三ヶ月(ある夫の場合)
魔法使いであるオレがとある目的のために旅へ出て既に半年が経っていた。
妻には「三ヶ月で帰る」と言っていたのだが、残念ながらその約束はとうの昔に破ってしまっていた。
「ハハハ……怒ってるだろうなアイツは」
申し訳ない気持ちを抱えてたどり着いた場所は、名も知られてない遺跡の奥にあった小部屋。
「どうやらここらしいな……」
首からかける御守りのロケットを握り締めて辺りを見回す。すると地面には怪しい魔方陣が描かれており、奥の壁側には祭壇らしきものが設置されているのが目に入った。
「何かを祀っていたのか?」
一応は手持ちの杖でつついたりして調べてみるも、特に変わった様子はない。
「ふん……まぁ何もなければそれでいい。注目すべきなのはその手前だからな」
そう、興味があるのは祭壇手前にある魔法陣。通称“ゲート”と呼ばれる入口だった。
「これに触ふれたら、ようやく“天空城”か……」
オレはゲートを感慨深く眺めながら、ふとこれまでことを思い出す。
――――遡ること二年前。あの日オレ達が住む町は、何の前触れもなく突然魔王軍から襲撃を受けた。
幸いにも自警団との協力により危機を乗り越えることには成功した……が、残念ながらまるっきりの無傷というまでにはいかず、数人の死者を出す羽目になってしまった。
そして、オレはその数人の内の一人である若い女の遺体に泣きすがる若い男の姿を目撃する。
女と男の関係はわからない。ただオレは、無意識に男の姿に自分を重ねていた。
「もし妻がああなったら自分はどうなる?」
考えたくもないあり得るかも知れない未来への恐怖。それは次第にオレの中でどんどん膨らみ、ついにはある決断を下すまでに至る。
“魔王を倒す”という決断を!
子供染みた発想であることは自覚していた。しかし、当時はそれこそが最良唯一の選択だと疑わなかったオレは、古今東西に存在するあらゆる資料や文献を徹底的に漁り続け、ついには魔王を倒せる唯一の可能性を手にする。
『空に浮びし天空城。守られし“伝説の剣”が魔を滅ぼすべく希望なり』
まるで絵空事としか思えない微かな可能性……にも関わらず何故か絶対的な確信はあった。
数日後、剣を求める旅への決意を固めたオレは妻に伝える。
「三ヶ月で帰る」
すると妻は、泣きそうな顔で無理に微笑んでオレの首に“御守り”と称したロケットをかけて言う。
「約束してください。必ず帰って来ると……」
言葉を聞いた瞬間、オレは何も言わないままに妻を抱き締めていた。
「――――あれから半年か……本当に時間をかけて過ぎてしまったな」
おもむろに首にかけてあるロケットを開くと、中には愛する妻の写真があった。
「悪いな。もう少しだけ待っていてくれ」
写真の彼女にそう告げてロケットを戻すと、オレは愛する人を死なせない……いや、守るためにゲートへ足を踏み入れる!




