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第十四話「マリス・ラークの休めない休暇」



 マリスの休暇は、他の魔術師が昏睡状態からなかなか回復しなかったこともあり、ずるずると延長された。

 一日が三日になり、三日が五日になり、五日が七日になったのだ。


 それを知らせる室長の手紙や、当たり前のように毎日部屋を訪れるジェドやフォルカーの話から推察すると、見込み通りに回復しない魔術師たちの体調を不審に思った軍医が、その普段の生活や仕事量にまで調べ出したことで、マリス達の部署の過重労働が公になり、問題視されることになったらしい。

 下っ端魔術師に魔道具の修理を丸投げして押し付けていた上位の魔術師たちの責任が問われたり、乱雑な扱いで魔道具を次々と壊していた幾つかの部隊にも厳重な注意や処分が下されたりするなど、とにかく予想以上の広範囲で騒ぎになっているようである。


 これで仕事量が適切に調整されて、本来の仕事である地脈の調査や気象災害への対策などに戻れると良いのだが、と思いつつ、まあ無理だろうな、とマリスは諦めていた。


 地脈の状態もここ数十年ほど落ち着いているし、気象災害も最近はさほど起こっていないから、元から後回しにされがちなところである。

 マリスとしてはそうした平時の情報を集めて、もしも異常が起きた時にすぐ分かるようにしておくべきだと考えているし、今以上に詳しい情報を集められるよう魔道具を改良したりする余地はまだまだあると思っている。

 が、室長にいくらそれを訴えても「それは確かにそうだな」と書類片手にてきとうに頷かれて、「それよりこれ片付けろ」とまったく別の仕事を回されるのが常だ。


 そうしてやるせない思いを抱えつつ、仕方のないことだということも分かっていた。

 マリスの部署は注目度の低い地味な仕事をする下位の魔術師を取りまとめたところだから、昔から「お前らヒマだろう」と言われて厄介だったり面倒だったりする仕事を押し付けられるのが慣例のようになっているのだ。


 それでも隣国との戦争が起きる前、マリスが十五才で王城魔術師として働き始めた頃は、まだそれなりに本来の仕事もさせてもらえていたのだが。

 今は治安維持のために使われる魔道具の修理を誰かがやり続けなければならず、優先度の低い仕事をしているマリス達にそれが回されるのは、もはや必然となっていた。


 でもそれを考えるのは、今でなくていい。

 仕事のことなんて、仕事の時間になってから考えればいい。


 今のマリスには仕事よりも大切な、彼女の犬が元気をなくしている、という大問題があるのだ。


「ご飯はちゃんと食べられるのになぁ。何がだめなんだろうね、クロちゃん。ずっと部屋の中にいるからかな? お外行く? 前にひとりでお出かけしてきたこと、あったでしょ? 今度は私と一緒に出掛けようよ。もしひとりの方がいいなら、途中からひとりで好きな所に行って、気晴らししてきてもいいし」


 最近のクロは後ろからマリスを抱え込んで頭の上に顎を乗せているか、マリスの腕の中に埋もれるようにして顔を伏せているかのどちらかで、なぜか目を合わせようとしない。

 そのくせマリスが食事の支度などの家事をしている時は、後ろからじいっと見つめる強い視線を感じる。

 そしてどんなふうに声をかけても、玄関を指さして誘ってみても無反応のくせに、マリスが外へ出ようとすると嫌がって服を引っ張る。


 いったい何がしたいのか、どうしてしまったのか、さっぱり分からないのだが、犬は喋れないから理由を聞くわけにもいかない。

 おかげで何年ぶりかわからないくらいの連休だというのに、のんきに喜ぶこともできず、クロの様子をうかがっては内心やきもきしてばかりいる。


「ジェドさんもフォルカーさんも、クロちゃんのことゼレクって呼んで人扱いするんなら、なんで元気がないのか話して聞き出してくれればいいのに。二人とも「無理です」の即答なんて、ひどくない? せめてもうちょっと、一緒に考えてくれるくらい、してくれたらなぁ。助かるんだけどなー……」


 唇を尖らせて一人ぶつぶつ文句を言いながら昼食の後片付けをする、休暇六日目の昼下がり。


 毎日のように手土産片手にマリスの部屋を訪れる、第一師団の師団長補佐官と副長は、そのたびに真面目な顔でクロに何やら話しかけている。

 小型の防音結界で音が漏れないようにしていることもあるから、マリスが聞いてはいけない機密事項まで口にしているらしいが、彼女の目から見るとじつに珍妙な光景である。


 なにしろ第一師団の黒い軍服をきっちり着込んだ、いかにも冷徹な軍人らしい彼らが真顔で話しかけているのは、退屈そうな顔でそっぽを向いた犬なのだから。


 はじめのうちは笑うのを我慢するのに苦労したマリスだが、それが数日も続くとさすがに笑うに笑えなくなってくる。

 この人たち、頭大丈夫なのかな、という方面で心配になってくるのだ。

 そしてまた、もしかして自分がおかしいのだろうか、という気持ちにもなってくる。


 しかし、何度見ても、どう見ても、クロは黒い犬にしか見えない。

 拾ったばかりの頃は痩せてケガをして、たいそうみすぼらしい状態になっていたが、一ヵ月ほどせっせと世話をしてあれこれ食べさせているうちに、今はなかなか立派な風体の大型犬として見られる姿になったように思うが、やはり犬は犬である。


 自分が幻術にかかっていないか、精神干渉系の魔術にかけられていないか、というのも調べてみたが、何の問題も無くいたって健康なのが分かっただけだったし。

 だからやっぱり、マリスにとってクロは可愛い“うちの犬”なのだ。


「ラークさん、すいません、またお邪魔します」


 そんな日常に変化をもたらしたのは、マリスが片付けを終えてクロのところへ戻ろうとした時、カンカンとノッカーを鳴らしたジェドとフォルカーだった。




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