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「……クロウさん、あなた気は確かかしら? 前世ってなんですの?」
呆れたように鼻で笑いながら、カナリアの心臓は早鐘を打っていた。
クロウの口から出た前世の言葉。
初めて会った日からもしやと思っていたが、まさかクロウも前世を思い出しているのか。
ならば、話を聞きたいのだが、もっと確信を持てなければ、カナリアも動き出せない。
クロウの言葉の続きを待つように見つめれば、クロウは視線を一度地面に落とした後、覚悟を決めた目でカナリアを見つめ返した。
「しらばっくれないで下さい。ロビンが一人で練習している時、貴女はずっと彼女を物陰から見ていましたよね」
「な、なんのことですの?」
裏返った声を誤魔化すようにゴホンと咳をして、カナリアが素知らぬ顔をしてみるが、クロウはそんなカナリアにピクリと眉を動かした。
「私はいつもロビンが一人で練習をした後、迎えに行く役目だったんですよ、カナリア様」
「あら、そうでしたの」
「いつもなら、貴女はいなかった。でも、今回は貴女はいた。こんなことは初めてです」
クロウの話を黙って聞いていたカナリアは、首を少し傾げる。
胸に引っ掛るクロウの話に、カナリアが口を開いた。
「……仮に、クロウさんの前世のお話を信じるとして、疑問があるのですけど」
「なんでしょう」
「前世というものは、一般的に違う人間の記憶を持っていることを言うと思うのだけど、貴女は少し違いますわよね?」
クロウの自分とは違う前世の物言いにカナリアが、訝しむ様に静かに問う。
すると、クロウは小さく笑った。
「そうです。私は、繰り返しているんです。クロウ・ゴッドスピードを」
クロウの衝撃的な発言にカナリアが言葉を失う。
そして、クロウは言葉を続けた。
「気付いたのは、三回目の時でロビンと出会って思い出しました。彼女と親友になり、彼女の最大の味方で理解者である私は、彼女の恋をずっと応援してきました。毎回、彼女は違う男性と恋に落ちましたが、いずれも幸せな家庭を築き、世界的有名な歌手になりました」
淡々と話すクロウを呆然と見つめながら、カナリアは胸が痛い程締め付けられた。
何もかもを諦めた様な、そんな暗く沈んだ闇の底のような目をするクロウに、カナリアの胸の中に妙なざわつきが起きる。
自分とは違う前世の記憶の持ち主は、自分を見つめ微笑んだ。
「これは、ゴッドスピードの呪いです。ゴッドスピードの家は、大切な人の幸せを願い、幸運を運ぶ家。愛する人の幸せの為に、自分は身を引くのが私の運命でした」
「酷い話ですわね……」
「ふふ、そうです。私は、もう四回も愛する人の為に身を引いて、その後結婚も出来ずに、死ぬまで一人で暮らすんです。貴女と同じ様に」
最後の言葉にカナリアが眉をピクリと反応させる。
クロウは、漆黒の瞳を鋭く光らせた。
「今回で私は五回目です。貴女はいつもロビンと敵対していました。けれど、今回の貴女は少し違う。彼女を見る目が、変わった」
「……あら、よく見ていますこと」
「でも、不思議なんです。記憶を持っているなら、貴女はご自分が学園を卒業したらどうなるか知っているはずです。なのに、変わらず彼女と敵対しているのは何故ですか」
痛い程に静まり返る空気の中、真剣に問うクロウにカナリアがクスリと笑う。
そんなカナリアに、クロウが目を丸くした。
「運命を受け入れたからですわ」
ニヤリと笑い、カナリアがクロウに近付いた。
クロウの困惑気味な漆黒の瞳を覗き込みながら、カナリアは口を開く。
「クロウさん、今から私の屋敷に来て下さる?」
「えっ?」
「あなたが知りたいことをお話して差し上げますわ」
クロウの横を通り過ぎ、カナリアは颯爽と温室の出口へと向かう。
後ろから自分を追ってくる足音を聞きながら、カナリアは小さく嘆息した。
――なんだか物凄く面倒な気がしてなりませんわね……。
***
屋敷に着いて早々、沢山のメイド達に目を丸くされながら、カナリアは自分の部屋へとクロウを招いた。
何故だか、一瞬たじろいだクロウに首を傾げながら、一人部屋にしては大きすぎるテーブルの前に座る。
「ほら、早くお座りになって」
「……はい」
「この私の部屋に招かれることに緊張するのは分からなくもないですけれど、そこまで緊張されなくてもよろしくてよ?」
「べ、別に緊張なんてしてません」
「あらそうですの、紅茶でもお飲みになります? 長いお話になりそうですし」
「……ええ、お願いします」
不思議なくらい緊張し切っているクロウを一瞥してから、カナリアがテーブルの上にある交信石を手に取る。
うっすらと珊瑚色に光るそれに言葉を掛けた。
「私の部屋に紅茶を用意して」
『……かしこまりました』
そう話して数秒後にカナリアの部屋の扉がノックされ、カナリアは驚きで目を見開く。
入って良いですわよ、と言えば、そこにはマグパイが待ってましたとばかりに、ティーカートを押して部屋へと入ってきた。
「仕事が早いですわね」
「部屋の前で待機しておりましたので」
「……何故かしら?」
「お嬢様が初めてお連れしたご友人ですので、手厚くもてなしませんと」
「え、初めて?」
「クロウさん、何故そこに突っ込むのかしら? 悪意を感じましてよ?」
キッとクロウを睨めば、クロウはカナリアから慌てて目を逸らした。
そんな二人の会話にマグパイが嬉しそうに一瞬口角を上げ、紅茶をいれ始める。
そして、クロウを見つめたマグパイは、その黒色の瞳を細めた。
「クロウ様、甘い物はお好きでしょうか?」
「え? は、はい……」
「でしたら、こちらをどうぞ」
上品な花柄の皿に乗せられたクッキーを、マグパイがクロウの前に置く。
その甘い香りにクロウの漆黒の瞳が、キラリと輝いた。
「美味しそう……」
「美味しいですわよ。そこのメイドは、うちのパティシエとしてお菓子も作ってますもの」
「え、貴女がお作りに?」
「ええ、パティシエ長に教わり、お嬢様のお茶菓子は私の担当です」
微笑むマグパイが、湯気の立つ紅茶を二人の前に置く。
カナリアはふわふわと香るそれを口に含み、その芳香な味わいに目を瞑った。
「もう良いですわよ、下がってちょうだい」
「はい、失礼致します」
頭を深く下げ、マグパイがちらりとクロウを見る。
いつもなら早々に出て行くマグパイに、カナリアが不思議そうに眉を寄せた。
「どうかなさって?」
「……いえ、なんでもございません。何かありましたらなんなりとお呼び下さい」
スッと顔を上げて部屋から出て行ったマグパイに疑問に思いつつ、先ずはクロウと話をしなければと、カナリアが視線をクロウへと戻した。
「それで、クロウさん。先程のお話の続きをしましょう」
「……はい」
途端に神妙な顔付きになったクロウに、カナリアがどう話そうかと考える。
クロウの話す前世と自分の前世は、全く種類の違うものである。
ループ系と異世界系の前世の記憶持ちがいるなんて、とんだファンタジー世界だが、ここはそんなファンタジー世界だ。
ありのまま何も隠さずに話してみようかと、思い至り、カナリアはゆっくりと口を開いた。
「クロウさんの仰る通り、私も前世の記憶がありますわ」
「や、やっぱり……っ!」
「ですが、貴方とは少し違いますの」
「え?」
「私の前世では、今生きているこの世界がゲームの世界でしたのよ」
「……は?」
ゆったりとした動作で優雅に紅茶を口に含んだカナリアを、クッキーを持ちながら、呆け顔で固まったクロウが凝視した。