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続々と歌魔法を発現した生徒達が、大掛かりな魔法陣の描かれたステージから降りていく。
各々、生徒達は自身の魔法にはしゃぎ、友人達と談笑し、終始和気あいあいとした雰囲気で、儀式は進んでいた。
「クロウ・ゴッドスピードさん、カナリア・バークライトさん、壇上へどうぞ」
放送でカナリアの名前が出た瞬間、会場が静まり返る。
堂々とステージの上に登ったカナリアに、会場にいる全ての生徒達が注目した。
それもそのはず、歌魔法の発現の儀式では、発現してもらう側の人間の魔法鉱石に魔力を吹き込む為、手伝う側が自身の歌魔法を披露する。そう即ち、歌を披露するのだ。
王宮で歌うカナリアを映像越しで毎日のように見ていた学園の生徒達は、こんな形でその歌声を生で聞ける日が来るとは、夢にも思っていなかったであろう。
火の女神のプライドは空高くあり、王宮以外で歌う姿を見せようとはせず、通常授業でさえ、彼女は歌うことをしなかった。
そんな彼女の歌が聴ける、まさかの奇跡。
生徒、教師すらも関係なく、カナリアの登壇に、全ての人間が期待し、息を呑んだ。
ピリついた緊張感に包まれた会場に、クロウが面食らい、震えた手で壇上に自分の魔法鉱石を置く。
「あら、私をここに連れてきたのに、この状況を想定していませんでしたの?」
「ちょっと……あの、カナリア様の凄さを忘れてました」
「貴方ねえ……、何度も言っていたでしょう。私は、全ての人間が崇め奉る歌の才能を持った美しき天才ですのよ。誰もが皆、私の歌を聞きたがっていますの。王宮のチケット、いくらなのか教えて差し上げましょうか」
「いえ、結構です。すごい値段なのは察するので……」
深呼吸をするクロウが、震える指先で拳を握る。
いつも冷静な彼女が、ここまで緊張する理由。
それは、魔力鉱石に吹き込まれた魔力を自分に取り込み、魔力の発現を促す為、歌を歌わなければならないということ。
そう、つまり、この誰もが憧れる火の女神とデュエットをしなければならないからだ。
「覚悟を決めなさい、いきますわよ」
「はい……っ!」
カナリアが、クロウの魔法鉱石に手をかざす。
しんっと静まり返るステージに、カナリアは数秒瞼を閉じ、この突き刺すような緊張感に胸を躍らせた。
そして、彼女は歌う。
凄まじい炎がカナリアから発現され、熱風が会場にいる生徒達の髪を浮き上がらせた。
頭を思い切り殴られたような衝撃。
初めて聞く本物の歌姫の歌声は、この場にいる生徒達の夢が消し炭になりそうな程、全ての能力に差を感じさせる。
「……本当に腹立つぜ」
圧倒的な存在感と歌声を披露するカナリアに、ホークが舌打ちをする。
心を折られそうな生徒達は、耳を塞いで逃げ出したくなる衝動に駆られるが、足が地面に縫い付けられたかのように動けず、その姿から目が離せない。
感動と絶望がない混ぜになった感情に、彼等は各々涙を浮かべ、怒りを浮かべ、苦しみに身を焦がされる。
そんな中で歌姫の隣に立つクロウは、その迫力に気圧され、固まっていた。
それにカナリアは片眉を上げ、自身の火を纏った彼女の魔法鉱石を持ち上げ、彼女に差し出す。
ハッとしたクロウは、慌てて口を開いた。覚束ないその歌声に、カナリアは深い皺を眉間に刻ませる。
彼女の魔法鉱石は淡く光るものの、その魔力はクロウ自身に向かわず、留まったままだ。
――私の凄さを再認識するのは、良い心掛けですけれど、いつもの貴方らしくありませんわよ、クロウ・ゴッドスピード!
苛立たしげに炎が、クロウを包み込む。
目を丸くするクロウが、カナリアをやっと見れば、カナリアは笑みを浮かべた。
その勝ち気で自信に満ち溢れた態度と表情で、貴方の実力を見せつけなさいと、いつものように高圧的に言っているようなカナリアに、クロウの漆黒の瞳がキラリと揺らめく。
「望むところです」
カナリアの歌声を押し退けるように、響き渡るアルトの歌声。
力強く、メリハリを持ったその歌声に、俯いていた生徒達が、ハッとする。
負けて堪るかとでも言うように、ギラギラとしたクロウが、カナリアの隣で、カナリアに面と向かって、視線を決して逸らさず、歌を歌う。
第一学年次席、クロウ・ゴッドスピードが、遥か雲の上で高笑いをする火の女神に食い下がるその姿に、生徒達の顔が上を向いた。
その中にひとり、ずっと二人へ顔を逸らさず見続けていた少女が拳を握り、呟く。
「……悔しいなぁ」
光り輝く魔法鉱石の魔力の帯が、クロウの中へと入り込む。
カナリアの魔力が自分の中へと入る感覚に、ゾクゾクと背中が粟立ち、クロウの体が熱くなった。
今まさに、発現する魔法。
石に宿る魔力の紅色が、徐々に色を変えていく。それに、カナリアが違和感に気付いた。
――黒?
赤に混じる黒。けれど、瞬きをした瞬間、それは青に変わる。一瞬の事で、あれは気の所為だったのかと、カナリアは思い至り歌を止めた。
そして、青に輝く魔力の帯がクロウを纏い、水魔法が発現される。
冷たい水飛沫が会場を駆け抜ければ、歌を終えたクロウが、カナリアをジト目で睨みながらも、唇に弧を描いた。
「貴女と違って平々凡々ですけど、私もやるときはやれるんですよ」
「ふんっ、まあまあですわね。もっと努力なさい」
「言われなくても」
お互い軽口を叩きながらも、二人は満足気にステージを降りる。
あらゆる生徒達のあらゆる感情を受け止めながら、二人は観覧席に座った。
「……なんか、悪目立ちしてる気がします」
「元々、放課後のレッスンを始めてから悪目立ちしてますわよ。今更ですわ」
視線をチクチク受けて気まずそうなクロウに、カナリアが鼻で笑って、一蹴する。
カナリア達が終えた後の儀式は、どことなく緊張感を持って再開され、和気あいあいとした空気は無くなっていた。
カナリアへの畏怖とクロウへの憧憬、それを胸に後半の生徒達が歌魔法を発現していく。
それを二人は眺め、そして、とうとう、彼女の番が来た。




