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第二十三話「副長の本領発揮」



 休暇延長は十日で打ち止めとなった。

 当たり前のように変わらずマリスの部屋で暮らすゼレクも、同じ日に第一師団へ復帰することになったため、迎えに来たジェドと一緒に転移魔術で出勤するのを見送る。


 そしてマリスも着慣れた制服と臙脂色のローブに身を包み、いつも通りに出勤した。

 しかし突発的に休暇に入った理由が理由なだけに、久しぶりに職場の扉を開く時は、さすがにその手は緊張に強張ったのだが。


「お、ラーク。久しぶり」


 先に出勤していた同期のウィル・コールジットが、驚くほどいつも通りに言うのに「うん、久しぶり」とマリスが返すと、自分の席からひらりと手を振って教えてくれる。


「今日は出勤したら応接室で室長と話してから仕事な。今なら誰もいないはずだから、今のうちに行っとけよ」

「応接室で? 室長と話?」

「確認だけだから、すぐ終わる。ほれ、行ってこい」


 いったい何の確認をするというのか、ウィルはマリスも当然知っているものと思っているらしく説明してくれる様子は無い。

 マリスは首を傾げたものの、行けば分かるだろうと判断して応接室へと足を向けた。


 他部署も使用する応接室を、下っ端魔術師の集まりであるマリスたちの部署が使わせてもらえることはそうそう無いし、まずそこが必要になるような仕事が発生することも少ないのだが、いちおう場所は知っている。

 目的の部屋に着くと、扉をノックした。


「室長。マリス・ラークです」

「ラークか。入れ」


 中から応じたのは、マリスの上司である室長ブライス・エルダーレンだ。

 別件の仕事をしていたのか、マリスが入ると手に持っていた書類を裏返してテーブルに置き、向かいのソファに座るよう促した。


「体調はどうだ?」


 気遣うというよりも、それは状態確認の口調だ。

 室長のいつも通りの不愛想さに、なぜか安心を覚えてマリスは次々と出される質問に簡潔な言葉で答えていく。


 そうして互いに短い言葉での問答を続けていくうちに、マリスは室長の質問から予想外の流れが起きていたことを知った。


 どうやらマリスの連休は、この部署の超過労働をどうするか上層部が決定するのを待つための一時閉鎖だったらしく、他の職員たちも全員が休暇になっていた。

 そしてその発端となった第一師団の元・兵士の暴走について、居合わせた職員はマリス以外の全員が記憶封鎖措置を受けているらしい。


 記憶封鎖措置とは文字通り、特定の記憶を思い出せないように閉じる、という魔術的な措置のことだ。

 この措置を受けた者の記憶は特殊な魔術で契約書と紐付けられるため、誰かがその封鎖を無許可で解こうとすると、契約書類を管理する資料室の職員が気付く、という仕組みになっている。


 自身が受けることは稀であるものの、王城に勤めている者にとって、さほど珍しくはない言葉だった。

 機密の漏洩を防ぐには「知らない」ことが一番で、この魔術的措置は短時間の記憶しか封じられないものの、意図的に人をその状態に置くことができるため、水面下で重宝されていると誰もが知っている。


 しかし、ジェドとフォルカーからは何も聞いていないし、自分はこの措置を受けていない。


 不安に思ったマリスは、なぜか彼女も記憶封鎖措置を受けている前提で状態を確認してくる室長との問答をやり過ごすと、何かあった時のためにと渡されていた魔道具でフォルカーと連絡を取り、状況を知らせた。

 連絡を受けたフォルカーはすぐさま状況の把握に動き、マリスが同僚たちとともに久しぶりに自分の本来の仕事に取り組んでいるうちに、詳細を掴んできた。


 彼からの折り返しの連絡が来たことに気付いたマリスは、そっと職場を抜け出し、人気のない場所でその話を聞く。


「どうやら魔術師団の上層部が独断で動いたようです。彼らとしては、第一師団(うち)の問題を無かったことにするというこの措置で、こちらに貸しを作りたかったらしいですね。しかし我々も彼らには幾つか貸しがありますから。そのうちの一つが相殺になる程度で、表面的に何かが起こるような変化は無いでしょう。

 うちとしても、暴走した部下はこの措置に関わらず処分されることが決定していますので、それはともかくとして、ゼレクの首輪姿を封じてもらえたのはありがたいですから。今回は喜んで相殺に応じますよ。

 ああ、それと、ラークさんが措置を受けさせられることはありませんので、その点はご心配なく。

 ゼレクがあなたの部屋で暮らしていることまでは掴んでいないようですが、魔術師団上層部(彼ら)もあなたが第一師団の“関係者”であることは把握しているようでしたから。改めて私から彼らに、あなたに対しては手出し無用、とお話させていただきました」


 お話……、って、本当に「お話」なんだろうか……


 おそらくこういったことは得意分野なのであろうフォルカーが、水を得た魚のようにすらすらと話すのを聞きながら、マリスはなんとなくそんな疑問を抱いたが、口には出さなかった。

 それより今は彼が「心配する必要はない」とうけあってくれたことが重要で、その言葉でマリスは安心できたのだから、ここは素直に感謝するところだと思う。


「ありがとうございます、フォルカーさん。私だけ措置を受けていないのに、室長も同僚たちもそれを知らないようだったので、どうなっているのかと思って。もし後でクロちゃんの記憶ごと封じられるようなことがあったら、とか……。長期間の記憶は封じられないから、たぶん大丈夫だろうとは思ったんですが、心配だったんです。フォルカーさんにそう言っていただけて、安心しました」

「いえ、こちらこそ、早急な連絡をいただきありがとうございます。おかげさまで事態の把握も早期に行えました。あなたの身の安全は我々にとっても重要ですので、これからも何かありましたらお気軽にご連絡ください」


 いろんな意味で頼もしすぎる。

 なるほど、彼とジェドのような人が副官だったから、クロちゃんはああいう性格でも第一師団長として問題なく勤めてこられたのか、とマリスはフォルカーの手慣れた対応を目の当たりにして深く納得した。


「はい、その時はよろしくお願いします」


 神妙にそう応じて、フォルカーさんは敵に回さないようにしよう、と思う。

 フォルカーにとって幸運なことに、以前、同じような言葉をマリスに対して彼がぽろりとこぼしたことは、一時に様々なことが起こり過ぎたせいですでに彼女の記憶には無かった。




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