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気絶したマルクを仰向けに寝かせ、私とコロンは座ってただ何もせず見守った。
邪魔になるだろうと思い、背中に背負った剣は供えるようにマルクの隣に置いた。
それにしてもコロンは大人しい子で、小さな子供ならフラフラとどこかへ行ってしまいそうなものの、じっとマルクを眺めている。
「ねえコロン、退屈じゃないですか」
呼びかけてもただ首を振るだけで、不満気な素振りも見せない。
だだっ広い草原の中なだけあって、風がよく通る。
心地よい風に当たっていると、これからの不安も和らいでいく。
「そういえば」
コロンに目を向けると、服が昨日のままで汚れていた。
「コロン、着替えようか」
聞くと頷いたので、私はコロンに手を翳し、新しい服を着せ、古い服は消滅した。
魔力で服の素材を作り出し、形作る。
簡単なことだが、最近やってなかったので失敗する危険もあったが、無事上手くいった。
特に具体的にイメージした訳では無いが、赤いワンピースが着せられている。
コロンの黄色い髪に似合っているかはさておき、本人は気に入ってくれたのか、裾を伸ばしてまじまじと観察している。
「ありがとう⋯⋯シュナク」
こっちを向いて礼を言ってくれたが、相変わらず表情は硬い。
ただ少しは私にも心を開いてくれた気がする。
「どういたしまして」
マルクはなかなか目を覚まさなかった。
まさかと思って息を確かめたが、呼吸はしていた。
もっとも、もし呼吸が止まっていたとしたらもうどうにもならないので、その場合は私が勇者として魔王メルスの元へ殴り混みに行き、世界にとってなんの意味もない戦いを繰り広げよう。
「う、うぅん」
マルクから微かに声が漏れ、目がうっすらと開き出した。
徐々に意識を取り戻し、目を擦って身体を起こした。
「うーん。あれ、俺どうしてたんだ? ていうかコロン、その服どこで着替えたんだ」
色々と困惑しているマルクに、一から説明すると、すぐに納得してくれた。
「なるほど、気絶させられたのか」
「すみません⋯⋯ついイラッとして」
「あはは⋯⋯いいっていいって」
マルクは笑ってはいるものの、顔が引き攣っているし、目を合わせようとしてくれない。
「それよりコロン、良かったなその服、似合ってるぞ」
マルクがコロンの頭を撫でると、コロンは素っ気なさそうに頷いた。
「で、シュナク」
「なんですか?」
マルクは急に姿勢をただし、顔を引き締めた。
真面目な様子でいると、マルクは爽やかオーラを溢れさせつつも、男らしさを感じる青年だと思う。
今にして思えば、初対面の時の爽やかオーラ一点張りの礼儀正しい彼が気味悪く思える。
猫を被るにしても、もう少し今のような姿を前に出して欲しい。
しかしながら、どちらが本当の彼なのかは今の私にはわからない。
「俺の弱点ってやっぱりこの弱さか」
「んー。それもありますけど、さっきやったみたいに私が少し肉体を強化してあげたら問題ないんですよね。精神的なところは変えられませんが」
「そ、そうか、じゃあ他か」
腕を組んで頭を捻りながら、マルクは考えているが、多分自分で気づくのは今は無理だ。
おそらく彼は勇者と言われるまで、ろくに戦闘経験がない。
村で訓練くらいは受けていたはずだが、大した効果は無かっただろう。
「まあ、今は分からなくて構いませんよ」
どうせ今すぐに魔王の元へ向かう訳では無い。
時間をかけながら、マルクには着実に強くなってもらうつもりだ。
「そ、そうなのか」
「ええ、そりゃもちろん、分かってもらうのが1番ですが」
「あはは、手厳しいな」
「こんなことでそんなこと言ってたらメル……魔王には勝てませんよ」
「そ、そうか。そうだよな」
メルスの名前が口から出そうになったが、何とか押しとどめた。
マルクは特に何も気づいていないようで、立ち上がって体を伸ばした。
「よし、じゃあ魔王退治もそうだが、今はコロンのために先の街に行くか」
そういえばそうだと、コロンを探すと、コロンは少し離れたところでぼんやりと空を眺めている。
「おーいコロン、行くぞ!」
マルクの呼びかけで、コロンが走りながらやってくる。
「そうだマルク」
「ん、なんだ?」
「強くなるための鍛錬です、私とコロンを背負って次の街まで連れていってください」
「えぇ⋯⋯まさか自分が歩きたくないわけじゃないよな」
「違いますよ」
もちろん、本当は歩きたくないだけだが、物は言いようだ。
コロンにおんぶすると言うと、あっさりと私の背中に乗った。
そのままマルクの背に乗ったが、1つ問題があった。
「コロン⋯⋯首が⋯⋯」
私がマルクに手を掛けると、コロンを支えるものが無くなり、コロンが私の首にぶら下がるようになって苦しい。
「ま、マルク、1度おろして⋯⋯」
「ん? 聞こえないなあ。さあ行くぞお!」
明らかに悪意を持ったマルクに背負われたまま、私達は先の街に向かって進み出した。
街が近づき、辺りには田畑が広がり、収穫の時期を間近に控えたイネの姿が鮮やかに映った。
何とか足の力でマルクにしがみついているおかげで、コロンを手で支えることができ、首にかかる負担は軽減されている。
それでも容赦なく首を絞めるコロンの力が思いのほか強く、苦しみは続いた。
「今度からはコロンには歩いてもらうか、君に抱っこしてもらいましょうか」
後悔に近い感情がこぼれ落ち、マルクはただただ笑っている。
畑仕事をしている人々が、私達に気が付き、こっちを見ているが、雰囲気的にコロンのことを知っていそうな人はいない。
コロンよりも、奇妙な形で背負われている私達を妙に思っているに違いない。
「コロン、この街に見覚えはあるかい?」
尋ねても、コロンは黙っている。
コロンが黙っていることよりも、私は今の姿を見られることが恥ずかしくてそれどころじゃなかった。
「マルク、もう下ろしてください。恥ずかしいですから」
「おいおい、俺はまだまだ平気だぞ。鍛錬なんだからもっと背負わせてくれ」
「いやほんと、もう十分です」
「しょうがないなぁ」
マルクは渋々私達を降ろし、腕を組みながらニヤニヤとしている。
私が降ろされると、コロンは自主的に私から飛び降りて、街の方へ歩き出した。
「おいコロン、一人で行くと迷子になるぞ」
マルクが声をかけると、コロンは振り返って街の方を指さした。
指差す方を見たが、特に変わったものがある訳ではなく、ただ家屋が立ち並んでいる。
しかしながら、コロンが自分から動き出すのは昨日から考えても、今朝あんぱんを欲しがった時くらいだ。
「もしかしたら、この街に何か知ってることでもあるのかもしれませんよ」
「そうだな行ってみるか」
コロンの後を追い、街の中を進むと、なんだか人々の表情や雰囲気が少し暗いように感じた。
なにか街全体の困り事でもあるのかもしれないが、それはさておき、コロンを追いかけていると、彼女は1件の八百屋の前に止まった。
「どうしたコロン、何か欲しいものでもあるのか」
「そうは言っても八百屋ですよ八百屋」
偏見でしかないのだが、コロンが野菜好きのようには思えない。
私とマルクも遅れて八百屋の前で足を止めると、コロンはただ無言で、木箱に詰められたキャベツを見ている。
「キャベツ⋯⋯だな」
「ですね」
コロンの顔を覗いても、しっかりとその眼はキャベツに向けられてる。
「キャベツが⋯⋯欲しいんですかね」
「えぇ⋯⋯でもキャベツだぞキャベツ」
「そうですよね⋯⋯キャベツですしね⋯⋯」
マルクと顔を見合せて言葉を送るが、理解がてきない。
理解ができないのに、何故か目の前のキャベツから目が離せず、頭の中がキャベツでいっぱいになる。
「キャベツなんて子供が欲しがるのかな」
「でもずっと見てますし。それに⋯⋯」
「それに?」
「私も⋯⋯キャベツが欲しいです」
何故だろう。
自分でもよく分からないが、私も今無性に目の前のキャベツが欲しいという思いに駆られている。
目の前にあるのは、所詮何の変哲もないキャベツだ。しかもちょっと高い。
隣にあるトマトの方が好きなはずなのに、今はキャベツに心を奪われてしまう。
「いや、じゃあ買えばいいじゃないか」
マルクが呆れたように言ったが、そうじゃない。
「いやいや、無駄遣いは出来ませんし、第一そういう問題じゃないんですよ。なぜ自分がキャベツを欲してるのかが分からなくて気味が悪いんです」
「えぇ⋯⋯シュナクもコロンもどうしたんだ⋯⋯って、コロン」
やり取りしているうちに、箱の中のひとつをコロンが掴んだ。
葉の色が濃く、ぎっしりと詰まってそうな重みを見ただけで感じる。
さらにコロンが持っているキャベツを回し、芯の部分をじっくりと見ている。
芯も綺麗で、明らかに美味しいキャベツだと見て取れた。
「まさか⋯⋯コロンも目利きしてるんじゃ⋯⋯」
「も、ってなんだよ。シュナク、やっぱり欲しいんじゃないか」
「いやいや違いますって。第一キャベツ1玉なんてどうやって処理するんですか」
「そんなの齧ればいいだろ。すみませーん誰かー」
「いやほんとうに、さあコロンも行きましょう。後でもっといいもの買ってあげますから」
言葉ではそう言っていても、私の内心は少し違っていた。
後ろからコロンの肩に手をかけると、勢いよく振り払われた。
こっちを見もせずに払われたのはある意味衝撃だったが、振り払われたことで安堵している自分がいた。
そうこうしていると、店の奥から若い女性の店員がひとりでてきた。
「はいはーい。いらっしゃいませー」
店員の髪は私のように長く、コロンのように黄色く、コロンとは違い艶やかであった。
「あ、すみません。この子の持ってるキャベツください」
マルクが片手で財布を出しながら、もう片方の手をコロンの頭の上に置いた。
「あ、はい」
店員は若干、頬をピンクに染めながら対応している。
恐らくはマルクの爽やかオーラにあてられてしまったのだろう。
「マルク⋯⋯君は結構罪な男だな」
「ヘ? どういうこと」
本人は自覚がないというのが、少し癪に障る。
本当に、ただ少しだが。




