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続きを投稿しました。
威嚇する様に私を睨み付けて来る目には、不思議と私を不快にさせる物は無くどちらかと言うと、切羽詰まって追い詰められた様な印象を受けました。何処と無く余裕が無く、今にも私に襲い掛かって来そうな雰囲気です。何が気にくわないのか、唇を噛み締めて僅かですが血液が滲んでいます。そんな表情を見てしまうと、何か変な事に捲き込まれるかも知れないと思いましたので引き下がる事にした方が良いでしょうね。
「ウー…(ご主人、人族、こいつ、生意気!)」
(そうですね。ですけが、この様な人族には関わらない方が良いですよ)
私が人族に絡まれたとでも思ったのでしょうか、私の腕の中でキオさんが可愛らしい唸り声を上げて前足で引っ掻くような仕草をしています。ですが、小さな狼の子供の姿のキオさんのそんな行動は、見ているとどこかほっこりとしてしまいます。
「何だこの生意気な犬っころは!」
「私の相棒です」
キオさんの唸り声を聞いて、彼の注意は私からキオさんに向いてしまいました。口は悪いですが、キオさんを見る目には優しさの様な物が感じられます。
(人族、無視、した?)
(この様な切羽詰まった様子を見せる人族は、何やら面倒事を抱えている可能性が有りますからね)
(ご主人、解った、オレ、無視、した!)
私が赤子をあやす様に軽くキオさんの背中を、トントンと軽く叩いていると、キオさんは唸るのを止めて私の腕の中で大人しくなり、眠たくなったのか目を閉じてしまいました。
「そっそんな子犬を…相棒にするなんて、探索者を舐めているのか!」
口では汚くキオさん?私?を罵っていますがその目はキオさんに向いていますので、罵られているのは私なのでしょうね。
「別にそう言う事では有りませんが…」
「こっこんな子犬を依頼に連れて行って、怪我でもした時はどうするんだ!」
私がキオさんを抱いている事で、また別の内容で文句を言われてしまいました。何が一体気に食わないのでしょうか?もしかしたらこれが人族で言うところの≪クレーマー≫と言う者なのでしょうか?
「はあ、解りました。この依頼書は貴方に譲ります」
面倒な事に捲き込まれると、私の予定が狂わされてしまうかもしれません。ここは、彼とは関わらない様にしましょう。
「最初からそうしやがれ!」
赤い髪の人族は私から依頼書を引ったくる様に手にすると、受付に向かって行きました。最後までその目は、キオさんに向けられていましたが。一体何事だったのでしょうか、彼の必死な表情を見て依頼書を譲ってしまいましたが、これでもう関わる事もないでしょうね。
商業ギルドからの配達の依頼書を先程の人族の若い男に譲ってしまいましたので、私はもう一つ気になっていた商会からの配達の依頼を受ける事にしました。
依頼書に書かれている商会からの依頼は、拘束時間は約半日、主に一人で運べる荷物の運搬と配達、大きな荷物の場合には商会の荷車を使える事、依頼料は銀貨五枚と追加が有れば追加で支払い有りという内容です。特に高くも無く安くも無い、銅級探索者の依頼としてはごく普通の金額の依頼です。私は依頼書を掲示板から剥がすと、依頼の受付に持って行きました。
私は商会からの依頼を受けると共に、ペット捜索の依頼も本格的に進める事にしました。依頼のため商会に行くのですが、その前にペットの飼い主のお宅に向かいました。
「済みません、探索者ギルドから依頼の件でお伺いしました」
私が玄関から声を掛けると、高齢の人族の女が扉を開いて顔を覗かせました。真っ白な頭髪に薄い青の瞳、高齢ですが背筋は真っ直ぐ伸びていてその動きからは高齢と言う事を感じられません。
「まあ、いらっしゃい若い人が家を訪れるなんて、いつ以来かしら。丁度食後のお茶にしようと思っていたのだけど貴方もいかがかしら?」
既に朝陽が顔を覗かせ明るくなっていますので、ペットの飼い主も起きていて私が訪問した時には朝食の後片付けの最中だったみたいです。お茶の誘いを断るのも申し訳無いと思いましたので、遠慮無く受けた方が良いのでしょう?
「お邪魔致します」
「まあ、可愛らしいお連れさんも、何か用意しなくては」
老婆、いえ老婦人と表現した方が良いのでしょうか?彼女の言う事が本当でしたら、この家には余り人族が来る事が無いのでしょう。ペット捜索依頼を受けた探索者は私以外にはいないのでしょうか?
「どうぞ、お構い無く」
「クーン(ご主人、この、人族、女、良い、奴!)」
老婦人の言葉を聞いたキオさんが、尻尾を振って少し嬉しそうです。先程朝食を摂ったばかりですがもうお腹が空いたのでしょうか?
「あらあら、貴方は何がお好みかしら?」
「ウー、ワンワン(肉、肉)」
キオさんが子狼らしく、可愛く鳴き声を上げます。その声を聞いた老婆は嬉しそうに顔をほころばせます。
「キオさん…この子の名前ですが、キオさんには水をお願いします」
「解りました、用意するので少し待ってちょうだいね」
老婦人は調理用の魔道具?を操作してお湯を沸かす準備と、キオさんのために水の準備を始めました。
「クーン、クーン(ご主人、肉、無い?)」
(朝食を食べたばかりですから、お昼まで我慢して下さい)
「クーン(ご主人、わかった、オレ、昼、我慢、した!)」
「解ってもらえたのなら、良かったです」
なかなか食意地がはった困った魔獣ですが、野生の生き物ですと食べられる時に食べるのが当然の事と言われれば確かに、と納得しか有りませんね。
「あら、どうかしたの?」
私がキオさんに言った言葉を聞かれていたみたいですね。なかなか、耳の良い、老婦人です。
「いえ、食意地のはった子ですので、我慢して下さいと言っていたのです」
「まあまあ、食いしん坊さんなのね」
老婦人はペットを飼っていますので、キオさんにとても興味が有るみたいです。
「たいした物は有りませんけど、どうぞ」
「頂きます」
「ワンワン」
私にお茶をキオさんには水をと思ったら、キオさんには干し肉の様な物まで一緒に出されていました。
「これは申し訳有りません」
「いえいえ、その子が何か食べたそうだったから、うちの子のおやつを少し分けてあげようと思って」
「ウー、ワン」
お茶をご馳走になりながら、老婦人が出した依頼の内容を詳しく聞く事が出来ました。先ず老婦人の名前はファーナさんで、元探索者でしたが今は引退しているそうです。現役時代は数人の仲間と組んでそれなりに活躍していて、等級は銀級探索者まで昇級したそうですがで、年齢による衰えを感じて引退したそうです。引退後は生まれ育ったこの町に帰って来て、探索者ギルドや商業化ギルド等依頼で関わった関係先の仕事の手伝い等をしていて、現在でも仕事が有る時だけ働くそうです。
人族で言う悠々自適な余生を送っていると、ファーナさん自身も語っていました。
さて、そのファーナさんのペットを探すという依頼ですが、ファーナさんのペットは名前をクースと言い小型犬と言われる主に室内で飼うために品種改良された種で、大きさも子狼姿のキオさんより少し大きい位ですが、立派な成犬と言う事でした。基本的に家の中で飼っていたそうですが、ファーナさんが仕事で留守にしていて自宅に帰って来た時には居なくなってしまっていたと言う事です。
この町の出身なので親類縁者もこの町にいますが、高齢者の一人暮らしと言う事も有りクースさんとの生活がファーナさんにとって、何よりもかけがえの無い物だったそうです。こんな事を聞いてしまうと一刻も早くクースさんを見付け出して、ファーナさんの元に帰してあげないと、とそんな思いが湧いて来るのでした。
やはりこの様に感傷的になってしまうのは、私が吸収した人族の感情の影響なのでしょうか?感情とは不思議な物ですね。
宜しくお願い致します。




