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入学してから数週間。
カナリアは、現状に驚きを隠せずにいた。
何故ならば、目の前には瞳に涙を溜めて自分を見つめるロビンと、彼女を守るようにこちらを睨むクレインの姿があるからだ。
あら?これ、スチルで見たことあるわ、なんて呑気にこの修羅場を眺めていた。
話は数時間前に遡る。
入学してからカナリアは、マグパイとジェイの言う通り、普段通り生活をしていた。
けれど、ロビンとの関係はただのクラスメイトのままで、寧ろロビンはカナリアと関わる気配すらない。
因みに、何故かは知らないが、クロウには度々睨まれる。まだ、関わってもいないのに。
そんな日々の中、どうにかロビンと関わらなければと考えていた矢先、それは起こった。
いつものようにクレインとロビンが、学園の中庭を仲睦まじく歩いている姿を見かけたことが、切っ掛けだった。
推しカプの仲良しいちゃラブ散歩に、心の中で狂喜乱舞だったカナリアは、ついポロリと本音を零してしまったのだ。
「クレイン様とロビンさんは、随分と仲がよろしくて羨ましい限りですわね」
その一言で。たったその一言だけで。
カナリアの呟きを聞いていた取り巻きの生徒達が、事態を急加速させた。
カナリアが二人を仲が良くて羨ましいと言った→暗に彼女は嫌味を言ったのだ→無名で下手くそなロビンと生徒会長であり、学園NO.1の才能のクレイン様が釣り合うわけが無いと言いたいんだ!→つまり、ロビンにクレイン様と仲良くする権利は無い!→ロビンを呼び出して、クレイン様に近付くなと言わなければ!
……という、どうしてそういう話になるのか分からないおめでたい思考能力で、カナリアに勝手にくっ付いていた生徒達とクレインに近付くロビンを嫌っていたクレインの追っ掛け達が手を組んで、放課後ロビンを校舎裏へと呼び出した。
いつのまにかカナリアが主犯ということになってしまったのだが、ロビンを虐められるなら何でも良いわ、と流れに身を任せた結果の主犯である。
「貴女、歌は下手くそだけど男に取り入るのは得意なようね」
「クレイン様にどうやって近付いたのよ、音痴!」
だが、主犯とは名ばかりで、ロビンを責めているのは取り巻きとクレイン追っ掛け隊の皆様である。
多勢に無勢。四面楚歌なロビンは、大きなブラウンの瞳に涙を溜めながら、ぐっと堪えていた。
その可哀想で可愛らしい姿に、カナリアは脳裏に焼き付けようと見つめ続けるのだが、ロビンにとってその姿は睨み付けられているようにしか見えない。
――ああ、こんな言われもない悪口に反論もせず我慢しているなんて……。
健気で本当に愛くるしいわ、ロビンちゃん!!
そんなことを考えていれば、白髪の王子様が颯爽と現れ、喚く少女達の前に立ちはだかった。
それが、今現在の状況である。
「何をなされているのですか、皆さん。たった一人を囲みながら大勢で話をするのは、あまり見栄えが良くありませんよ」
あくまでも優しく諭す様に制するクレインに、先程まで煩いくらいに鳴き喚いていた女子生徒達が、一斉に口を閉ざす。
あら、静かになって良いですわね、なんてまたもや呑気に見ていれば、チラリと女子生徒達の一人がこちらを見た。
「私達、何も悪いことはしていませんよね、カナリア様?」
「え?」
「そうですよね? ロビンさんの態度があまりにも悪かったから注意しただけですものね、カナリア様」
語尾にいちいちカナリア様と付ける彼女達が、少しずつ勢いを戻していく。
今更、名ばかりの主犯に助けを求める彼女達に嫌気が差すが、これも利用させて乗っからせてもらった船だ。仕方ないだろう。
彼女達の前に立ち、ぐっと眉間に皺を寄せたクレインにニヤリと笑った。
「そうなのですか? カナリア嬢」
「そうなのかもしれないですわね、クレイン様」
オウム返しの様に返された言葉に、クレインは軽くあしらわれたと思ったのか、眉間の皺を深くさせるが、生憎カナリアは把握出来ていない現状を自分の目線から言っただけだ。
そもそもこの状況は勝手に周りが動いた結果、起きたことであり、カナリア自身が頼んだ訳でもない。
けれど、呟いてしまったあの本音が引き金だとするなら、これは自分が招いてしまった事態でもある。
カナリアの言葉はそれ程までに力があり、周りが飛躍した考えをする。
気を抜いてしまっていたのが反省点ですわね。
そう心の中で反省し、カナリアはゆっくりとクレインに近付き、その雪の様に真っ白で美しい瞳を見返した。
「最近、クレイン様とロビンさんが仲良く歩いている姿を見掛けるものですから、気になっていたのは事実ですわ」
「それは……」
「この学園NO.1の成績であり、生徒会長でもある貴方が、人前では歌えない音痴と一緒にいるのを見てしまえば、周りの人間も私のように気になるのは仕方ないと思いませんこと?
ですから、ロビンさんに、どうやって貴方と仲良くなれたのか、お聞きしていただけですのよ?」
つらつらと話すカナリアに、クレインは背中にいるロビンの震える手を握る。
こんな間近で推しカプのイチャイチャ見れるなんて、幸せ過ぎて萌えの極みですわ、と脳内で考えているにも関わらず、カナリアがクレインとロビンに追い打ちをかけた。
「ロビンさんの態度というのも、とある生徒が貴方とロビンさんが二人きりで歌のレッスンをしているのを見たからですわ。
未来のスター歌手と名高い貴方からのレッスンなんて、誰もが大金を積んでもしてもらいたい、喉から手が出る程に貴重な経験ですのに、ロビンさんは無償で、しかもワンツーマンで教えて貰っています。これを黙っていることなんて出来ませんわ」
カナリアの口から飛び出た二人きりの秘密のレッスンに、クレインやロビン、後ろにいた女子生徒達までも目を丸くして、驚きを露わにした。
入学初日にクレインがいたのが嘘の様に、ミニゲームの時間はロビン一人での練習が続いた。
初日のクレインは、ミニゲームのチュートリアルでしたのね、と一人で練習するロビンを毎日のように隠れ見ていたのだが、ある日クレインがまた現れるようになった。
それにカナリアはああ、と気付く。
このミニゲームの時間は、現在好感度が一番高い人間が現れるようになっているのだと。
それに気付いたカナリアは、盛大にガッツポーズをし、いつかこの二人の秘密のレッスンを引き合いにして責め立ててやろうと画策していた。ゲームとは責める内容が変わってしまうが、彼女に詰め寄るのにこんなに適した内容はないだろう。ずっと楽しみにしていた瞬間。
それが、今である。
「学園を代表する生徒会長でもある貴方が! 生徒を分け隔てなく律する立場である貴方が! 一人の生徒を贔屓し、二人きりで歌のレッスンをするなんてどういう事なのか説明して頂きたいですわ!」
カナリアの責め立てる言葉に、クレインが視線を下げて口を噤む。
その様子に、カナリアはニヤつきそうな口角を必死に押し留めていた。
このイベントは、初のカナリアとロビンの対決イベントである。
確実に起こる強制イベントで、この時一番好感度が高い相手が助けに入るのだ。
けれど、相手すらも責め始めたカナリアに、とうとうロビンが立ち向かう。
震える指先をギュッと拳に隠して、零れ落ちそうな涙を堪えて言うのだ。
「もう止めて下さい! カナリア様!」
――ロビンちゃんのカナリア様呼びキタァーーーー!!!
やっと名前を呼んでくれましたわね!
その鈴の音の様に可愛らしい声で、私をやっと呼んでくれましたわね!!
ニヤけそうになった口元をバッと片手で隠して、カナリアはさも不愉快だと言わんばかりの視線をロビンに向ける。
ロビンは、クレインの背中から飛び出して、カナリアを見つめ返した。
「何ですの、ロビンさん? 私、間違ったことを言いまして?」
「……いいえ、カナリア様は間違っておられません。ですが、クレイン様にどうしてもとレッスンを頼んだのは私です。ですから、責めるなら私だけにして下さい」
「な、何を言っているのですか、ロビンさん!」
クレインが慌てたように言えば、ロビンが直ぐ様彼に頭を下げた。
「私の我儘を聞いて下さってありがとうございました。……一人でも練習は出来ますから、もう大丈夫です」
「ロビンさん……」
全ての責任を背負おうとするロビンに、クレインが悲しげに眉を下げる。
今、彼が彼女を庇ってしまっては、生徒会長という自分の立場も危うくなり、彼女をまた嫉妬の視線に晒してしまうだろう。
それを分かっているクレインは、何も言えずに口を閉ざすしか出来ない。
本当はカナリア達はこれで退場しなればならないのだが、カナリアが閃く。
もう少しこの二人を見ていたいカナリアは、ニヤリと笑った。
「あら、そうですの。でしたらクレイン様、私にご指導をお願いしてもよろしいかしら」
「……えっ」
「ご心配なさらず。きちんとレッスン料は、お支払い致しますわ」
「それは……」
困った様に眉根を下げるクレインと、驚いた様に顔を上げてカナリアを見つめるロビンの姿に、カナリアが歓喜に打ち震える。
ゲームでは無かった台詞だ。
カナリアにとっても、この二人がどんな反応をするか分からないからこそ、二人の行動にドキドキと胸が弾む。
これでイエスと言うのなら、クレイン様には残念ですけれど、ロビンちゃんを諦めてもらうしかないですわ……。
さあ、貴方を見定めさせて頂きます!
「僕は、バークライト家の歌姫に教えられる程の能力はありませんよ……」
「あら、ご謙遜を。クレイン様の歌の腕前は知っておりますのよ。貴方の賛美歌は、とっても素敵ですわ」
「……ありがとうございます」
自分の立場を優先し、好きな女性を泣かせてしまうのか、それともこの私を敵に回してでも好きな女性の気持ちを優先するのか。
早く選びなさい、クレイン・ホワイト!
勝気な笑みを浮かべながらカナリアが、ふとロビンに視線を向ける。
そこには、はらはらと大きな瞳から涙を流すロビンが、呆然と立っていた。
その姿を視界に捉えた瞬間、カナリアから、一瞬にして笑みが消える。