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第四話「同期からのアドバイス」



「あ、ラーク。お前、拾ったって言ってた犬、どうなった?」


 食堂で昼食をとっていると、同期のウィル・コールジットが声をかけてきた。


 彼はほとんどの魔術師がそうであるように、貴族の家の出身である。

 しかし孤児院出身のマリスを見下すことなく普通に接してくれるし、自分の家でも犬を飼っていたこともあって、彼女が拾ったケガをした犬のことを純粋に心配しているらしい。


 なので向かいの席に食事のトレーを置いて座ったウィルに、マリスはクロのケガが治ってきて、食事が普通に食べられるようになってきたことを話した。


 明るい栗色の髪を長くのばしたウィルは、一つに束ねたそれを食事の邪魔にならないよう背に流してフォークを取りながら、マリスの話に頷く。

 魔術師は魔力を溜めておくためだったり、儀式や何らかの魔術の代償にするために髪をのばしている者が多かった。


「そうか、良かった。もしあまり具合が良くないなら、獣医を紹介する必要があるかと思ったんだ。普通の医者じゃあ犬は診てもらえないからな。だけど貴族お抱えの獣医は、数が少ないし診療代が、なぁ」

「うん、そうなんだよね。そもそも犬を診てくれる獣医がどこにいるかとか、調べたこともないから分からないし、治療代の相場も分からないし。心配だったけど、回復してくれて本当に助かったよ」


 ウィルは以前聞いたマリスの犬の話の奇妙さに、室長と同じく彼女が拾ったのは本当に犬だろうかと疑問に思っていた。

 だから様子見に話しかけてみたわけだが、今話しているかぎり、やはりマリスはそれを犬だと思っているようだし、とくにおかしな言葉を使って彼を戸惑わせることもない。


 もしかしたら本当にただの犬かもしれないし、実家にいた頃は飼い犬を可愛がっていたウィルは、ならば犬飼育の初心者であるマリスにできるだけ助言してやろうと決めて話を続けた。


「じゃあ、今度は散歩だな。犬は適度に運動させてやらないといけないんだ。うちで飼ってたのは血筋のいい猟犬だったから、父上が犬の世話係を雇って毎日散歩させてたが。ラークは一人暮らしだったよな。できそうなのか?」

「それが、うちの子はあんまり動きたがらなくて。まだ寝てる時間も長いから、回復しきってないんだと思う。外に出たがったら連れて行くつもりではあるんだけど。あ、でも、引綱(リード)とか用意してない」


 話しながら、初めて気づいた、という顔をしたマリスに、ウィルが呆れたように言った。


「まさかお前、首輪も買ってないんじゃないだろうな?」


 う、と言葉に詰まった。

 ケガの手当てと食事をとらせることで手一杯で、それ以上のことに頭が回っていなかったし、何しろ彼女は犬を飼ったことなど一度も無いものだから、何をどうすればいいのか分からないのだ。


「おいおい、嘘だろ? 真っ先に買わないといけない物なのに。あー……、まあ、でも、ケガして動けないんじゃあ、そっちの治療が優先になるのは当然か。あと、そうだな、首輪にも種類があるからな」

「種類?」


 分からないものは、分かる人に教えてもらえると助かる。

 マリスが素直に教えてほしいと頼むと、ウィルは気前よく説明してくれた。


「さっきも言ったけど、うちで飼ってたのは遠い親戚の侯爵家から譲っていただいた血筋のいい猟犬なんだ。飼い犬というよりうちの財産の一つだから、首輪も特別にオーダーメイドしたものをつけてる。それぞれの犬の血を混ぜて作った位置探索用の魔石を嵌め込んだ、盗難防止用の首輪だ。うちの敷地から出たり、それが無理やり外された時には警報音が鳴るようにもなってる。

 ただ、これはオーダーメイドで作るのに時間もかかるし、かなり高価になる。だから庶民が買えるようなものじゃない。

 でもお前は王城魔術師としてそれなりに稼いでるし、だったらただの首輪よりは、迷子防止用のタグが付いてるようなのがいいんじゃないかと思う。それくらいなら普通に店に売ってるから、待たなくてもすぐに買えるはずだ。

 犬の散歩はけっこう大変だぞ。犬はいつ何をしでかすか分からんし、急に走り出したりするし。うっかり引綱を落とした時に走り出したら、あっという間に迷子だ。とくに王都は入り組んだ道が多いから、人でも一度はぐれると探すのが大変なほどだしな。迷子になってから慌てたんじゃ、間に合わない。自力で家まで帰ってこれる犬もいるけど、帰れない犬も多いから、早めに買って首に付けといてやれよ」


 ふむふむ、と頷いて、そうした物を売っている店の名前と場所を聞いて頭の中にメモしていると、食堂に入ってきた同僚が近くのテーブルにドカッと座って大声で話し始めた。


「おい、聞いてくれ。宰相閣下が執務に戻られた。これでうちの来期の予算は安泰だ!」


 おお、と喜びの声が広がる。

 下っ端魔術師であるマリスが在籍している部署は、地味で注目度の低い仕事をしている魔術師をとりまとめたところなので、どんな端役の部署であっても公平に予算を守ってくれる宰相が不在だと、予算を削られがちなのだ。


「戦後処理の激務で体調を崩されたとか聞いたけど、もう大丈夫なのか?」

「いや、まだ無理は禁物らしい。だけど戦後処理はだいたい目途がついたらしくて、そっちは補佐官たちの方に割り振ったんだと。だから閣下は予算編成の方に集中できるって話だ。まったくもって、ありがたいよ」


 同僚たちが話を続けるのを横目に、ウィルが言う。


「予算編成に間に合うように、無理に戻られたんじゃないといいがな。第一師団の(トップ)があの英雄団長になってから、戦争は一気にうちの国の優勢になって終わったけど、それでも戦後処理はかなりの激務だったっていう話だ。今の文官の中に、宰相閣下ほどうまく国王陛下や貴族院を相手に立ち回れるような奴がいるとは思えんから、もっと後進が育つまでは無理せずほどほどにして、あの方が長く宰相位にいてくださるといいんだが」

「宰相閣下って、病弱なの?」


 貴族でもないマリスにとっては雲の上の話だ。

 首を傾げると、ウィルが表情を曇らせて言う。


「それほど頻繁にってわけじゃないが、たまに体調を崩されて休まれるんだ。若い頃は健康な方だったらしいんだけどな。だいぶ前に大病を患われたとかで、一、二年、先王陛下の指示で離宮での静養をとられたらしい。もうその時には臣籍降下されて、ただの文官だったらしいんだけど、先王陛下もさすがに心配されたんだろうなぁ」

「あー、そういえば、宰相閣下って国王陛下の弟君なんだっけ」


「ああ。子供の頃から仲が良くて、第二王子だった宰相閣下は貴族たちの権力争いで王位を巡って兄君と対立させられたりしないよう、早めに臣籍に下って文官の職に就いたって話だ。そのせいか宰相閣下が離宮で静養されていた間、当時は王太子だった陛下がだいぶ荒れたらしい。あの頃は大変だったって、父上がこぼすのを聞いたことがあるな」


 昔聞いたことを思い出すようにうつむいて話していたウィルが、ふと顔を上げた。


「そういえば、しばらく前に今の王太子殿下も離宮で療養中だって話を聞いたけど、戻られたって話が無いな」

「そうなの?」


 お前は何も知らんのか、という顔で見られたが、王族のことなんて雲の上の話だし仕事は忙しいしで、マリスは噂話に疎い方である。

 しかも貴族はだいたい家柄の派閥でまとまってそういう話をするから、どこにも属せない孤児院出身の彼女は、情報源がほとんど無い。

 せいぜい、こうして皆が話しているのを、たまに耳にするくらいだ。


「そうなんだよ、王太子殿下は今、離宮で静養中だから王城にはいらっしゃらないんだ。お前も王城魔術師なんだから、それくらい知っとけ。

 宰相閣下みたいに大病を患った、っていうんじゃなく、どうも初陣のショックで寝込んだだけ、とかいう話だけど。でもその程度で陛下が殿下を離宮に移すとは思えんし、終戦からそこそこ時間も経ってるしなぁ。療養期間があんまり長引くと、何だかんだ第一王子殿下の資質が問題視されて、王太子交代の話が出るか……。

 まだ戦後で色々ごたついてるし、上で騒ぎが起きるのは勘弁してもらいたいんだけどな」


 ため息まじりの言葉に、それは確かに、とマリスも同意して頷いた。




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