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「わあ、どうしたんですかその隈!!」
「夜更かしですか、カナリア嬢。今日は、貴方に関係無いとはいえ、歌魔法の儀式当日なのに頂けませんね」
心配そうに眉を下げるロビンとクレインに、カナリアは寝不足で痛む頭を抑えながら、溜息混じりに言葉を放った。
「色々、ありましたのよ……」
「とりあえず、儀式の時間まで少しありますし、少しお休みになったらどうですか?」
「問題ないですわ。一日くらい寝ない日なんて、普通にありますもの。……それより、クロウさんの姿が見えませんわね」
きょろきょろと、視線を動かすカナリアに、ロビンが腕組みをして、困ったように口を開いた。
「そうなんですよ! クロウったら、さっき起きたみたいで、今急いで準備してるみたいです」
「おや、珍しいですね。クロウさんが寝坊しそうになるなんて」
「儀式当日だから、緊張しちゃって寝られなかったのかも? だから、先に食堂に行って大丈夫みたいですから、行きましょうか」
笑顔で食堂へと足を向けたロビンに、カナリアとクレインは頷いて、共に歩を進める。
朝の日差しを浴びて、柔らかに光る亜麻色を、ぼんやりとカナリアが眺めていれば、彼女はその視線に気付いたのか、にこやかな笑顔を向けた。
「寝不足だと、頭痛いですよね? 私、頭痛に効くハーブティーを知っているので、カナリア様に作りますよ!」
「あら、それは気が利くじゃありませんの」
「本当は寝てほしいですけどね。寝不足には、寝るのが一番ですから。寝不足は怖いんですよ。足元もフラフラしちゃうし、この前お父さんが――」
人差し指を立てて、寝不足の怖さを力説し始めたロビンに、カナリアは昨夜の出来事を頭から放り投げて、その可愛さを堪能し始める。
見ているだけで癒される天使に、悩みに悩みまくって疲れ切っていた火の女神は、心と頭を浄化していった。
「おはよう、カナリア。ローストビーフ、あるよ」
「おいっ、アホウゴロウ!! そんな性悪女に飯持ってくる暇あんなら、俺の好物持ってこい!!」
「……はぁ〜〜〜〜」
三人で席に着いた瞬間、ホウゴロウがローストビーフの乗ったお皿をカナリアに差し出し、その後ろのホークが喚き出す。
収まっていた頭痛が戻ってきて、大きな大きな溜息を吐いたカナリアは、ホウゴロウから皿を受け取って、彼へと視線を向けた。
「ホウゴロウ、貴方は学園では私に構わなかったのに、ここに来て、しつこいくらいにやって来ますわね」
「構わなかった訳じゃない。生徒会とホークの世話が忙しいし、学年違うから、会おうとしても会えなかっただけ。でもここなら、いっぱい会える。寂しくないよ、カナリア」
「寂しさなんて感じてません。あのねホウゴロウ、もう私達は幼くはないの。立派な紳士淑女になりましたのよ、お分かり?」
「……? うん、お分かり」
全くお分かりになっていない顔で頷いたホウゴロウに、カナリアはげんなり顔で、彼を睨む。
――そもそも、このアホの過干渉で面倒なことばかり、起きているのですわ。ちゃんと、言い聞かせなければいけませんわね!
「ホウゴロウ、私に構うのをお止めなさい」
「えっなんでやだ。ずっと、会えてなかったのに」
「私はもう立派なレディですわ。貴方の世話も必要ないですし、幼い子供ではないの。あの馬鹿と違って、私は一人で何でも出来ますのよ。
だから、私に関わらないでちょうだい」
バッサリと言い放ったカナリアに、ホウゴロウが泣きそうな顔をして、立ち尽くす。
その様子を見ていたロビンとクレインは、カナリアの辛辣な言葉に、気の毒そうにホウゴロウを見つめ、黙ってその様子を見ていたホークが、静かにホウゴロウの肩を掴んだ。
「カナリア、最低だなお前。ホウゴロウはアホでマヌケだが、そこまで言う必要性はないだろう」
「ここまで言わなければ、理解しないから言ってますのよ」
「あのなぁ、お前の言い方でも伝わんねえんだよ。つか、マジで傷付けるだけの言葉だ。お前は本当に昔からそういうところ、変わんねえよな。これで毎回ホウゴロウ泣かしてるくせに、学ばねえなお前」
ギロリと、茶色の瞳が不愉快そうに鋭くカナリアを突き刺せば、きょとりとした顔をした紅の悪魔は、目の前の巨人に目を向ける。
彼は涙を溜めた瞳で、カナリアを悲しげに見つめていた。
「……ボク、もうカナリアとお別れ? もう、知らない人?」
「えっ、何故そうなりますの」
「だって、関わらないでって言った。じゃあ、いつまで? すぐ終わる?」
「ああ……、そう、そうですわね。今のは、私の言い方が悪かったですわね」
とうとう、ポロポロと落ちてきた雫に、カナリアは眉を寄せて、ホウゴロウに手を伸ばし、その目元を拭う。
大きな体をして、子供のような彼に、カナリアは困ったように微笑んだ。
「子供の頃のようなスキンシップは、もう出来ませんの。親しみのキスもおんぶも抱っこも、駄目。貴方が私の好物を持って来るのも、世話を焼くのも、もうしなくて良いのですわ」
「なんで。仲良しならする」
「しません。もう子供じゃないの、私たち」
「する」
「駄目」
「やだ」
「私じゃなく、ホークにしなさい。アレになら、全部してもよろしい」
「いつもしてる」
「あらやだ、ホーク。貴方まだホウゴロウに、ベッドまで背負ってもらってますの? 良い年して恥ずかしいですわよ」
「されてねえよ!! いつの話してんだ、性悪女!!」
今にもカナリアに殴り掛かりそうなホークを、ホウゴロウが片手で制して、頭を撫でる。
ホークは、「やめんか、アホ!」と叫んでその手を叩き落とした。
そして、ホウゴロウは自分の涙を拭う手に触れ、すりっと頬を擦り寄らせる。
「カナリアは、ボクにとって大事な子。あんまり触らなければ、仲良しのまま?」
「……過剰に構うのを止めるならば、話くらいしてあげますわ」
「うん、分かった!」
嬉しそうに笑ったホウゴロウが、カナリアの手をぎゅうっと握って、そのままガバリと彼女を抱き締める。
ロビンが頬を赤らめ「きゃっ」とはしゃいだ声を出し、クレインが苦笑いを浮かべ、カナリアはやっぱり理解してないじゃないのと、拳を握って臨戦態勢に入れば、ホウゴロウとカナリアの間に、するりと腕が入り込んだ。
そして、すぐに二人を引き離した腕の持ち主は、カナリアを抱き締めるように守りながら、顔を後ろに向け、ホウゴロウを睨み付ける。
「食堂でっ!! 何してるんですか、破廉恥野郎!!」
「仲良しのハグ、してただけなのに」
「意味分からない! カナリア様もハグさせない!!」
「今殴るところでしたわよ、ちゃんと」
「ハグされる前に殴って下さい!! もうっ!!」
怒り狂うクロウ・ゴッドスピードが、ホウゴロウへと体を向ける。
怒りの炎を纏う彼女は、ツカツカと巨人の元へと向かい、仁王立ちをした。
「貴方、いい加減にしなさいよ。幼馴染だとしても、スキンシップには限度ってものがあるわ」
「今、カナリアにも言われた。だから、キスと抱っことおんぶはしない。でも、ハグは出来る」
「出来ませんから!! ハグも駄目ですから!! 何なの、このアホ!!」
「クロウさん、落ち着いて。ホウゴロウは、こういう子なんです。純粋で素直で天然なんです」
「そうですわ、クロウさん。怒っても無意味ですわよ」
「二人共、甘やかさない!!」
カナリアとクレインの言葉を、バッサリ切り捨て、クロウが拳を握る。
きょとんとした、クリクリお目々の巨人は、首を傾げてカナリアへ目を向けた。
「ねえ、カナリア。とりあえず、ボクの膝の上で一緒にご飯食べよ」
「しませんわよ!」「させませんから!」
カナリアとクロウの叫びに、巨人はやはり、困ったように首を傾げるだけだった。




