第二十三話「心の在処」
一方、宿から出て行ったラビアンが向かった先はやはりというべきかイリヤの元であった。
イリヤは既にシータスやセインと別れた後だったらしく、弓を構えつつ建物の影に隠れながらゾンビの群れへと移動をしている最中だった。
幸いにも宿からそう離れていなかった。
そんな彼の背中にラビアンは何のためらいも無く呼びかけた。
「イリヤぁ!!」
彼女のその声に驚いたように素早く振り向いたイリヤは、信じられない光景に目を疑った。
無防備なラビアンの姿は、このゾンビが押し寄せてきた街にはひどく似つかわしくなく、まるで時間が止まったような感覚さえした。
慌てて彼女に駆け寄る。
「馬鹿!なんで出て来やがったんだ!危ねぇから中にいろ!」
宿の方を指差し、珍しく怒鳴りつけてラビアンを追い返そうとするがラビアンもギュッと目をつぶり
「嫌だよ!」
と激しく首を振った。
「もう嫌だ!あの時みたいな怖い思いをするのは……イリヤと一緒じゃなきゃ嫌!」
泣き出してしまいそうな顔で叫ぶラビアンを困ったように見つめるイリヤ。
彼女を軽く抱き寄せ彼女の言葉をかみ締めた。
そうだった。ラビアンはこの前も宿に置いて行かれグールに襲われひどく怖い思いをしたのだ。
あの汚らわしい魔物と戦い、そして犯されかけた。
あの時、自分はアリスが宿の中にいるのだから大丈夫だろうと安易に考え宿の近くを離れて戦闘をしていた。
でも実際は大丈夫ではなかった。
アリスも宿の中でグールに襲われラビアン達の近くにはいられなかった。
そしてラビアンもグールに襲われ奴らの性欲の捌け口にされかけていたのだ。
たまたま近くを通ったセインのおかげで誰も犠牲にならずに済んだ。
もしあの時セインも通らなかったら……。
もしあの時、自分が宿の近くを離れずにいれば……。
改めて恐怖と後悔と自己嫌悪が彼に押し寄せる。
自分の胸に顔をうずめるラビアンを強く抱きしめた。
愛しい彼女の体温を、匂いを確かめるように。
イリヤの心にラビアンの息遣いと温もりが伝わり、彼の胸の痛みをより強くさせた。
そして出来るだけ彼女に優しく話しかける。
「わかった……もう離れたりしねぇよ。そのかわりお前もぜってぇに俺の傍を離れんなよ、いいな?」
その言葉にラビアンは無言で頷く。イリヤもそれを見て、彼女の唇にそっと口づけた。
本当は安全な場所に隠れててもらいたいが、それはなんだか結局責任逃れをしているようで、今のイリヤにはためらわれた選択肢だった。
むしろ今は自分の愛した女性が自分を必要としてくれている、その気持ちに答えたいという使命感の方が強い。
イリヤは宿の方に向き直りアリス達がいるであろう部屋の窓を見つめた。すると窓を開けた状態でアリスがイリヤ達の方を見ていた。
彼女はイリヤと目が合うと、行きな、と言いたげに大げさに顎を振ってみせた。
おそらく出て行ったラビアンが心配でずっと成り行きを見守っていたのだろう。
そしてイリヤとラビアンの身振り手振りのやり取りを見て、ラビアンは戻ってこないのだと察したようだ。
イリヤはアリスに大きく手を振ると、踵を返しラビアンの手を引いてゾンビの群れへと向かって行った。
そのイリヤの姿が見えなくなるまで見届けるとアリスはふーっと深くため息をついた。
イリヤ達が、羨ましい。
恋人同士であるというだけで、こんな戦場でも心強くなれるもの。
お互いを必要として支えあって絆を深めて、それはいつか帰る場所となる。
彼女はセインの事を思い浮かべていた。
冷たいイメージを持ちながら確かな強さと優しさを持ち合わせるセイン。
揺るぎないものをもち、それでいながら陰りもあるようで……でも決してそれを目立って表に出そうとしないのは彼には、甘えられるような心の在り処が無いから?
だったら私が彼の心の帰る場所となりたい。
戦いで荒んだ気持ちを癒してあげたい。
優しく包み込んであげられたら……。
アリスの胸が甘く高鳴る。
虚ろな瞳でぼんやりする彼女の姿に傍にいたリリアナが心配そうに声をかける。
「あの……アリスさん?」
その声にハッと我に返るアリス。慌てて笑顔を作り、
「あ、うん、ラビアンはイリヤと一緒にゾンビを倒しに行くみたい」
と明るく答えた。
「そうですか……」
挙動不審なアリスにやや不安を感じるものの、そう返事をするほか無かった。
それよりリリアナの心を揺らしたのはラビアンの行動だった。
リリアナの中ではラビアンは僧侶でありながら戦闘も出来る、という印象がとても強く根付いていた。
この前のグールに襲われたときも、自分はクローゼットの中にいてよくわからなかったがラビアンは一人でグールを倒していたみたいだった。
衣服をボロボロにされ恐怖に震えるその彼女の脇で、壊れた椅子と後頭部から血を流して倒れていたグールの姿は未だに鮮やかに思い出せる。
昼間のヘルダイバー戦でも敵に狙われた自分を咄嗟に結界を張って守ってくれた。
そして今回もイリヤと共にゾンビを倒しに行ったと聞かされ、自分とは違い守られるだけの立場じゃないんだ、と感心すると共に何も出来ない自分に劣等感を抱いていた。
あたしも、何かできれば……。
といっても何ができるのやら。
リリアナは軽くため息をつきアリスの方を見やった。
彼女は狙撃手用のアームサポーターと胸当てを身に着け頭には防音用の耳あて、手には先程まで握られていたハンドガンではなく銃身の長いスコープ付きライフルに持ち替えていた。
そしてそれをおもむろに銃を窓から突き出し、構え、片目を瞑り狙いを定めはじめた。
リリアナがきょとんとしてその一連の動作を見ていると、アリスは意を決したように引き金をひいた。
次の瞬間、耳をつんざくようなズドォンという重々しい音が響き渡りリリアナも驚いて耳をふさぐ。
が、耳の中でキーンという高い音がまるで銃声の余韻のように鳴り続け彼女の頭をクラクラさせた。
そんなリリアナにも気付かずアリスは素早く銃を操作し弾を入れ変え、ガチっと銃をセットすると続けて狙いを定め引き金を引いた。
また大きな音が響くのだろう、とリリアナは慌てて耳を強くふさぐ。
そしてやはり先程と同じく銃声が辺りに響き渡り、その銃声が建物に跳ね返ってくる。
その光景はリリアナにとっては衝撃的過ぎた。
銃の形こそ本などで見たことはあったが、実際に目の前で見るとこんなにも迫力のある武器なのか、と。
ふぅっとため息をついたアリスはようやく耳をふさぐリリアナに気付き、慌てた顔をして
「ゴメン、ゴメン!言うの忘れてたわ!ライフルは大きい音がするから私が銃を構えたら、耳ふさいでね!」
と言いながら耳あてをリリアナに渡した。
おどおどしながら耳あてを受け取り、それを耳にあてる。
確かに若干、音が遠くなった。
「アリスさん、さっきのは……」
耳あてを首にかけ、不安そうにアリスに訊ねると彼女も顔をしかめ口を開いた。
「そう、ゾンビよ。いたのは一匹だけだったんだけど、一発目を急所に当てられなくて。ほら、あそこよ」
そう言って指差した方向をリリアナが目をこらして見ると、確かにかなり遠くの方で人の姿をしたものが倒れている。
「あれが、ですか……」
血が出ていないようなので人間ではなく、確かにゾンビであることは間違いない。
とはいえ夜間である為、瞬きをすれば見失ってしまいそうなほど遠い場所だ。
あの距離だと、急所に当てられないほうが自然な気もするほどだが、アリスにとっては難ない範囲なのかと思った。
まるで上空から獲物を狙う猛禽類のようだ。
「セイン達は平気かしらね……」
ライフルの銃口を見つめながら独り言のように呟くアリス。
リリアナも窓から離れ、ベッドに腰掛けセインの事を思い浮かべていた。




