この恋は始まったばかり
私の目の前に、テレビでしか見たことのないイケメンがいる。
普通の女の子なら死ぬほど幸せだと思うのだけど、生憎私は明河一筋です、ごめんなさい。
「ええと……梢さんがなぜここに? 」
「少し聞きたいことがありまして」
「マネージャーさんを通してください」
「涼クンのことなんだけど」
……噛み合わない。
梢さんはバラエティ番組などではチャラいイケメンというキャラ付けだが、パーティー会場でもそのキャラは健在らしい。
本性なのか、作っているのかは私にはわからない。
それより、涼、とは明河のことだよね?
まさか私が幼馴染みだと思い出したとか!?
その憶測だけで忘れられていたことを悲しんでいた気持ちが消える。我ながらチョロい。
私は期待と不安を込めて梢さんを見上げた。
「君さ、涼クンの知り合い?」
「は……」
はい、と言おうとして私は踏みとどまった。
これは正直に答えていいものなのだろうか。
仮に正直に答えたら、どうなるのだろう。
嘘だと思われるのか。もう一度会えるように取り計らってもらえるのか。それとも、週刊誌とかにリークするのか。
マネージャーさんには「正しいことを全部言うと、自分の首を締めることになる」と言われている。
私は念のため、安全策をとった。
「ええと、仮にそうだとしたらどうするんですか? 」
「うーん、特に考えてないな」
「……じゃあ、なんでここに?」
「涼クンがなんとなく君に会ったことがある気がするって言ってた。確かめにきたのは、ただの好奇心」
思いっきり私は動揺する。
まさか明河に認識されていたとは!
忘れていたのは本当だろうけど、思い出して貰えばそれで良い。
血中幸せ濃度が上がって倒れそう。
そういえばオーディションのためにダイエットとか小顔マッサージとか日焼け対策とかをしたし、今だってメイクをしているので、もはや「冬宮日和」とは外見はほぼ別人なはず。
それでも気づいてくれるなんて、惚れそう。もう惚れてるけど。
「で、どうなの? 知り合いなの? それとも、涼クンの勘違い?」
「知り合いです」
「あ、やっぱり」
私はあっさりと白状した。
思い出せば私はさっき「覚えてる?」なんて明河に言った身だ。逆に否定したら芸能界入り早々二重人格説が生まれる。
「なるほど、納得。じゃあまたドラマ撮影で会おう」
「あ、はい」
明河だけじゃなく梢さんも出るんだな……、と思いながら私は中断していた食事を再開した。
パーティーも終わって、該当者が芸能事務所のビルに移動すると、受賞記念ドラマの第一回打ち合わせが始まった。
顔ぶれは、会ったことはないけれど知っている人ばかり。つまるところ、人気芸能人が目の前に何人もいる。
ここには、明河や梢さん、同じく準グランプリの美夕さんくらいしか面識がある人がいないので、ちょっと怖い。でも、夢にまで見た明河との再会。このチャンスを無駄になんかしない!
「では、皆さん揃ったようなので、第一回打ち合わせを始めます。本日することは、出演者と関係者の自己紹介、台本と今後のスケジュールの配布、配役と大まかなストーリーの説明、宣伝用のインタビューと写真撮影です。」
淡々と、無駄がなく打ち合わせは進んでいき、配役の資料が配られた。
「手元の資料をご覧ください。これが今の時点での配役となります。変更の可能性もありますのでその点ご了承ください」
今回のドラマは、宇宙戦争によって人類のほとんどが滅亡した辺境の惑星で、一から国家を立て直す航宙学院の生徒の話。
資料を見ると、膨大な役名と人名が書いてある。
HIYOの文字を探すとローマ字なお陰で簡単に見つかった。私の役は、航宙学院一の天才、アーナ。アーナは天才的な頭脳を持つが、なんでも数字で考えてしまう癖があり、コミュニケーションが極端に苦手という欠点を持つ。
その次に、明河を探す。見つけた。
明河の役は、兵器オタクでやたらと好戦的なジル。
その他にも、梢さんは家族を殺した敵国に激しい復讐心を持つランタ、美夕さんは運動万能なムードメーカーのユリシア。
主人公はグランプリの藍見ゆうさん演じる宇宙平和を願う美少女、ルキア。
「うーん、難しそう……」
オーディションでは演技力審査もあるので私もある程度の演技はできるのだが、こんなに複雑な設定の役はもちろん初めて。
私が演じるアーナが変にならないか今から心配を感じるほど。
「初回撮影は来週の土曜日の八時からの予定ですが、予定が合わない方はいますか? 」
私は部活があるけど、休めば大丈夫。
くるっと出演者を見渡したが予定がある人はいないようで、日時が決まった。
「では次に、宣伝ムービー用のインタビューと写真撮影です。インタビュー用紙を配るので、撮影までの間に書いておいてください」
紙に書かれたいくつかの質問に対する答えを書いて、写真を撮られる。
これで今日やることは終わったらしい。
全員の撮影が終わると、第一回打ち合わせは解散となった。
もう午後の五時過ぎなので私はまっすぐ家に帰ろうとしたら、後ろから声が掛かった。
「HIYOちゃん! よかったらこのあと、お茶でもしない?」
「え……いいんですか?」
「うん、もちろん! グランプリのゆうちゃんも一緒なんだけど、いいかな?」
「はい!」
なんと、美夕さんに声をかけられ。
美夕さんとゆうさんと、都会のカフェに行くことになりました。