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この恋をやり直すために。  作者: 千田弥代
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この恋は思い出せない

会場の外に逃げ出したものの、私は途方に暮れていた。

戻らないといけないのはわかっている。きっと今、マネージャーさんが困っている。

でも、私はしばらく一人でぼーっとしていたかった。明河に会えればいいと思ってオーディションを受けたのに、受かった途端自分のことを思い出してほしいと願ってしまう己の強欲さに呆れを越して悲しくなってくる。

冷静に考えれば、明河からしたら私なんて告白してきた数十人のうちの一人だ。幼馴染みだから覚えていないといけないなんてルールはない。なのに。

思わず涙が浮かんできた。泣いてはいけないと思うのに、自分の感情さえ自分でコントロールできない。

目に力を込めて、なんとか涙を止めた。相当目に力が入っていたようで、目の前を通りかかった人が怯えたような顔で早足で通り過ぎて行く。


「……よし、うん、大丈夫」


半ば自分に言い聞かせるように呟き、私は立ち上がった。

こんな私でも今日から一応芸能人だ。これ以上迷惑はかけられない。

私は一度自分を思いっきりつねると、会場に戻る覚悟を決めた。




その頃、明河は記憶の棚を漁っていた。

あまりにも深刻な顔をしているせいで、誰も近づいてこないことに明河は気付いていない。


「元気かい、涼クン。さては悩んでるな? こんな場所で何があったんだ?」

「ああ、梢か。なんか、誰かは忘れたけど、知っている人に会った気がして……。」

「知っている人? そんなの逆にパーティーでは知らない人の方が珍しいだろ?」

「違う。なんていうか……死んだ親族に会ったような感じ」

「は?」

「ええと、会えないはずの人に会ってしまった……的な? ただ、誰にそんな印象を持って、その人が誰なのかも思い出せない」


明河と仲がいい俳優の大垣梢おおがきこずえは眉を潜めた。

梢の親友である明河涼は、たまによくわからないことを言う。梢はそんな明河を少し心配しているのだが、明河自身は難しい顔をして考え込んでいる。


「じゃあ、今日会った人を思い出してみれば?」


言われた通り、明河は今日会った人を片っ端から思い出していた。

人気モデル。トップアイドル。有名監督。天才プロデューサー。

有名人はたくさん出てくるが、ピンとくる人がいない。

梢は、思い出したように言った。


「そういえば、さっき涼、変な人に絡まれてなかったか?」

「変な人?」

「ええと、目がぱっちりしてたけど、そこまで美人ではなかった高校生くらいの女の子。俺も初めて見た人だった。話の内容は聞こえなかったけど、周りの人に変な目で見られてたと思う。……そういえば、どこに行ったんだろう?」

「さあな」


明河は記憶を掘り起こす。

数秒探したあと、目的の人物が出てきた。


「ああああ!! ありがとう梢!!」

「ん、思い出したか?」

「ああ。確か準グランプリ。前会ったことがある的なことを言ってた」

「ふうん。信じすぎるなよ。罠かもしれないし」

「そうだな。ありがとう、スッキリした」


思わず笑顔になった明河を見て、梢は感嘆のため息を漏らす。

やっぱり信じられないほど顔がいい、と梢は思ったが、明河はすぐに国宝級スマイルを引っ込める。


「で、その人と会ったことがある気がしたんだ」

「なるほど。双方がそういうなら本当なんじゃないか?」

「だよな……。次会ったときに聞いてみるか」

「受賞ドラマで会うよな。俺も出る」


明河はHIYOという名の新人女優に関する記憶を探すが、見つからなかった。

諦めて本人に聞く、という結論が出たあと、明河は一気に仕事モードに切り替わった。


「そうだな。また打ち合わせで会えるな、きっと」

「だな。じゃあ俺は向こう行ってくる。涼と話したそうな人がこっちを気にしてる。じゃあな」


遠ざかっていく梢を見ながら、明河は営業用スマイルを作った。




「HIYO!どこ行ってたの?涼さんの方に行ったと思ったら消えててびっくりしたんだから!」

「ごめんなさい……。次からはこんなことしません」


ホールに戻った私を迎えたのは、顔色を変えたマネージャーさんだった。

私は改めて迷惑をかけたことを後悔する。

軽くお説教を食らったあと、私は周りの人に名刺を渡すことにした。

芸能界でコミュ障という言葉は通用しない。自分は日和ではなくHIYO、芸能界ではこんなの当然……。そう思わないとやっていけない。

数枚の名刺を渡せた自分を褒めていると、私の目はホールの真ん中に設置されているテーブルの上の美味しそうな料理に吸い寄せられていった。

これ、食べていいんですか!? という目でマネージャーさんを見つめると、苦笑いしながら頷いてもらえた。


「わあ……、美味しそう!」


お菓子やパン、小さく切られた肉料理など、色とりどりで見た目も綺麗な料理を見て、食欲がそそられる。

お皿と食器を取ると、こぼれない量を盛って、私は座れるところを探した。


「……あれ?」


高いテーブルは所々にあるが、肝心の椅子がない。

周りを見ると、みんな立って誰かと話しながら食べている。ふと、私の脳裏に立食パーティーという言葉が浮かんだ。

とりあえず端っこの方で、ものすごくおいしいケーキをもぐもぐと食べていると、誰かが近づいてきた。

マネージャーさんかな、と思って顔を上げると、マネージャーさんじゃなかった。

一瞬慌てるが、すぐに見覚えのある顔だと気づく。テレビでよく見かける顔だ。


「ええと……大垣梢さん?」

「はじめまして」


爽やかに挨拶をすると、梢さんはにっこりと笑った。

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