22
ステージに登ったロビンが、自身の魔法鉱石を壇上に置き、クレインに目で何かを訴えた後、彼女は正面を向く。
大きく、大きく息を吸った彼女は、観覧席に座るカナリアとクロウを見下ろし、真剣な眼差しでカナリアを見つめた。
普段とは違う様子の彼女に、隣のクロウが目を丸くする。
「なんか、ロビンの様子が……」
「変わりましたわね」
いつも柔らかく光っていたブラウンの瞳が、今は覚悟を決めたように、力強く輝いている。
その瞳の煌めきに、カナリアは不敵な笑みを浮かべた。
――ああ、その目。その目を私は知っている。
クレインが歌い、ロビンの魔法鉱石が純白の光を纏う。彼女の背中を押すように、優しく鼓舞するように歌うクレインに、ロビンは小さく微笑んだ。
そして、大きく口を開く。
「うっわ、やっぱり下手くそ」
コソコソと、観覧席の生徒達が嘲笑う。
音域はガタガタ、息継ぎのタイミングもズレ、歌い切る前に途切れ、声は震えて歌とも言えない。
放課後のレッスンで鍛えられたはずのあの子は、どこに行ったのか。
けれど、今までの彼女ならば、沢山の人間の視線に耐えられず、歌えないまま、立ち尽くすことしか出来なかったはずだ。
ステージの上、震える足と手で立ち、下手くそな歌を歌い続ける駒鳥は、今やっと、産声を上げた。
「……やっと、スタート地点ですわね」
心臓が脈打つ。勝手に弧を描く唇。紅の瞳は、炎のように燃え上がり、物語の主人公を捉える。
真っ直ぐ、自分を射抜くブラウンの瞳を見返して、全身が熱く燃え上がるカナリアは、肌が粟立った。
――「来れるものなら来てみなさい、私の場所まで」
自分を指差しながら、声に出さずに伝えられたカナリアの言葉。
それに気付いたロビン・カルティスは、大きく目を見開き、そして、笑みを浮かべる。
その瞬間、彼女の歌が変わった。
ロビンの声がクレインの声と重なり、柔らかなハーモニーが生まれ、嘲笑っていた生徒達が口を閉じる。
純白の光に包まれ、高らかに歌うロビンは、さながら暗闇の中に輝く一筋の光。
まだまだ音程にブレはあり、手を叩いて褒められるような歌ではないが、なによりも、その心底楽しそうな声と笑顔に、皆が惹きつけられた。
隣で歌うクレインが、ああ、と、彼女を眩しそうに、愛しそうに見つめる。
いつか、きっと、彼女は世界を照らす歌姫になる。そう、クレインは確信し、彼女とのデュエットに心を高鳴らせながら、歌い続ける。
そして、カナリアもまた、紅の瞳に映る光に、興奮で拳を握った。
先程と打って変わった歌声と表情。
下手くそなのは変わらないけれど、そんなことよりも一番大切で重要なこと。
――さあ、ここからですわよ、ロビンちゃん。
まだまだ歌はひよっこ。けれど、その心だけは、既に上等。
ステージの上で歌う、自由な駒鳥。
彼女に纏う純白が、彼女の中に入っていく。魔法鉱石から光が放たれ、今正に、彼女の歌魔法が発現される。
――はずだった。
「……えっ」
パシンッと、魔法鉱石の光が一瞬で消え去る。ロビンの中に注がれた純白の魔力が体外に押し出され、砂のように消えた。
歌が止まり、静まり返る会場で、どこからともなく聞こえた言葉。
「歌魔法の発現、失敗した?」
その言葉が聞こえた瞬間、会場は笑いに包まれた。
嘲笑、蔑み、全てが劣等生であるロビンに向けられ、ステージの上に立つ駒鳥は、絶望したような顔で立ち竦む。
「静粛に!!」
直様、クレインがステージ上で声を上げ、その場を制するも、その表情には困惑がありありと映し出されていた。
そして、ロビンの肩を抱いたクレインが、よろめく彼女と共にステージから降りる。
「……ロビンっ!」
隣から走り出したクロウが、ロビンの元へ向かい、それをカナリアは椅子から立ち上がらず、見送った。
顔面蒼白のロビンが二人に連れられ、会場から出ていく。
その様子をカナリアはただただ、黙って見送り、儀式の終わりを確かめた後、彼女は静かに会場から出た。
廊下を歩き、――段々と早歩きになり、カナリアはロビンの部屋へと向かう。
部屋の前では、クレインとクロウが立っていて、二人は沈痛な面持ちでカナリアに気付いた。
「カナリア様……」
「ロビンさんは中に?」
「はい。でも今は、話せる状況じゃないようで。ショックだったのか、僕達の言葉に反応が無く……」
痛いほどの沈黙。
その沈黙を破るように、カナリアが口を開いた。
「これが、今の貴女の実力ですわ。歌魔法も発現出来ない程の実力不足。笑えもしませんわね、私達の時間を奪ってレッスンをしておきながら」
冷たく響くその言葉に、クロウとクレインが信じられないとでもいう目で、カナリアを見る。
扉の前で二人を押しのけ、彼女は言葉を続けた。
「レッスンで習ったことが、ひとつも生かされていませんでしたわ。やはり、クレイン様目当てのレッスンだったのだと、全校生徒の前で披露しただけでしたわね」
「カナリア様! やめてくださいっ!」
泣き出しそうな顔でクロウが、震える手でカナリアの口を塞ぐ。縋るような目で自分を見るクロウに、カナリアは無表情のまま、扉を睨み付けた。
そして、苦しそうに黙りこくっていたクレインが、小さく息を吐く。
「僕目当てではない。そんなの今までのロビンさんを見ていたら、知っているはずです」
「実力が伴っていなければ、そんなこと関係ありませんのよ。実際、ロビンさん以外の一年生は、全員歌魔法を発現しましたわ」
クロウの手を退かし、言い放たれたカナリアの言葉に、クレインが俯く。
彼もまた、泣きそうな顔をしている。
「僕の教え方が……悪かったんです」
「いいえ、違いますわ。ロビンさんの努力と実力が足りなかっただけ。それだけのことですのよ。これは、ロビンさんの責任ですわ」
バッサリと、ロビンを庇うクレインを切り捨て、カナリアは閉じられた扉を見続ける。
そして、扉の向こう側にいる、この物語の主人公に言葉を投げつけた。
「全ての責任は貴女にあります、ロビン・カルティス。私達の時間を奪った末のこの結果、恥を知りなさい」
そう告げて、カナリアは背を向ける。
泣き出しそうな二人は、何も言わず、そのままカナリアを睨み付けるも、その瞳には覇気は無い。
鼻で笑い、ヒールの音を高鳴らせ、カナリアは図書館へと向かった。
「……なぜ」
廊下を足早に歩きながら、呟く。
実力は足りていた。歌魔法を発現出来るはずの実力は、あったはずだ。
衆人環視の中、彼女が歌えるようになるのは、早くとも一学年時の冬の進級テストが最速で、本当はもっと時間が掛かり、今の時点であそこまで歌えるのは、今までの彼女の努力と放課後のレッスンの賜物だ。
けれど、歌魔法は発現せず、生徒達の笑い者にされた。
劣等生の名を、覆すことは出来なかった。
「まだ、合宿最終日まで時間はありますわ……。最終日にある歌魔法の儀式の再テストをして、発現させれば良い。ゲームでは、その時には必ず発現しましたもの」
歩みが止まる。
無意識に握られた拳は、掌に爪が食い込み、噛み締められた唇は、血が滲んだ。
ロビンの努力を特等席で見ていたカナリアにとって、歌魔法の発現という、歌の上達具合の指針に引っ掛かりもしなかった事実が、狂おしいほどに苛立たしい。言葉に言い表せない程の怒りと困惑で、頭がおかしくなりそうだ。
美しい魔法を発現するはずだった。
彼女の変貌したあの歌声と共に、素晴らしい魔法があの子から解き放たれるはずだったのに。
「大丈夫、もう一度、チャンスはありますわ……っ」
顔面蒼白でステージを降りた時、彼女は自分を見た。
恥じ入る顔で、自分を見て、すぐに顔を逸らした。
あんなにも自分を責め、羞恥に塗れた彼女を見たことなんてない。
今までずっと、何をしても明るく前向きな姿勢を崩さなかった彼女が、とうとう、俯いた。
「……慰め方なんて、知らない」
ポツリと呟いて、カナリアは俯く。
慰められた事など、生まれてこの方、一度もない。
ただただ、練習あるのみと、鞭が飛んでくるだけで、泣いても意味がないことを、幼い頃にカナリアは知った。
だから、彼女は分からないのだ。
どうすれば、閉じられた扉を開くことが出来るのか、どうすれば、ロビンを元気づけることが出来るのか、彼女は分からない。
クロウとクレインの二人の顔を思い出し、カナリアは溜息を吐く。
あの二人はきっと、慰め方も励まし方も知っているのだろう。ならば、自分がロビンに出来ることはない。
――私は、あの子を傷付けてしまうだけ。
静かにまた、カナリアは歩き出す。
自分のやらなければならないことをやる為に、彼女は前を向いた。




