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冥闇のヘリオス  作者: 高嶋広海
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第一話「襲来」

 大海原に浮かぶ島の立派な大聖堂。

 厳かで歴史あるこの建物には多くの修道士のほか、司祭達や外部からの武装勢力に対抗する聖騎士団も駐在していた。

 ここアールスト聖堂にて、それは起きた。

 月のない深夜。昼は青かった海は漆黒と化し、聖堂の修道士達も眠りにつき、明かりといえば見張り台の松明と定期的に巡回にやってくる騎士のもつランタンぐらいだ。

 騎士は高台から島全体から紺色の空へと視線を移した。いつもと少し違う違和感を抱く。

 目を凝らすと紺色の空の中に真っ黒に塗られた部分が見えた。

 胸騒ぎを覚えて双眼鏡でその正体を見る。

 闇にまぎれて影となりハッキリとは見えないが、その輪郭は黒い翼をもった人型の大群だった。

 騎士はハッとし、すぐに手元にあった警鐘の綱を振りガンガンと何度も鐘を鳴らした。

「北方の空に多勢の侵攻者の影あり!!」

 けたたましい鐘の音と緊迫した騎士の声に仮眠室にいた騎士達がゾロゾロと飛び出してきた。

 そしてすぐさま空からの侵入者達の影を確認する。

「なんだあれは?」

「わからん、人ではない」

 異形の訪問者に困惑の色を浮かべる騎士達だが、冷静に戦える者達を配置して侵入者からの攻撃に備える。

 やがて騒ぎを聞きつけた騎士団長デュアンも駆けつけ空の敵影を確認する。その途端、厳しい顔つきになり

「あれは……吸血鬼の集団だ……!」

と言うと急いで各所に配置した部下達に知らせる段取りを組んだ。

 吸血鬼達が相手では普通の武器では全く対抗できない。

 純銀の武器か修道士や司祭が清めた武器でのみ吸血鬼にダメージを与えられるのだ。

 団長の指示で全ての騎士達が武器を持ち替え改めてその軍勢を待ち構えた。

 聖堂の周囲では司祭達が出てきて結界を張り始める。

 悪しき力を寄せ付けない結界だが、吸血鬼にまで利くのかはわからない。それでもないよりは良いだろうというデュアンの判断だった。

 もう大群は目の前まで迫っていた。


 その頃、聖堂の内部では既に修道士達が地下礼拝堂へ避難をしている最中であった。

 戦えない修道士が吸血鬼達に見つかれば被害は拡大してしまう。

 その中の若い修道士、リリアナという少女もまた避難の最中だった。

 何が起きたのかわからないまま先導役の騎士に導かれ礼拝堂へと逃げ込む。

 いったい、何があったんだろう?外の国の夜襲?

 私たちどうなるんだろう?見つかったら殺されるのかな?

 怖い……!

 色々悪い予想を巡らせて怯えていると他の修道士達がひそひそと何か話しているのが聞こえてきた。

「吸血鬼が襲ってきたって」

 吸血鬼という言葉を聞いてぞっとするリリアナ。

 孤島の中の聖堂という限られた空間で育ったリリアナにとってはそんなものが本当に存在するのか、と信じられない気持ちだった。

 修道士達は続けた。

「今は司祭さま達と騎士達が応戦しているそうだよ」

「聖騎士はともかく司祭さま達が……?殺されてしまうんじゃないの?」

 殺される、という言葉に周囲にいた修道士達も怯えた声をあげた。

 リリアナもそれをきいてより恐怖の色を強めた。


 一方、いつもとは全く違う聖堂内の様子を眺めていた初老の男性。この聖堂の最も尊い位のラジェス教皇だ。

「おぉ……これはどうしたことだ……」

 戸惑う彼の元に聖騎士団の一人がやってくる。

「教皇さま!」

「おお……聖騎士団の者が私の元にくるとは……またどこかの国の侵攻か?」

「いいえ、教皇さま。北方の上空より吸血鬼の大群が押し寄せました!」

「なに、吸血鬼だと?」

 騎士の報せを耳にして気絶してしまいそうなほどに驚愕する。

 吸血鬼。

 以前からその存在は珍しくなく、大陸のほうではその被害に遭う国々も少なくない。

 しかしここは大陸からも離れた孤島。まして聖堂だ。

 聖なる地であり、聖なる力で守られた人や武器が多くある。

 吸血鬼などという存在にとっては一番近寄りがたい場所のはずなのに。

 驚きのあまり言葉を失うラジェスに伝令の騎士は続けた。

「現在、団長が指揮を執り団員は全員武器を変更して応戦しています。司祭達が結界を張ったのですが……」

「侵入されたのだな……吸血鬼どものほうが魔力は上か……」

 騎士の言葉を聞いてラジェスは顔を曇らせる。

 しかし吸血鬼達は自分達の方が不利な土地まで来て何が目的なのか。

 教皇の私が狙いか?だとしてもデメリットのほうが高い。

 あれこれ考えているとそばにいた騎士が

「では、私はこれで応戦に向かいます!教皇さま、枢機卿も修道士達も地下へ避難されています!教皇さまも急いでください!」

と慌ただしく言うと聖堂の外へ走って向かっていった。

 ラジェスはまだ吸血鬼達の目的を考えていた。

 吸血鬼の狙い。リスクを冒してまでこの聖堂を奇襲する理由とは……。

 と、そこである聖遺物の事を思い出した。

 三百年前に吸血鬼の女王と戦い勝利するも若くして亡くなった聖王の血を注いだ聖杯がこの聖堂には安置されている。

 もしそれが狙われているなら……!

 ラジェスは急いで聖杯堂に向かった。

 そして、聖杯堂の扉を開けるとそこには既に人影があった。奥にいて何者なのかよく見えない。

「誰だ、そこにいるのは……!」

 ラジェスが呼びかけてもその人影は何も答えずラジェスは手に持ったランタンを少し掲げ、その人物にゆっくり近付く。

 そしてそこに浮かび上がってきたのは……不敵な笑みをたたえた吸血鬼の姿だった。

「お前……!お前は誰だ!!どこから入った!?」

 驚き困惑するラジェスに吸血鬼はまるで動じることもなくにこやかな口調で答えた。

「初めまして、ラジェス教皇。私は吸血鬼の王クローディス、今日はこの聖杯を頂きに来た」

 見ると既にクローディスと名乗る男の手に聖杯が抱かれていた。

「貴様、やはり!聖杯は渡さん!!」

ラジェスはランタンを置くと手を合わせ光魔法の詠唱を始めた。

 クローディスは慌てるでもなくその様子を変わらぬ笑みで窺っている。

 詠唱を終えたラジェスは目を見開き両腕を振りかざした。

「ホーリーアーク!!」

 ラジェスの腕からまばゆい光の枠のようなものが放たれクローディスを閉じ込めるように素早く周りを取り囲んだ。

 強力な拘束魔法だ。しかしクローディスはフッと笑う。

「さすが教皇だけあって並外れた強力魔法を使うようだ。しかし生け捕りなどという生易しい考えでは私をどうかすることはできんぞ!!」

 そう言うとクローディスは身を包むようにマントをひるがえした。その途端ラジェスの放った光の牢は砕け散って消滅してしまい、同時にクローディスも霧のように消えてしまった。

 そこに残ったのはラジェスのみ。

「くそっ………」

 ラジェスは、その場に膝ついて悔しさを吐き出しながら床を殴った。


 外で騎士達や司祭達と戦っていた吸血鬼達は王の目的が達成されたと知るやいなやすぐさま戦闘から離脱、飛び立つ王を護るように周囲について共に飛び去っていった。

 予期しなかった敵陣の撤退に応戦していた聖堂の者達は何が起きたのかわからないまま、その姿が見えなくなるまで立ち尽くすのみだった。

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