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この恋をやり直すために。  作者: 千田弥代
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この恋は認識されない

それからの私は大変だった。

家族と一通り狂喜したあと、授賞式に着ていく服や靴、お祝いの高級シャンプー等の美容グッズなどを調子に乗って買い、嬉しさのあまり私は丸二日眠れなかった。その結果、私は十数万円を使い果たし、一時期朝起きられなくなり、自分をつねりすぎて身体中が真っ赤になるという悲劇が起きたのだが……。

最初は実感がなかったけれど、だんだん授賞式の日が近づくにつれ、喜びの度合いも比例していった。




そして、授賞式の日。

朝早くに起き、ばっちりメイクをして自分史上一番おしゃれな服を着る。家の前で、受賞の決定とともに担当になってくれたマネージャーさんの運転してくれる車に乗る。車の中で、式とパーティーの段取りを頭に入れる。

芸能人からしたら当たり前の日常なんだろうけど、私にとっては何もかもが新鮮で、とってもワクワクした。


私にとって授賞式は、「授賞式」という意味より、「数年ぶりに明河に会える日」という意味合いの方が強かった。だけど、奮発して買った総額十数万円の服とアクセサリーを身につけ、会場の高級ホテルの貸切の大広間に足を踏み入れたとき、確かに準グランプリを受賞したことを実感して泣きそうになる。


「うわあ……すごい!」


思わず簡単の声をあげてしまった。授賞式会場は煌びやかに飾られており、授賞式とパーティーのために程よく着飾った老若男女が談笑している。庶民の私は率直に「どこの王様ですか?」と思った。

明河はこんなキラキラしている世界で生きているのか……。やっぱりすごいなあ。

とりあえず会場をぐるっと見渡し、どこかにはいるはずの明河を探したが、見つからなかった。


そのまま私はマネージャーさんに案内されて受賞者席に座り、ガチガチに緊張したまましばらくじっとしていると、授賞式が始まった。マネージャーさんはマネージャーさん用の席があるっぽく、そっちに行ってしまったので不安は増えるばかりだった。

式自体は開会の挨拶、受賞者紹介、記念トロフィー贈呈、数人からの祝辞、受賞者のスピーチ、閉会の挨拶という形式的なものだったが、今回私が気にするのはそこじゃない。困るのは、自分が主役だということだ。


スピーチの原稿は予め用意しているし、他は前に立っているか席に座っているだけ。でも、立っているだけでも新聞やテレビで紹介されるための映像や写真を撮られるし、一言や立ち姿まで全国中に知られると思うと、全く落ち着かない。

そう思っているうちに、式は進み、私は紹介され、トロフィーを受け取り、祝賀を聞いていた。

ぼんやりと聞いているうちに話が終わり、次の人が出てくる。


「ーーーーーーっ!!!」


叫び出す一瞬前に思いっきり自分の口を塞ぐ。


「この度は受賞おめでとうございます。所属俳優代表として祝辞を述べさせて頂きます。」


ステージの上にいるのは、明河。

……信じられない……本物だ……何年ぶりだろう……。

嬉しいと思うのに、感情が現実に追いつけない。

しばらく呆然とした後、思い出したように、ありとあらゆるプラス感情が湧いてくる。心臓が過労死しそう。

明河の祝辞が終わり、私はやっと少しだけ落ち着く。


その後、私はふわふわした気持ちで式典を終え、パーティーが始まった。




「はじめまして〜!準グランプリのHIYOさんですよね?」

「……はっ、はいい!」


急に馴染みのない名前で呼ばれたから、一瞬自分のことだとわからなかった。

HIYOというのは、私の芸名。このパーティーは多数の記者や監督、プロデューサーなどが出席するため、芸名を使うようマネージャーさんに初対面の時に言われた。

日和の最初の二文字をとってHIYO。有栖川麗華とか、星川きららなどの芸名を考えたのだが、カビたリンゴをを見るような目で却下されてHIYOに落ち着いた。そんなに悪かったかな……。


「やっぱりそうなんですねー、私はHIYOさんと同じく準グランプリの芝中美夕しばなかみゆうです。同じ高校三年生ですし、これから仲良くしてくれると嬉しいです!よろしくお願いしまーす!」

「よ、よろしくお願いします……」


私は明河のことと受賞のことで頭がいっぱいだったので、他の受賞者を認識したのは今が初めてだった。

芝中美夕さんは、明るい茶髪と真っ白な肌と大きな瞳を持った超美人。このレベルが私の地元にいたら間違いなく町中のアイドルになれる。私もこんな美少女を間近で見たのは初めて。そのくらい美少女だった。


このレベルの可愛さでも準グランプリだなんて……。芸能界は恐ろしい。

芝中さんはもう私の前から姿を消していた。探してみると、別のおじさんと笑顔で自己紹介と挨拶をしている。

深く考えずにホール内を見渡すと、談笑している人、知り合いとの再会を喜ぶ人、名刺を渡して自分を売り込んでいる人など様々だが、私のようにボーッとしている人はいない。


「HIYO、遅くなってごめんなさいね。前一緒に仕事をした人と偶然会っちゃって。ところで、誰と話せた?」

「え?……ええと、芝中さんです」


人混みを掻き分けて私の元に戻ってきたマネージャーさんは、私の返事を聞いて固まる。


「芝中美夕さん……だけ?」

「はい。明河……じゃなくて、明河涼さんを探しているんですけどいなくて……。」


マネージャーさんは絶望したような顔をする。

私は訳がわからない。

マネージャーさんは真剣な顔で、私に残酷な事実を告げた。


「いい?HIYO。芸能界は戦争よ。人脈、情報、外見、キャラ、実力、運のどれもが揃っていないと生き残れないの。もちろんこの式典も戦争の一部。早速人脈と仕事づくりのために他の参加者に顔と名前、願わくば自分のキャラクターも覚えて帰って欲しいの。そうでもしないと受賞した数秒後には忘れ去られるわ。他の受賞者の人も慌ただしく名刺を配り歩いてるでしょう?」

「え……」

「わかったならいいの。この世界で生き残りたいのなら、早速挨拶と名刺配りに行かないと。知名度は死活問題よ。例えば、あのプロデューサー。あの人はうちの事務所と仲が良いし、人気番組を多数手がけるやり手だから絶対に覚えてもらいたいわね。」

「でも、すでにたくさんの人に囲まれてますよ……?」

「有名なんだから当然よ。HIYOもあの輪の中に入って挨拶してこないと。他の女優に役を取られてもいいの?」

「…………」


私はただ明河に会いたかっただけなのに、すごくめんどくさいことになっているような……。

というより、私には無理! 私には人脈もないし、コミュ力も人並みなんだからあんな輪の中に入れる勇気なんてない!


マネージャーさんからの視線の圧力がすごい……。でも、無理なものは無理だもの。例え戦争のような芸能界でも。


一人で悶々としていると、会場から一際大きい歓声が上がった。

その歓声は早速理想と現実のギャップに打ちひしがれている私とは別世界のもののようだった。ため息をついた数秒後、私の耳は歓声の中から聞こえてきた涼くん、という固有名詞に反応する。


その固有名詞は、呆然としていた私の意識を本来の目的のために呼び覚ますのに、最強の効果を発揮した。


「明河…!?」

「……? ああ、明河涼さんね。めいが、じゃなくてあけかわさんよ。ちゃんと名前は覚えないと、仕事が来なくなるわ……って、HIYO!?」

「ちょっと行ってきます!」


私は明河に向かって自分でも信じられないくらいのハイスピードで突進する。

明河はプロデューサー、監督、女優、俳優関係なくたくさんの人に囲まれていたが、私は比較的小さい自分の体つきを生かして人と人の隙間を潜り抜けた。


「明河…じゃなくて、涼さんっ……!」


呼び掛けたが、他の人も話しかけているので気づかれない。

もう一度呼びかけると、話が終わったようで明河はこちらを向いた。


「あ、はじめましてHIYOさん。この度は受賞おめでとうございます。」

「あ、え、ええっと、ああありがとうございます!!」


至って業務的な挨拶だけど、声が聞こえるだけでも嬉しくて、まともな返事ができなくなる。

そして、私は四年越しの謝罪をした。


「明河、覚えてる?私だよ!あの時は気持ちも考えないであんなこと言ってごめん。私も本当に後悔して。許してなんて厚かましいけど、せめてまた友達になってください……!」

「……ええと……え?初対面……ですよね?もしかして前にどこかで会ったことがありましたっけ?」

「え……嘘……でしょ?」


明河の顔を見ればわかる。これは嘘じゃない……。

受け入れられるパターンと拒絶されるパターンは想定も覚悟もできていた。

でも、まさか、忘れられているなんて……。このやるせなさ、悲しみ、無力感は、想定外という言葉だけでは片付かない。


もう、明河の頭の中に私の存在はないようだった。

それがショックで。信じたくなくて。

私は輪の中から逃げるように外に走り抜け、会場の外に現実逃避した。

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