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翌朝、私はいつもよりも少し早めに目を覚ます。つい先日まで敵対していた国にいるということが、自分で思っているよりも精神的にきているのかもしれない。
……もしかすると、書庫が楽しみなだけかもしれないが。
「……陛下は寝ていらっしゃるようですし、もう少しゆっくりしていても大丈夫でしょう」
本当に隣で寝てしまった陛下を見つめながら、そう判断すると、私はベッドから起き上がる。
そして、何故陛下がここで眠ってしまったのかを考え、行き着いた答えに私は息を吐く。
……多分、私を守るためなのでしょう。
私がもし、ここで死ぬことになればエリアスティル王国に再戦の理由を与えることになる。それを、防ぐために。
……まぁ、あのお父様が再戦などさせないと思いますが。
「……落ち着いた頃に、手紙を出したいものですね」
「出したければ出せばいいだろう」
「陛下っ……それは、いえ……。起こしてしまいましたか?」
私の独り言に平然と答えた陛下は、私の慌てように薄く笑みを浮かべた。
「起こされた、というわけではないから安心すると良い。そろそろ起きなければ、また煩いヤツが起こしにくるというだけだ」
煩いヤツといわれるような人が気になる。そういえば、あのお父様も陛下にそう呼ばれていた気がする。
少しだけ、懐かしさに浸っていると、陛下が思い出したように口にした。
「あぁ、それと家族への手紙であれば好きに出すと良い。中は確認されるであろうが、当たり障りのない内容であれば問題ないであろう」
陛下はそれだけ告げると、水を飲みそのまま部屋を出ていった。
それにしても、人質にも等しい私を何故、こうも手厚く扱うのか。同情かとも思ったが、昨日の様子からそれもないであろう。
「……いえ、考えるのはやめましょう」
どうせ答えなんて出ないのだから、考えるだけ無駄だ。そう切り捨てると、微かに足音が聞こえてきた。
「失礼致します。本日より、王妃殿下の側仕えとなりました、ミリアと申します。お着替えのお手伝いを……」
「よろしくお願いします、ミリア。ですが、着替えならば自分で出来ますから問題ありません。あぁ、でも顔を洗いたいから水を用意してもらえるかしら?」
「承知致しました」
ミリアは、私が着替えの手伝いを要らないと言ったことに驚いた様子だった。普通の貴族であれば必要なのだから、その反応は普通と言えるだろう。だが、さすがは王宮の侍女と言うべきか、すぐに切り替えていた。
「お持ち致しました」
「ありがとう」
諸々の準備が終了すると、朝食が運ばれてくる。少し変わった香りに、ここがエリアスティル王国ではないのだと改めて理解させられる。
「この後、書庫に行きたいのだけれど、大丈夫かしら?」
「書庫、ですか?確認しておきます」
「えぇ、お願い」
ミリアが退出すると、私は出された朝食を食べ始める。エリアスティル王国とは味付けが変わるものの、これはこれで好きかもしれない。そんなことを思いながらのんびりと食べているうちに、確認を終えたのかミリアが戻ってきた。
「王妃殿下、問題ないそうです。ただ、再来週にパーティがあるため、採寸の予定が午後に入っております」
「分かったわ、ありがとうミリア。それじゃあ、早速行きましょうか」
「ご案内致します」
「えぇ、お願い」
そうして書庫に向かったわけだが、視線が痛かった。来たばかりであるし、敵国の令嬢となれば当然かもしれないがしばらくこれが続くと思うと辟易する。逃げるようにして書庫へ入ると、その蔵書の数に私は感嘆をもらした。
「ミリア、悪いけれど各領地について載っているものを探して欲しいのだけれど……」
「それでしたら、奥の棚にあるかと思います」
ミリアの言葉通り、奥の棚に私の求めていたモノがあった。それをいくつか手に取ると、部屋へと戻り読み始めた。