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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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鈍色のプリズム

作者: すんぐーら

時効だと思うんで⋯⋯。

「こんなガラクタに価値があると思ってんのか!もっとマシなもんを拾ってこい!」

 次の瞬間、左の頬に衝撃が走り熱を帯び始める。

 シュタインリボルデン社製汎用型集積回路タイプD型が気に食わなっかたようだ。ビヨンネは僕を孤児院の入り口から突き飛ばすと扉を音を立てて閉め、鍵をかけた。

「次に変なもんを持ってきたら夕飯はないと思え」

 くぐもった声が扉から聞こえてきた。吐息は白く、まつげは凍っているようで視界が悪い。今日の内だけで、何度も使われた手はまともに動くかどうかわからない。それでも、化学物質で汚染された泥を踏み越えて行く。周囲は廃棄物の山がいくつも立ち並び、そのいずれもが数百メートルを越す高さだ。しかし、地面の泥からも鉄柱などが飛び出しているので、きっと泥の下も廃棄物の層がある。そのため本当の地面からの高さは不明であるが、千メートルを優に超すだろう。しばらくして、院からかなり離れたところにある鉱山の中へと再び潜り込む。工業用の潤滑油が滴る鉄屑の洞穴を進み、僕の「狩場」へと向かう。

 洞穴の入り口から狩場までは五キロメートルくらいあり、道中は曲がりくねったアリの巣みたいに通路が絡み合っている。疲れた脳では道順を誤りかねるが、自分で何年もかけて掘り進んだ道だ。間違えることは無い。しばらくするとちょっとした空間へたどり着く。天井は大戦時に使用された戦艦の主砲によって支えられ、そこの隙間からは夕日が少し差し込んでいる。ポリカーボネートの部品が日光を分解して所々に虹ができている。さらに、空間の中央にあるシリコンと液体金属の池は分解された光を跳ね返し、壁面を鮮やかに彩るっていた。

 あの集積回路は最近で一番価値のあるものだった。というより、保存状態が良かったのだ。出荷直後の状態の廃品なんてそうそう無い。しかし、よくよく考えると新品なのに廃棄されているのだ。動作不良がありメーカーが在庫処分をしたとか、商品として完成した直後に他企業がより優秀な集積回路を出したとか。きっと、ろくでもない代物だったのだろう。次の獲物を掘り起こしたいが、ここらももう大分開発してしまった。もはや獲れるものは何もないだろう。そろそろ次の場所の開拓を始めよう。

 シリコンと液体金属の池を渡り空洞の端を壁に沿って歩く。掘り進むことができる場所がないか隅々まで観察していると、壁に張り付いている特殊合金の装甲板が酷く腐食しているのを発見した。先が尖った人工ダイヤモンドの破片を両手で持ちあげ、装甲板に擦り付ける。すると、まるで薄氷のように割れていく。やがて子供一人が通れる隙間ができると中へ潜り込んだ。

 ヘッドライトを点けると、奇跡的に通路のような空間ができていることができていることが分かった。しばらく道成に進んでみる。リアクターの制御棒を左に曲がり、ひしゃげた高速輸送船を通り過ぎる。きっと大型の産業廃棄物が天井を持ち上げたことでこの抜け道が出来上がったのだろう。歩き始めて数十分のところにそれは落ちていた。何かを探るために恐る恐る近づく。

 人型で女性のようなしなやかな体つきをしたロボットが横たわっていた。しかし、黒いショートヘアはもちろん、目や、鼻、指先まで人のものにそっくりであった。関節から覗く電磁球体関節や耳の部分に付いている排熱用のファンがなければこのまま病院へ連れて行ったかもしれない程だ。こんなすごい技術は見たことがない。

 しばらく眺めると、それの手元にはポジトロンライフルが転がっていた。最近では製造不可能なはずだ。ということはきっと昔のもの。

僕はそれが何かを結論付ける。

 「東洋の戦闘用のアンドロイド?」

 院の本で読んだことがある。このようなアンドロイドは希少価値が高い。21年前に終戦した東西大戦で損失した当時の技術で作られているからだ。しかも、ポジトロンライフルや背中にある飛行ユニットの破損はあるがこの個体の保存状態は素晴らしい。大抵、戦争に投入されたロボットやアンドロイドは原型を留めていないことがほとんどだ。特に人の形をしている東洋型は西洋の戦闘に特化したロボットとは異なり、見てくれが良いので一部の人間が己の特殊な欲望を満たすために使い潰すこともあったそうだ。そのため、自立行動できる機体は現存していないらしい。

 これだけの価値があるものなら、ビヨンネも認めるだろうと考えて運ぼうとする。しかし、頭の中で一つの試案が浮かぶ。もしこの古代の遺産を動かすことができれば。そう思ったのだ。僕が見つけたこれは、他のどんな資料に載っていたものよりも完全体に近い。なら、もしかしたら直せるかもしれない。そうすればこれの価値は格段に跳ね上がる。ビヨンネから配られる給料も一段と上がるに違いない。きっと自立できるくらいにはなるだろう。そうすれば、こんな暮らしからもさよならだ。

 「頭部に目立った外傷はなし、四肢もちゃんとくっついてる。服を剥いで中身を確認しよう。……ちょっと錆びているけど問題はなさそうだ。あとは戦闘用補助ユニットが壊滅状態だけど、ただ歩かせたり喋らす分には問題ないはずだ。問題はこの腹部だ。きっとメーザーか何かでやられたのだろうか、溶かされたような穴が空いている。発電機構が蒸発してるな。隣のバッテリーは生きているから再充電すれば大丈夫かな」

 バッテリーパックを取り出して眺めてみるが大分傷んでいる。ジャンプスタートをする必要がありそうだ。近くに電力を獲得できる場所を探すために、バッテリーパックを持ったままさらに奥へと進む。三分ほど経った頃だろうか、運が良いことに機動歩兵のモビルスーツの上半身部分が転がっていた。横の整備用ハッチをこじ開けると、アイズクロトロン社製全自動増殖式原子力電池と書いてあるものがあった。原子力電池ということは、おそらくこのバッテリーよりも旧式のもの。しかし、まだ動いている。きっとこのスーツ内で密閉されてたおかげだろう。だが、手元のバッテリーにはコルボダイン式増量型パワータンクと書かれている。製造元の会社が異なるため互換性が危ういが、他に電源となるものもないので充電の準備に取り掛かる。

 手元のバッテリーをスーツの配線に繋ぎ、運転席にある操作パネルで最大出力に設定し起動スイッチを入れる。すると大きな火花が飛び散り、バチッ!とショートしたかのような音が響く。慌てて電源を落とそうとするが既にヒューズが切れていたようだ。やはり違う会社の製品を無理やり繋いだせいか。急いでバッテリーの様子を見にいくと、先ほどとは異なり青白い幾何学模様が浮かび上がっている。多分充電できたのだろう。このスーツからは黒い煙が立ち上っている。ヒューズが切れたにもかかわらず、回路が焼けてしまったのだろう。

 バッテリーをアンドロイドのところまで運ぶ。途中、油で手が滑りバッテリーを落としかけたが問題無くたどり着くことができた。そしてアンドロイドの壊れた腹部に近寄り、構える。

 「これで起きるといいな」

 一気にガチッと音がするまでバッテリーを押し込む。腹部のパーツが稼働音を響かせるのを聞き、安堵したのも束の間。

 間髪入れずにアンドロイドはいきなり目を見開くと、僕を押し倒しどこから取り出したのかわからないサーモブレードを頸動脈の横に添える。ブレードからの熱を感じる。

 「薄汚い西洋人め、私に触るな!」

 とっさに押し退けようとしたが、僕の力では無理だった。何か声を出そうとするが、喉仏が上下するだけで音にならなかった。

 「どうした。何か言ってみろ。ここはどこだ。今は何年何月何日だ。言ってみろ。アホどもでも言えるはずだ」

 「ここはアメゴニア合衆国の、外れの廃棄物処理場だ。僕は戦争後の不景気で、両親に、売られてから、まともな、教育を、受けていないのでこれしか、わからない。あと、今は、2104年の1月13日、だ」

 やっとの思いでか細い声を発するが、舌はうまく回らなかった。アンドロイドは眉間にシワを寄せると再び口を開いた。

 「アメゴニアか、分かった。それと、2104年だと。29年もの間私は寝てたのか。……貴様、今戦況はどうなっている」

 「戦争、は終わった。西洋側、の、勝利で」

 ああ、余計なこと言ったかも。僕はこう見えても南米の異郷出身で分かりませんとか言っていれば助かったかもしれないのに。僕をまっすぐ見つめてくる黒の瞳の圧力に押されてしまった。

 「貴様、なんということを。……しかし、どうやらそのようだ。軍事衛星が機能停止している。あれが発する電波を感じられない。国があの衛星を止めるなんてことはしない。国へ帰り、軍部と連絡を取らなければ。きっと私もまだ何かの役に立てるはずだ」

 しかし、予想と反して、何もしてこなかった。少し、ブレードの位置が遠ざかる。少し余裕ができた僕は、今まで頭に溜めていた思考を発露させる。

 「まって。君は飛行ユニットを大きく損傷してる。だから、このまま僕を殺したところで本国には帰れない。それに、君は今発電機構を失っている。君は自分で充電できないから代わりに誰かが君の充電をする必要がある。僕は君を傷つけようとは思ってない。しかも、君の周りは終戦した今でも敵だらけだ。君の技術を狙った人がうじゃうじゃいる。君が帰れるまでここで匿ってあげるし、充電もする。君が帰れるまで僕が君をサポートする。だから、この刃を退けてくれないかな」

 死なないための常套な決まり文句を言うが、匿うと言ってもどうしたらいいのか全然分からない。

 「……貴様の言う通りだ。貴様を信じるしかないようだな」

 アンドロイドは自分の腹と背中側を見ると静かに呟いた。今更だが、東洋のアンドロイドってこんな流暢に話すのか。西洋式のものだと違和感のある合成音声しか話せないのに。

 「仕方がない、貴様を仮のマスターとして設定する。いいか、仮だからな」

 サーモブレイドの電源を切ると、僕を引っ張り上げ立たせた。

 「マスター認証ってやつは必要なのか」

 「私は貴様らを殺すために作られた。マスターとして設定しないと、私の視界で貴様が常にロックオン状態になってしまう。ロックオンは任意にもできるが、貴様のは強制的に表示される。うざくて敵わん。これは本来は、軍の最高司令官や己の部隊の隊長を登録し己が軍の一員であると自覚するためのものなのだ。貴様なんかに使うのが恥らしい」

 マスター登録を行なうと僕のロックオン状態が解除されるのか。まあそうだよな、軍の最高司令官を間違ってでもロックオンするわけにはいかないはずだ。

 アンドロイドはしばらく僕の顔を見て何かをした後、僕の手や体を弄り出した。

 「ちょ、くすぐったいってば」

 「私だってこんなことしたくない」

 しかめっ面で設定とやらを終えると僕の方へ振り向く。

 「私はこれからどうすればいい」

 少し柔和な表情になると下から見上げてポツリと言った。

 ……元々このアンドロイドは僕がこの苦しい生活から逃れるための鍵だ。最初はビヨンネに渡して政府に売ってもらおうと思ったがやめだ。彼に素直に渡すと、これは彼の手柄となってしまうかもしれない。このアンドロイドを上手く使える方法が見つかるまで僕だけで匿っていればいい。非常事態とは言え、匿うといってしまったし。

 「とりあえず、僕の孤児院にある部屋まで行く。あそこなら風呂や工具、充電用の電力もある。それにここに置いていくと、僕以外の誰かに見つかってしまうかもしれない」

 「わかった。私も死にたくはない。気は進まないが、今は貴様の言うことを聞いておこう」

 素直に着いてきてくれるようだ。よかった。ところで、仮とはいえマスターになったのだ。貴様呼ばわりのままなのだろうか。

 「マスターをマスターとは呼ばないのか」

 「当たりまえだ。マスター登録とは言っても、簡単にはそう呼ばない。私がそう呼んでも良いなと思った時だけだ。でも、貴様じゃ不満だというのなら名前で呼んでやる。言ってみろ」

 僕ではまだマスターに適していないと。しかたない、貴様よりはマシだろう。

 「僕はケンイチ。ファミリーネームは捨てた。僕だけ名前を言うのもおかしい。君もだ」

 「貴……ケンイチに教えるのか。でも、確かに不平等だ。私の名はリオ。ケンイチと同じくただのリオだ」

 


 






























 「おい、もっと優しく洗え。私の体はデリケートなんだぞ」

 「僕がなんで君の世話をしないといけないんだ。おかしいだろ。自分の体のケアくらいやってくれよ」

 アンドロイドの艶々とした合成素材の皮膚にこびりついた泥を、僕は一生懸命にタオルで削り落としているのだ。しかも今こいつは裸だ。無駄に人間に近いせいで目のやり場に困る。

 「なんで名前で呼んでくれないのだ。私は君じゃない。その言い方はなぜか腹が立つのだ。ケンイチが私のことを下に見てるみたいで」

 「実際そうじゃないか、僕があの時ビヨンネに、夕飯抜きでもいいからこの子も院に入れてくれって言わなきゃ今頃共倒れだ。それにな、君を隠すために僕のコートを貸したじゃないか。そのせいで僕は本当に指先の感覚が消えかけてたんだぞ。感謝してほしいね」

 「私だって、ケンイチに私の壊れた陽電子砲の部品を渡したじゃないか。それがなきゃお前は夕飯抜きだけじゃ済まなかったのだろう。本当はあんなジジイすぐにでも斬りたかったのだが」

 はあ……。

 あの鉱山の深部からここに戻ってくるまで五時間ほどかかってしまった。いつもは二時間くらいなのにだ。原因は、あの人工ダイヤモンドで作った道でのことだ。こいつは通りやすいように改造してやると蹴飛ばしやがった。アンドロイドのバカ力だ。すぐに装甲版は吹き飛んだ。だが、それがきっかけで僕の狩場は崩落し、道が塞がってしまった。僕らは抜け道を探すために引き返したがそんなものは無かった。例の空洞の崩落はひどく、掘り進めそうになかったので、別の脆そうな箇所をこいつに掘ってもらった。僕が掘った別の道につながると考えたのだ。結局、紆余曲折を経て、僕の坑道につながった。その時こいつは、私のおかげだ感謝しろと言ってきやがった。実際そうなのだが、もともとこいつのせいだ。少し転ばせてやろうと足を引っかけたが、逆に僕の足を蹴ってきた。余計に頭に血が上る羽目になった。

 孤児院についてからもそうだ。こいつはよくできているが、よく見ればアンドロイドだと一発で分かってしまう。鼻水がすぐに凍るような寒さの中、こいつにわざわざコートを貸したのだ。フードがついているので姿を隠せると思ったんだ。でも、最初はこいつ、着るのを渋りやがった。汚いからと言っていたはず。こいつも来ていた服はどろどろだったのによく言えたもんだ。まあ、でもビヨンネにこいつも入れてもらえるように説得したときには助かった。帰ってくるときに拾った携帯端末をビヨンネに差し出したが、このガキも一緒に入れるんならこんな価値のものじゃ足りない、と言ったのだ。その時にこいつは静かにビヨンネにポジトロンライフルを差し出したのだ。ビヨンネは目をひん剥いて黙った。その隙に僕らは僕の部屋まで戻って来ることができた。

 ようやく全ての泥を落とし終わり、こいつを乾かし服を着せる。風呂に入れてみたらわかったが、こいつはかなりの美形だ。さすが東洋の技術といったところか。ちゃんとした服があれば様になったのだろう。しかし、こいつが着ていた服は洗濯中で今は僕の服しかない。普段使っている探索用の作業着だ。茶色一色で所々に道具を引っ掛けるフックがついている。しかも、作業中に引っ掛けてできた穴付きだ。

 椅子に座って服をたくし上げてもらい、腹部の損傷部分に付いた水滴を拭く。本人曰く完全防水らしいが、壊れてからでは遅い。

 「塵が入らないように穴を塞がないとな。何かあったかな」

 僕は作業台の上を眺めて、何か良い素材がないか探す。しかし、普段基板の修理などに使っているため、電子部品の山に隠れてよくわからなかった。

 「私は別になんでもかまわん。ニホンへ帰ったら完璧に修理してくれるしな」

 テープが作業台の横に引っ掛けてあるのを思い出した。テープ……まあ良いか。僕も困った時には何かとテープを使うことが多い。大戦時には、戦艦の補修にも使われたくらいだ。同じ兵器であるこいつも多分イケるだろう。

 作業台の手前側にあった工業用の分厚いテープを手に取り貼っていく。少し、面白い反応を期待していたがこいつは何も言わない。

 「あのさ、少しは灰色のダクトテープを貼られることに疑問を持ってほしいね。ほら、こっちに花柄の可愛いのがあるぞ。どうする、まだ間に合うぞ」

 「なんだ、私の容姿を気にするのか?私は基本的に自分の格好は気にならない。機能的に問題ないのだから変な気遣いは要らん。でもそうだな、ケンイチが私にとって……になれば考えてやってもいい」

 「いや、別に僕は君がどんな格好をしようと構わない。ただからかってみただけだ。ところで、僕が君にとって何だって?」

 「え、私にとって奴隷のような存在だ。リオ様僕にお仕置きをしてください、とか言ってみたらどうだ。少しは私の心も動くかもしれんぞ」

 「それだったら一生君はお洒落することはない。僕は君の奴隷にまで成り下がるつもりはない。それと君は奴隷の認識を間違ってると思う」

 水も入らないようにテープをぴったりと重ね、2段目を貼り始める。

 それにしても、こいつは僕を疑わないのか。今ならバッテリーを抜いて無力化することもできる。警戒するべきじゃないのか。それなのに、こいつは僕の部屋をキョロキョロと見ている。

 「……なあ、僕が孤児院に連れていくと言ってどこか別の場所に連れてかれるとか考えなかったのか。僕は西洋人だ、君にとっては敵でもある。今だって、僕が何をするかわからないだろう」

 これを期に疑り深くなられても困るのだが、興味の方が打ち勝ってしまった。

 「ケンイチは戦争に関係ない。それにな、私はこう見えても兵器だ。ケンイチのようなひよっこ1人くらいどうにでもなる。……というのは建前か。ケンイチは私が何で機能停止していたかわかるか」

 「メーザーで腹を焼かれたからじゃないのか」

 「いや、違う。これはきっと、私が眠っている間にできたものだ。少し話が長くなるが、ある日のことだ。第二十七突撃機兵大隊のな。その日、私達は、敵兵力の視察をしに行ったのだ。しかし、私達は敵兵に包囲され逃げ場を失った。仲間は飛行ユニットを使い空から包囲網を突破しようとしたのだ。だが、私はユニットを破壊されていて逃げる事は不可能であった。しかし、別の作戦を考えてる暇もなかった。私は彼らに置いて行かれたのだ」

 「それはなんというか、その」

 「同情なんか求めていない。あれはあの場で最善の行動だった。少佐は間違ってはいない。そのあと、私は走り続けた。生き残るためにな。敵に見つかっては逃げ回っていたのだ。何日か走った後にとある西洋人に捕まってしまった。奴は私に、ニホンへ返してやるからついてこい、と言った。それに縋るしか道はなかった。敵地のど真ん中で私の居場所なんかないに決まっていた。その男の言葉ももちろん最初は疑った。だが、奴は私に非常に良くしてくれた。寝床も用意してくれたし、食事も用意してくれた。アンドロイドなのにだ。私は奴と一週間ほど過ごすうちに奴を信用するようになった。しかし、ある日奴は私をとある市街地の裏道まで誘い込み言ったんだ。『バカめ、俺様がお前に良くしたのはなんでだと思う。ここに連れてきて売るためだ。金だ。金だよ。この世は金がなきゃ何にもできねえ。俺様は低階級だ。今までどんな酷い暮らしをしていたか知らないだろ。何度も死ぬより苦しい思いをした。遊郭で働くには容姿が重要だからな、お前は高く売れたさ。ありがとよ、俺様の輝かしい余生の糧になってくれてよお。せいぜい頑張るんだな』と。私は気づいたときには屈強な男どもに取り押さえられていた。その後は覚えてない。きっと、覚えることを拒否したのだろう。私があそこで寝ていたということは捨てられでもしたのだろうな。だが、私が再び目を覚ましてケンイチを襲った時に思ったのだ。こいつは殺しにかかっている私に対して嘘を吐いてまで自分を守ろうとしないのかとな。ケンイチはあの時幾らでも誤魔化しようがあった。私自身が混乱しているのは会話をしていて分かっていたはずだ。嘘を言われても嘘だと分からないと気づけたはずだ。なのにそれをしなかった。だから、少しぐらい信頼しても良いんじゃないかと考えただけだ。しかも実際に有言実行したのだ。私を国に返すと信用するに足ると判断するには十分だろう」

 テープを貼り終えた刹那に、爆音と閃光が迸る。

 視覚と聴覚が潰される中、何者かが部屋に入ってきた感覚を辛うじて感じる。

 「誰だ」

 「やはり……。国のレーダーがコルボダインの製品の信号を捕まえたんで来てみたんですよ。なんせあの会社の技術はロストテクノロジーそのものですからね。アメゴニアの未来のためにはどうしてもそれが必要なのです。だからね、会社が無き今はこうやって過去の遺物を回収して分析するほかないんですよ。今回は大当たりですね。実際に動いているコルボダイン製のアンドロイドなんかみたことありませんよ。玄関にいた紳士の方に『交渉』した甲斐がありました」

 ようやく白一色だった視界に色が入り込んだ。すると、全身を黒のスーツでまとめ、黒のマスクとサングラスを着けたシルクハット帽の男がいた。

 「さて、君はどんな技術を我々に恵んでくれるのですかねえ。楽しみですねえ。きっと輝かしい未来が待ってます。ささ、こちら側へ来ていただけますか」

 「私が貴様らに渡すものなんて何一つない。それに私にはもはや何もない、武器もほぼ全て大破している。技術的な価値などない」

 こいつの戦闘能力は現在ほぼ皆無。そのため、シルクハット野郎はプラズマグレネードを使っていたことを考えると勝てる見込みは無い。交渉するのは当然だ。だが、奴は心底つまらなそうな表情で言い放つ。

 「ああ、はいはい。そうですか、そうですか。なら仕方ありませんねえ」

 そして、奴は拳銃型の何かを取り出して引き金を引く。

 とっさに顔を背けるが、炸裂音がしなかった。不発だったのだろうか。

 「コルボダイン製簡易ハッキング装置です。どうです、効くでしょ。君が製造された5年後に開発された代物です。おそらく旧型の陳腐なセキュリティプログラムではこれは防げないでしょう」

 ハッキングって……。

 そう思った矢先。肩のあたりに何かぶつかってきた。ふわりと柑橘系の清潔な匂いがした。

 「彼女にクラッシュドライブを転送して無力化しました。彼女の持ってるデータも欲しいので完全に破壊したわけでは無いと思いますが、回復させるには特殊な機械が必要です。後、数十分もすれば回収隊が来ます。諦めてくださいねえ。と言うか、国の未来のためです。国民であるあなたが協力するのは当たり前でしょう。あなただって、アメゴニアのより良い未来が見たいはずです。ああ、でも、あなたは彼女をまぐれでも起動してくださいましたし、あなたが素直に彼女を引き渡すというのなら御褒美に300億ドル差し上げます。外のクアッドコプターの前で待っているので5分以内に来てくださいねえ」

 「どうせ最終的に彼女は捕まるのです。それに、我々もこのハッキング装置のことはよく分からないんですよ。なんせ、実験段階の代物でしてね。もしかしたら、もう彼女は壊れてしまっているかもしれません。あなたとお話しすることはもう二度と無いかもしれません。まあ、我々にとって彼女が起きようが起きまいが関係ありません。脳内のデータは惜しいですが、彼女のボディのみでも大変な価値があるのでね。精々、無駄な足掻きをしないことですね。我々の手間が増えるだけなので。賢明な判断を期待しますよ」

 そういうと奴はさっきの爆発でできたと思われる壁の穴を潜り、煙の中へと潜っていった。

 僕は左肩にかかる負荷に耐えきれずに床へと倒れ込む。

 300億ドル。奴はそう言った。こんな大金を得られる機会なんてもう二度と来ないだろう。僕1人だけなら一生豪遊できる。こんな糞みたいな生活からやっと解放される。思えば長い日々だった。物心ついた時から僕はビヨンネの奴隷だった。毎日毎日凍てついた廃品の鉱山を開発する日々。衛生環境は劣悪で何人もの孤児が死んだかわからない。しかもある日を境に、抑圧された孤児たちの感情はやがて僕に向いたのだ。きっと体格が他の人よりも劣っていたからだろう。食事を盗まれたり、殴られたりする分にはまだ良かったが、孤児たち共通の狩場を追い出された時は流石に焦った。でも、1人で、誰からも目につかないような端でちまちまと新たな坑道を発掘するようになってからは手を出してこなくなったので助かった。

 灰色のダクトテープが作業台から落ちてきた。

 やっと、やっとだ。僕の新たな人生が始まる。この荒みきった心もきっと癒される。そうだな、最新鋭の家電も揃え放題だ。マッサージキューブに分子立体造形機、超大型ホログラムスクリーン。それに、もうこんな泥臭い服も着なくていいのだ。ファッション雑誌でも眺めながら好きにコーディネートできる。庭に温水プールなんて付けてみたらどうか。きっと、スイスイ泳ぐと気持ちがいいのだろう。ただ、何も考えずに浮かんでみるのも良いかもしれない。

 テープが転がった先には、さらさらとした黒髪があった。

 それに、豪邸に住むならメイドが必要だ。家事もしてくれるし、僕の話し相手にもなってくれる。最近では家庭用のメイド型ロボットのラインナップも増えているはずだ。この廃棄場にも残骸が多く放棄されてるぐらいだしな。きっと可愛い子もいるのだろう。なんせ300億ドルだ。全ての種類を集めるくらい余裕だろ。そうだ、ダグラスシュバルツ社は最近東洋人型のロボットの開発を始めたらしい。それも買ってみよう。

 黒髪の隙間からは黒い透き通った双眸が覗いている。

 それに、ほら、友達だって雇えばいい。盛大なパーティーでも開こうじゃないか。最高のシェフが作った料理をみんなで食べるんだ。お腹一杯とはどんなものなのか試してみたいな。他にもゲームしたり、映画を観たり、中身のない話をしたり。きっと充実した生活が送れるさ。

 『戦闘用のアンドロイド?』

 それに、あれだ。もう寒い思いをしなくて済む、はずだ。

 『君が帰れるまでここで匿ってあげるし……』

 それに……。

 『貴様を信じるしかないようだな』

 それに……。ああ、くそ。











































 気づけば僕はリオを発見した場所に来ていた。

 隣には相変わらず眠ったままのリオがいる。

 自分でもよくわからないことをしたものだ。奴の回収隊が今頃は僕らを探して彷徨っているだろう。いくら廃棄物から生じる電磁波で捜査を妨害できるとしても、いつかは見つかってしまうのだろう。

 さっきからバッテリーを脱着して再起動を試みたり、少し強めに頭を殴ってみたり、語りかけたりしてみたが結果は変わらなかった。機械というのは理論通りの反応しかしないのだ。奇跡のようなことが起こるはずがない。涙がこぼれ落ちて目覚めるだとか、目覚めのキスでどうとかはないのだ。僕は多少の工学の知識があるものの、リオのような複雑な機械まで開発できるような知恵なんて持っていない。それに、僕だけじゃ無い。リオはロストテクノロジーの塊だ。この星にいる全ての人類にとってもできたものじゃ無い。シルクハット野郎もよく分からないと言っていた。もう、僕に出来ることはなんか何一つ無いのだろう。このまま奴にリオを盗られてしまうのだろうか。

 喉から込み上げるものをそのまま出していく。

 「君は僕の人生でやっとできた仲間なんだ。僕は家族に捨てられて、孤児院でも友達なんて出来なくて、全てが鈍色に見えてたんだ。でも君が目覚めて、話して、関わっていくうちに、君とならその鈍色も美しく見ることができるのではないかと思った。もっと違う色の世界があるのではないかと。君は僕を信頼すると言ったね。僕はそれがとても嬉しかったんだ。誰からも必要とされない中で、自分の居場所をやっと、見つけられたんだ。豪邸で1人寂しく暮らすよりも、少しだけ、良いかもしれない。だから、もうちょっとだけ、君の、……と、して、いさせて、くだ……」

 リオは虚空を見つめ続けているだけだった。もし目覚めたら、そんなクサイセリフなんざ聞きたくない、とでもいうのだろうか。

 僕は冷たい潤滑油の池の中でうずくまった。部品の隙間から月明かりが差し込み、歪みきった装甲板や、濁ったアクリルの窓を鉛色に輝かせている。天井から滴り落ちる冷却水が波紋を立てた。静かに音が反響する。他には何も聞こえない。

 この錆びれた鉄屑が織りなす洞穴は、様々な企業によって形作られている。彼らの負の遺産の塊なのだ。戦争に使われた兵器の数々は壊れたら使い捨てにされ、地に帰ることもなく横たわり続ける。今でも産業廃棄物が定期的に送り込まれ、山の高さは常に変動し続けている。でも、それが今は心地よい。体にこびりついた泥も、靴に染みた油やシリコンも無価値な自分を認めてくれるような感じがするのだ。この冷え切った金属と溶け合うことが出来たらどんなに幸せか。何も考えずに、自分が冷たいことも知らないまま朽ち果てていける。しかし、体から発せられる熱は凍ることを拒み、吐き出される白い息は生命の音を醸し出す。僕は、まだ逃げることを許されていない。まだ、リオとの約束が残ってる。リオをニホンに帰すと僕は言った。男に二言は無い。

 考えろ。まだ、何か方法があるはずだ。世界が僕らを捨てたんだ。僕だって、リオと一緒にいられない世界なんか捨ててやる。運命なんて舐め腐ったもんなんかに従ってやるもんか。国のためだ?輝かしい未来のためだ?そんなん知ったこっちゃねぇ。僕にはそんなもの価値が無い。リオと紡ぐ汚れた未来の方が何倍も良い。

 僕は頭に何度も拳を入れて何かの策を叩き出そうとする。頭より手が痛くなってきた頃、突然脳内に光が生まれた。

 ……コルボダイン製のハッキング装置。奴はそう言った。なら、戦争時にコルボダインと敵対していた勢力はそれの対策をするはずだ。シュタインリボルデン、アルバート、ダグラスシュバルツ、レニアスカノット、ファリシア……そしてアメゴニア最大の企業、アイズクロトロン。

 アイズクロトロンの製品の中に、ハッキング装置を無効化できるものがあるはずだ。リオは戦争最初期に作られ、あのハッキング装置はおそらく中期、ということは後期に作られたアイズクロトロンの製品なら、もしかしたら。

 僕はリオのバッテリーを充電したモビルスーツのあるところまで来た。僕の記憶だと、このモビルスーツはアイズクロトロン製。なら近くに何かあるかもしれない。

 手の皮膚が部品の断片に裂かれ、鮮血が滴る。さらにその傷口にシリコンが入り込み激痛が走るが、そんなことに気を配っている暇なんかない。僕はガラクタの山をかき分け、あるかもわからない製品を探す。無いことの方が遥かに確率は大きいだろう。ここのモビルスーツはリオよりも前に製造されているのだ。戦争後期のパーツが何か一つでも見つかったら奇跡だろう。

 この無駄な作業を始めてどのくらい経っただろうか。山をかき分けていくうちにモビルスーツはゴミで埋まってしまった。あたりを見渡すと、ここらに軽い空洞ができてしまっている。すると突然、耳を塞ぎたくなるほどの金属が擦れ合う音が響き、天井が崩落してきた。僕はとっさに元来た通路へ跳ぶ。

 しばらくすると、崩落は止んだ。そこにできていた空洞は消え去り、これ以上探すのは無理そうだ。落胆と悔しさが膝を折る。地面をただ見つめることしかできなかった……。しかし、新たに地面に散らばったガラクタの一つにだんだんと焦点が合ってくる。

 「非常型演算回路除去装置タイプΛ……アイズクロトロン、2082年製」

 そこに書かれていた言葉を何となく読み上げる。そして空っぽの頭の中でゆっくりとその意味を分解していく。アイズクロトロンの戦争最終期に作られたものだ。そしてこの機械は、この機械は……。コンピュータウィルスの除去装置。ということは、もしかしたら、もしかしたらだが、使えるかも。

 僕は先ほどまでの疲労感が嘘だったかのようにリオのもとへ駆け出す。

 奴が使ったハッキング装置はあれ単体で機能していた。奴が自分でハッキングしたんじゃ無い。ということは、今リオを縛っているのはきっと大戦中期に作られた固定プログラム。この機械で十分対応できるはずだ。

 リオの元へ駆け寄り、手元の機械の使い方を考える。

 あのハッキング装置と違い、これはAEDみたいに二枚のパッドと本体が付いている。説明文的なのは掠れて読めない。元々アンドロイド用に作った訳ではなさそうなので、図解も意味がない。とりあえず、僕は震える手でパッドをリオの頭へ二枚とも付けた。次に本体の電源ボタンを押す。薄紫色の立体ホログラムが飛び出し、色々な情報を提示しているがよくわからない。僕は一回深呼吸して本体部分のスタートボタンに指を乗せた。震える指をもう片方の手で押さえる。

 「お願いだ……起きてくれぇ……」

 僕はゆっくりと指を押し込んだ。

 ホログラム上に様々なインジケータが浮かび上がる。しかしどれもうまくいっているようには見えなかった。薄紫色のホログラムは赤一色に染まっていく。やがてエラーの文字まで出てきてしまった。遂には、手動操作に切り替えます、と表示されるとキーボード型のホログラムとリオのプログラムが展開されたものが浮かび上がった。

 またもや、僕は邪魔をされた。

 「おい、嘘だろ……。プログラミングなんか僕にはできない。何もできないじゃないか。どうすれば良いんだ。やっと、やっと希望が見えたのに。ふざけるなあああ!」

 視界が明滅する。過度なストレスと疲労が原因だろう。

 もう無理なのか、諦めろというのか。再び顔を上げ、ホログラムの情報を見る。……どういうわけか、勝手に新たなコードが打ち込まれていた。

 「//ケンイチの悲鳴なんざ聞きたくない」

 「え……」

 コードだと思ったそれは、リオの声だった。脳内がかき回され、思考が露散する。何の言葉も紡げないでいると、新たなコードが書き込まれていった。

 「//あのな、あのハッキングの銃は私の思考と体の稼働部分を遮断するプログラムが入っていただけなんだ。きっと、コルボダインが遊びで作った試作機だったのだろう。だから、その、なんだ。ケンイチの声は全て聞こえている。その、あれだ、うーんと……色々とありがとな」

 リオには意識があるのか。よかった、仮死状態じゃなくて。でもいつからだ。いや、倒れた時からか。ということは、僕の黒歴史に残るような台詞も聞いていたのか。うわあ、顔向けできないじゃないか。ああ、恥ずかしい。

 「くっ、あ、あれは君を奴に渡すより、国に直接売りに行った方がいいと思ったからだ。300億ドルなんてへぼい金額で満足するはずないだろ?勘違いするなよ。本当だぞ」

 「//あー、はいはい、わかりました。でも、ケンイチのあの言葉は一生忘れないから覚悟しとけよ。うれしかったんだからな。アンドロイドの記憶力を舐めるなよ。未来永劫に残してやる」

 く、こいつ……。

 「//時間もないからな、話を戻すぞ。私も裏側で色々やったのだがな、そのプログラムはプロテクトがかかっていて私の方からは操作できないのだ。だからケンイチの方から削除してくれ。しかし、ケンイチはプログラミングができないと言っていたな。安心しろ、私がついてる。こちら側から指示を出すから、その通りに動いてくれ」

 少々やるせない気持ちが心に張り付いているが、このままでは凍死しそうだ。それに、まずはリオを起こさないと。

 「わかった。僕は何をすれば良い」

 「//素直でよろしい。それじゃあ、まず、ウィンドウの254ページ目を開いてくれ」

 254ページ目を開く。キーボード操作しかできないので、コマンドを使って操作していく。手がかじかんで早いタイピングができないことに焦りを覚える。

 「//そしたら上から7、8、9行目を消してくれ。それが終わったら10945ページ目だ。それと、何も焦ることは無い。このプログラムは時間がたつたびに強力になるとかはない」

 リオの言葉を聞いて少し安堵するものの、早まる気持ちは抑えられなかった。

 「//そんなに私に会いたいのだな。仕方ない。でも、もう少しだ。頑張れ。今度は下から44、45、47、62行目だ」

 いつもなら何か返すはずのリオの軽口も、今の僕の耳には入らない。先ほどの洞窟内の反響音ももはや聞こえない。

 「//……最後に私の手を握って、名前を呼んでくれ」

 「それ、意味あるのか?」

 「//ああ、あるとも。それをしなきゃ一生起きないぞ」

 こんなことをしている場合なのか。そう思う一方、僕の手はリオの手と重なり合い、強く絡み合う。そして……

 「り、リオ?」

 すると、リオは以前のように突然は跳ね起き、握っていた僕手を引いて抱きつく。

 「やっと名前で呼んでくれたじゃないか。それでこそ仲間だ」

 やわらかい手と、温かい体が僕の昂った心を静める。このまま、しばらくじっとしていたい。ところがリオは何かを見ると眉間にしわを寄せて僕を引きはがした。

「それと、こんなに傷だらけになって、痛かったろうに」

 リオの視線は、僕の傷ついた腕に注がれていた。感染症の心配があるが治療するための道具がない。

 「別にいいさ。元々汚れてたんだ。今更どうってことないよ」

 「ちょっと待ってろ」 

 リオはサーモブレードを構えると電源を入れた。刀身が赤く輝き始め、熱を帯びる。

 「え、何を」

 僕は言葉を発する暇もなく、腕に激痛が走るのを感じた。何事かと見てみると、サーモブレードの刃を寝かせて傷口に当てているようだ。

 「まだ血が出ていたんでな。いきなりの方が痛みは少ないと聞いたので手早くやらせてもらった。もっと高性能な治療器具が有れば良かったのだが、悪いが今はこの方法しかないので我慢してくれ」

 僕は内心殺されるのかと思ったので、理由を聞いて安心した。

 リオは傷口から血が出なくなったのを確認すると、再び僕に腕を回してきた。

 僕もリオに腕をかける。お互い油でギトギトしていたが、気にすることはなかった。するとリオが僕の顔の横で呟いた。

 「私は、ニホンに帰らないことにした」

 そうか、シルクハット野郎は言っていた。今は無きコルボダインと。リオはそれを聞いていたはずだ。もはや、帰る理由が消えてしまったのだろう。

 「すまない、僕も知らなかったんだ。まさか、コルボダインが消えてるなんて。戦争で負けて、技術を失っても、まだ活動しているのかと思ってたんだ」

 「ん?ああそうか。ケンイチは何か勘違いをしている。ケンイチと同じだ。私も母国以外で自分の居場所ができたからな。自分の意思で帰る必要はないと決めたのだ。コルボダインの倒産は関係ない。それとそうだ。あの花柄のテープはあるか」

 「あのテープは院の中だ。今君を探してる奴らが院とこの周りにはうじゃうじゃいる。だから、どうするか考えないと」

 「そうか、残念だ。せっかく私が貼る気になったのに。まあいい、ならとりあえず北上してアメゴニアから出よう。そうすれば奴らも私たちに手出しできなくなる。そのあとはまた考えよう」

 「それがいい。さっそく行動しよう。さっきの崩落の音を聞いて奴らがここに集まってくるかもしれない」

 「ああ、行こう。マイマスター」

 僕らは繋いだ手を離さずに、まだ見ぬ世界へと歩みを進めた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

実は少し続きを書いて貯蓄してあるのですが、どうも話が進まず中途半端になってしまったので切りがいいここまでをあげさせていただきます。

意外と人気が出れば続き書くかもです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。SFの世界観に魅力を感じます。 [気になる点] 物語が途中で終わってしまっている感じがするのが残念です。 [一言] 次回作も楽しみにしております!
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