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第六話「あたたかくて寒い」



「お、お前……! 本当に、人間か……ッ?!」


 腰を抜かした男が恐怖に染まった目で見上げて、悲鳴じみたかすれ声で言う。


 完全に準備を整えてきた玄人(プロ)ならば、襲撃を仕掛けてくる前、こちらのことは嫌というほど調べているだろうに、なぜ今さらそんな言葉を吐くのか。

 だがその理由に興味などなく、ただ無言で見おろし、魔術で作り出した氷槍でその喉を貫いた。


 人を揃え、道具を整え、時を選び、しかしその上で失敗した刺客たちの最後の一人が、それ以上の声をあげることも許されず絶命する。

 ドサリと重たいものが落ちる音がして、静寂が戻った。


 望んでもない地位に就かされ、迷惑でしかない称号が勝手に降ってきたせいで命を狙われるようになって、どれくらいの時が経っただろう。

 襲ってくるのは、この国の民のふりをした他国からの間者であることもあれば、味方のはずの軍内の人間であることも、今日のようにあきらかに暗殺の玄人と思しき集団であることもあったが、相手が何であろうと彼の対応に変わりはない。


 乱戦の中、可能であれば何人かは意識を奪うだけで生かしておき、後は始末する。

 終われば魔術で伝令を放ち、処理班を呼ぶ。


 そして自分は、今日は襲撃を受けたのが真夜中の自室であったため、同じ建物内にある空き部屋に寝床を移し、そこでまた眠る。


 襲ってきた者を始末することと同じように、彼にとっては眠ることもまた作業の一つだった。

 食べることや、仕事をすることも同じように。

 すべては作業であり、面倒なことからは適当に逃げながら、ただ淡々とこなしてゆくだけの日々だった。





「クロちゃん」


 ふと、自分を呼ぶ声が聞こえた気がして、目を覚ます。

 なぜかまぶたが腫れぼったくて開けにくいが、気配を探ればもうマリスはこの部屋にいないとすぐ分かり、落胆した。


 やわらかな声で彼を「クロちゃん」と呼ぶ、彼女は今そばにいない。


 今日も今日とて彼女を行かせまいと服の裾を掴んだような、あやふやな記憶があり、そのおかげかいつも通りクロはマリスの寝間着に顔を突っ込んで寝ていた自分に気付いた。

 その服がなぜか湿っぽい気がしたが、マリスは寝台で水をこぼすようなことはしないだろう。


 気のせいか、と内心首を傾げながらも起き上がり、日課と化してきた追跡から逃れるための魔術の更新をして、寝台を降りる。

 今日もマリスが暖炉石で部屋をあたためてくれるから、裸足でも肌寒さを感じることはない、はずだった。


 それなのにどうしてか、寒い。


 マリスがいないからだ、と過去の経験からクロは判断する。

 この部屋はいつもあたたかいが、マリスがいないと、自分の感覚器官は時おり誤作動を起こしたかのように、無いはずの寒さを捉えるのだ。


 なぜそんなことになるのか、その理屈はクロには分からない。

 何もかもが作業でしかなく、行動に感情がともなうことなどなかったのに、目覚めてマリスがいないと察知した時“落胆した”のがなぜなのか、自分のことなのに理解できないのと同じように。


 無意識に首元に手を伸ばし、かすかな金属音を鳴らす銀色のタグに触れた。

 マリスが革紐で首から下げた対のそれを舐めた時、密かに彼女の状態と位置を探る魔術を仕掛けたので、その気になればいつでもクロは彼女の元へ行くことができる。

 それを思い出すことで、自分をなだめる。


 そこまで考えて、ふと、クロは顔をしかめた。


 自分を“なだめる”?


 今までそんな必要があったことなど、記憶に無いというのに、これは何なのか。

 それに、まぶたの腫れぼったさがなかなか治らず、頬が引きつれるような感覚もあり、これもまた理由が分からない。


 不愉快な現象だ。

 けれどそれはマリスが帰ってくれば、彼女があの優しい緑の目に彼を映してにっこり笑ってくれさえすれば、すべて忘れてしまう程度に些細なことだと、この一ヵ月ほどの生活ですでに学んでもいる。


 クロは小さくため息をこぼすと、あたたかくて寒い部屋を横切って浴室で顔を洗った。

 そしてマリスが用意しておいてくれた朝食をとると、また寝台へ戻ってマリスの残していった寝間着を腕の中に引き込んだ。


 マリスの匂いがする。

 そのことに“ホッとする”。


 すると体から力が抜け、意識がまどろみにたゆたい、記憶がその声を手繰り寄せた。


「クロちゃん」


 夢うつつに、ここにはいないマリスの声を聞く。

 そうしてまた眠りについたクロは、自分がかつて存在したことの無かった穏やかな微笑みを浮かべ、幸福な記憶に意識をとかしたことを知らなかった。


 これまで作業でしかなかった睡眠が、いつの間にかごく普通の“眠り”になっていることに、『普通』を知らない彼はまるで無自覚だった。




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