?」
マルクが声をかけても、コロンは無視して膝の上に抱えたキャベツを齧っている。
「うーんわからん。コロンの親探しもそうだが、今日泊まる場所を探さないとな」
「そうですねぇ」
手に持っていた分を食べ終え、さらに葉を1枚ちぎって食べる。
今までキャベツに何もかけずに食すことなんてなかったのに、手が止まらない。
今食べているキャベツは、これまでリディアが作ってくれたどの料理よりも美味しいかもしれない。
「いや、さすがにそれはないか」
自分で自分に言いながら、さらにキャベツを食べ進める。
「なあコロン、そんなに美味しいか?」
マルクは両手を頭の後ろに置いて、コロンを観察している。
「⋯⋯よこのキャベツ⋯⋯すき⋯⋯」
最初の方が上手く聞き取れなかったが、キャベツが好きだということだけはわかった。
「そうか。ずっと好きなのか?」
マルクがさらに問いかけると、コロンは静かに頷いた。
瞬間、ひとつの仮説が私の中で浮かび上がった。
「マルク、もしかしたらコロンの住んでいたところはキャベツ畑があるのでは?」
マルクと目が合うと、マルクは大きく瞬きをしながら口を開いた。
「なるほど。そうなのかコロン」
そしてコロンに尋ねたが、コロンは何も答えない。
「覚えてないのか」
「かもしれませんね」
「でもシュナクの推理は案外合ってるかもな」
「だといいですが、安直すぎますから」
「でもそうでもなきゃキャベツの匂いを嗅いで走り出す子供なんて居ないだろ」
「ですねぇ⋯⋯」
空を見上げながら、大きく息を吐く。
コロンのことに夢中で、本来の目的を忘れてしまう瞬間が多々ある。
それは本当に一時的なもので、今の所差支えがある訳でもないが、このまま時が経てばどうなるのか自分でも分からない。
その時はマルクとコロンとの旅を楽しめばいいとも思うが、帰りを待ってるであろうリディアのことが引っかかる。
考えれば考えるほど、面倒事を抱えているなと実感して肩が重くなる。
肩を揉みながら首を捻ると、ポキポキといい音がなった。
宿を探すため、私達はまた街の中を散策したが、問題が発生した。
「ない。この街には宿泊施設がない!」
マルクが肩を落としながら言った。
確かに小さい町だし、少し歩けば私達が昨夜泊まった街があるので、なくても不思議では無い。
マルクは諦めきれない様子で人々に聞き込みを行っているが、往生際が悪いとしか言えない。
「まあいいじゃないですか。野宿すれば」
「待てシュナク、暗闇の中で魔物に襲われでもしたら俺とコロンが危険だ」
こんな情けないセリフ、古今東西ここ以外の勇者が口にするだろうか。
そもそも勇者と呼ばれる存在が他にいるのかはさて置き、私が思う勇者像とかけ離れていることは間違いない。
「大丈夫ですよ。マルクはともかくコロンは寝てる間私の結界で守りますから」
「ちょっと待ってくださいよシュナクさん⋯⋯」
本気で怯えるようにマルクは微かな声で言った。
少し初対面の時の様子に似ている気がする。
「俺も助けてくださいよ⋯⋯」
「マルク⋯⋯勇者たるもの何時でも暖かい布団の中で眠れるとは限らないのですよ。時には山や洞窟の暗闇の中を火も焚かずに過ごさなければいけない場面がくるのです。それに君は勇者として、本来なら私達を守らなければならないのです。これはその練習と思えばいいのです」
「そんなぁ⋯⋯」
別にこんなこと実際には思っていないが、マルクの反応が面白いのでついからかってしまう。
しかしこのまま彼が本当に怯えて逃げ出してしまっても困るので、ここまでとする。
「冗談ですよ。道中の草むらで3人仲良く結界の中で寝ましょう。だからとりあえず晩の食料を……」
「あの、すみません」
話している最中、後ろから女性らしき声の持ち主に声をかけられた。
振り向いて確認すると、八百屋の店員が麻の籠片手に立っている。
ちらっとカゴの中を確認すると、肉とパンが入っている。
野菜は食べないのかと思ったが、店員なのだからあの八百屋のものを少し貰ったらいいのだろう。
「どうしました?」
「いやあの、今のおふたりの会話を聞いてしまいまして。余計なお世話かもしれませんが、泊まるところがないなら家へ来ませんか?」
店員のまさかの発言に言葉が詰まった。
確かに願っても無い話だが、年頃の女性の住む家に世話になるというのは気が引ける。
「あの⋯⋯ありがたいお言葉ですが⋯⋯」
「はい。貴女のご好意に甘えさせてもらいたいと存じます」
今さっきまでの萎れていた勇者は何処へ消えたのか。断ろうとした私の前に立ったマルクは、あっさりと店員のご好意に乗っかった。
しかもまた、私と話している時には何ともなかった店員が、マルクを前にして頬を染めている。
「なんか⋯⋯納得がいきませんね」
行き場のない虚しさに襲われていると、下から服の裾がコロンに引っ張られた。
まさかコロンに慰められるとは、いや別に慰められるようなことなど実際にはないので、コロンの勘違いなのです。
マルクの一声で断れなくなった私達は先ほどキャベツを買った八百屋まで戻ってきた。
「さあどうぞ。奥が住居となってます」
店員に続き、野菜が売られている狭い間を抜け、八百屋の奥へ入っていくと、小さな台所の先にある大きめの部屋へ案内された。
部屋には1人用のベッドと大きめのベッドがそれぞれひとつずつ置かれ、少し離れたところに食事用の机と椅子が並べられている。
椅子は4つあり、他にも誰か住んでいるのだろうか。
「今は私以外誰も居ません。どうぞそこにおかけください」
店員が示した椅子に、マルクとコロンが並んで座ったので、私は気を使ってコロンの正面に座った。
私が座ると、店員がマルクの前に座った。
我ながらよく気の利く紳士だと感心する。
「申し遅れました。俺はマルクというものです。モグの村からそのシュナクと共にこの子の家族を探すためこの街へ来ました」
いや違う。本当の目的を話したくないだけかもしれないが、私達がこの街へ来たのはそのためだけでは無い。
ただの旅の道中である。
「そうですか。それで先程はこの子のことを尋ねられたのですね。あ、私はルチアナと申します。今はこの店の店主をしております」
マルクが三人分の挨拶を済ませると、店員、もとい店主のルチアナの名前を知った。
「あの⋯⋯マルク様」
隣のルチアナが何やら俯きながら、手をモジモジとしはじめた。
「どうされましたか」
マルクが尋ねると、ルチアナは顔を上げてしっかりとマルクを見ている。
「実は先程、おふたりの会話からマルク様があの勇者であると耳にし、お願いがあってこの家へ来ていただいたのです」
会話を聞いていたとは言っていたが、まさかマルクが勇者だということも聞かれていたとは。
今すぐマルクと組手でもして弱さを見せつけてやりたいところだが、紳士としてそんなことはしない。
なんだか私はルチアナから、マルクの添え物と見られている気がしたので、目の前で大人しくなっているコロンと共に静かに2人のやり取りに耳を傾けることにした。
「確かに俺は村の占い師から勇者だと告げられ、旅をしている身です。ですが俺ごときが役に立てることなど大して無いと思うのが正直なところです」
何故ついさっきは故郷からコロンを探すためにここへ来たと言い、すぐ本当のことを話したのだろうか。
おそらく何も考えていない。
「そうですか⋯⋯」
「ですが貴女には俺達を泊めてくれた恩があります。この不肖マルクにできることなら全力でやらせてもらいます」
「あ、ありがとうございます」
マルクは見栄を張ることも無く、ルチアナの頼みを承諾した。
ルチアナは深深と頭を下げ、感謝の意を表している。
頼みを聞くのは別に構わないし、私にもできることなら手伝わせてもらいたいが、マルクのためを思えば、中身を聞いてから引き受けた方が良かったと思う。
「おほん」
私はわざとらしい咳を故意に行ない、ルチアナとマルクの興味をこちらへ向けた。
「それでルチアナさん。マルクだけでなく私もぜひ手伝わせていただきたいのですが、その頼みとはなんでしょう」
今のマルクの様子だと回りくどくなりそうなので、私がルチアナに尋ねることにした。
ルチアナはこちらに顔を向けると、視線を落として口を開いた。
「実はここ数週間、夜になると街に魔物が現れるのです」
「はぁ、魔物ですか」
「ええ、本当に突然の事で、大した魔物はいないのですが、なにぶん数が多く、街のみんなは疲れていて」
街の人々の顔が暗い理由はどうやらそれらしい。
しかしこの開けた土地の、いったいどこから魔物が現れるというのだろう。
「分かりました。俺達に任せてください」
マルクは席を立って高らかに言った。
「本当ですか。ありがとうございます」
ルチアナが深深と頭を下げる。
「顔をあげてくださいルチアナ。勇者とは人のために存在する者ですから」
マルクの言葉に思わず感心してしまった。
しかし、私も今気がついたが、マルクには大切なものがなかった。
「ところでマルク。剣はどうしたのです」
部屋を見ても、剣なんてどこにも置いていない。
「あれ、ない! ないぞ!」
「そういえば貴方が気絶した時、寝やすいように地面に置きましたね⋯⋯」
「なんだって! ちょっと探してくる!」
慌ててマルクは部屋を出ていった。
「大丈夫でしょうか⋯⋯」
「ふふ⋯⋯大丈夫ですよ。あれでも一応勇者ですから」
吹き出しそうなものを腹の中で抑えながら、心配そうにマルクが出ていった方を見ているルチアナに言った。
────
外は日が暮れ始め、カラスが鳴いている。
マルクはまだ帰ってこない。
走っていけばそんなに時間がかかるはずがないが、何かあったのだろうか。
この間、私とコロンはルチアナが用意してくれた紅茶を飲んで過ごしていた。
コロンは大人しく座っていて、本当に手がかからない。
ただずっとキャベツを大事そうに抱えているのが気になる。
「ねえコロン、そのキャベツどこかに置かせてもらったらどうですか?」
顔を上げたコロンは口を半開きにして黙っている。
「そうですね。コロンさん、私が預かっておきますよ」
ルチアナが立ち上がってコロンのそばまで行き、手を伸ばすと、コロンはあっさりとキャベツを渡した。
ルチアナが背を向け、キャベツを運び始めると一瞬なにか寂しく思えたが、多分気のせいだろう。
「しかし遅いですねぇマルク」
つぶやくのと同時に、勢いよくマルクが部屋へ戻ってきた。
息を切らしながら、迫真の顔をしている彼の手に、剣はなかった。
「ない! どこにも無いんだシュナク!」
「えぇ⋯⋯」
剣が無くなったのには私も責任があったので、自然にマルクから目を逸らしてしまった。




