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ヒロインガチ推し悪役令嬢は今日も悪役を楽しむ  作者: 月見里 雪
第三章『乱立恋愛フラグを叩き折りましょう』

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17

 呆けた顔をする紅の乙女に、漆黒の青年は嬉しそうに目を細める。

 そして、彼は通信石を切断し、にこやかに口を開いた。


「一週間ぶり? まあ俺は、映像越しに王宮で歌ってるカナリア見てたけどさ」

「あ、貴方、何故ここに!?」

「クロウ嬢様の護衛だよ。アリア学園の警備は強固だって有名だけど、一応ね……っていうのは、建前」


 バルコニーの入口で固まるカナリアに、レイヴンが静かに近付く。

 そして、するりと、カナリアの右手を取り、彼女の腰に手を回して、自分の元へと引き寄せた。


「アンタに会いたくて、無理矢理付いて来ちゃったって、言ったらどうする」

「ていっ!!」

「いって!!」


 バシーンっと、カナリアの左手が、レイヴンの右頬に勢い良く命中する。

 驚きで目を丸くするレイヴンから抜け出したカナリアは、苛立たしげに口を開いた。


「馴れ馴れしい! 淑女の部屋に勝手にやって来て、不躾に触れるだなんて、言語道断ですわよ!」

「えぇ〜、単なる挨拶じゃん……」

「時間と場所が有り得ませんわ」

「何だよ、じゃあ昼の庭園なら良いの?」

「駄目に決まっているでしょう。私に不用意に触るんじゃなくてよ」


 警戒心を露わにし、キッと睨み付けるカナリアに、レイヴンが不服そうに、打たれた右頬を擦る。

 そして、ブスッとした顔で、カナリアを見つめた。


「他の男には許してたじゃん」

「は? 他の男?」

「巨人みたいなやつ! クロウ嬢様がめっちゃ怒ってたの、俺、木の上から見てたよ」

「何で護衛が木の上にいるんですの」

「クロウ嬢様の言いつけなんだよ。隠れて護衛しろって。てか、話逸らすなよな! あの巨人は良くて、何で俺は駄目なんだよ!」


 ブーブー文句を言うレイヴンに、面倒臭そうにカナリアが眉間に皺を寄せる。

 クロウと言い、レイヴンと言い、何でそんなにもホウゴロウに突っかかるのか。


「ホウゴロウも良くはありませんわよ。幼い頃から、口を酸っぱくして言い聞かせていましたわ。ですが、すぐにあのアホは忘れますのよ!」

「それにしたって、カナリアに隙があるのが悪いんじゃないのか〜? 簡単にキスされてたし」

「この私に隙などありませんわ。額のキスなんて、スキンシップの一環でしょう。騒ぐほどでも無いですわよ」


 肩を竦めて、やれやれと呆れるカナリアに、レイヴンの目が鋭く光る。


「……ふーん? スキンシップの一環? じゃあ、クレイン様とかホーク王子がしても、カナリアは受け入れるの?」

「二人共、私にそんなことするなんて有り得ませんわ」

「有り得る有り得ないじゃなくてさ……」


 伝わらない意図に、レイヴンが頭を掻きながら、大きな溜息を吐く。そして、彼は不機嫌な声で言った。


「……カナリアってさ、あの巨人になんか甘くない?」

「ホウゴロウは、ただの幼馴染。それ以上でも以下でもありませんわ」

「幼馴染なら、キスしてもいいってこと?」

「だから、アレに深い意味は無いんですのよ」

「深い意味のないキスなんて、無いよ」


 ギラリと光る漆黒の瞳に、ギクリとカナリアの体が跳ねる。

 ヘラヘラとした表情と雰囲気が消えたレイヴンに、カナリアは小さく後ずさりしたが、逃さないとでも言うように彼の大きな手が、カナリアの腕を掴んだ。


「カナリアは、アイツのこと好きなの?」

「はっ? そんなわけないでしょう?!」

「でも、気許してるよね。アイツだって、男なのに」

「きゃっ!」


 引っ張られ、グルリと視界が回転する。腰にある手すりに両手をひとまとめに置かされ、その上にレイヴンの大きな左手が覆い被さり、手が封じられた。

 目の前には、自分に影を落とす男が自分を見下ろしていて、カナリアは冷や汗をかく。


「ちょっと! 離しなさい!」

「ほら、隙だらけ。本気出せば、カナリアなんて簡単に拘束できるんだぜ」

「燃やしますわよ」

「俺にはそういうこと言うんだ」

「……もう、何なんですの、本当に」


 疲れた表情で悪態をついたカナリアに、レイヴンが眉を寄せて、口をへの字に曲げる。そして、呟いた。


「だって、あの巨人にだけ、カナリアは甘いじゃん。怒ってるけど、突き放す感じじゃないし」

「そんなことありませんわ、だから早く離しなさい」

「嫌だ。カナリアは、スキンシップさせるようなタイプじゃないじゃん。アイツだけ、何で特別なの。……好きなの?」


 自分の両手を覆うレイヴンの左手に、グッと力が入る。真剣に自分を見つめ、返答を待つレイヴンに、カナリアは盛大に溜息を吐いた。

 そして、頭の中で様々な考えを巡らせ、悩んだ末に、結局、もうなんか面倒臭いので正直に話すことに決める。


「……ホウゴロウは、元は奴隷でしたのよ」

「えっ」


 丸くなる漆黒の瞳を見返して、カナリアは言葉を続ける。


「この国は奴隷を禁止していますわ。ですが、奴隷密輸をする輩は、私の幼い頃にはまだいましたの。

 私とホークがその密輸者を引っ捕らえて、奴隷馬車にいたホウゴロウを助け出したのが、出会い」


 アリア国の王子であるホークは、奴隷市場を毛嫌いしており、幼い頃から勝手に調査しては、告発、逮捕と、様々な手を使い、奴隷市場を潰していた。

 そのホークの奴隷市場壊滅計画に、カナリアは毎回付き合わされていたのだ。火属性魔法の力が強く、毎回誘拐犯を返り討ちにしていた実績もあり、幼馴染。正に、都合の良い存在。

 大人達には止められていたものの、ホークとカナリアの二人が言うことを聞くはずもなく、独断でホークは奴隷市場を牛耳る貴族やら富豪やらを、社会的に破滅させ、牢屋に入れていた。


「仲が悪いよな、二人共。今日、ずっと喧嘩してたの見えた」

「あんな奴に手を貸したくなど、当然ありませんでしたわよ。ですが、奴隷市場を牛耳る貴族達は、王族の権威を貶めようとしていましたから、バークライト家も動かざる得ませんでしたのよ」


 当時、東の島国の奴隷問題は、国際的に大きな問題となっていた。

 東の島国の人間は、丈夫で反抗的ではなく、よく働くと奴隷市場に需要もあった為、様々な国で誘拐、奴隷化されており、アリア国の王族は、この奴隷化を断固反対し、奴隷市場を排除していたものの、貴族の大部分は奴隷を秘密裏に買い、裏で市場を回していた。

 当時の王の側近が中心となっていたこともあり、その証拠集めも難航していたのだ。


「東の島国との国際問題にも発展し、腐敗した貴族達を一掃するために、私とホークは動いていましたわ。結果的には、全て壊滅させることに成功し、国の平和を保たれましたの」


 救われた奴隷達は、故郷である東の島国に返された。けれど、ただ一人、ホウゴロウだけはこの国に留まり、ホークの従者となったのだ。

 ホークが彼の聴力や足の速さ、突出した身体的な才能に目を付けたのも、大いに理由の一つであったが、ホウゴロウ自身が、ホークとカナリアの側に居たがった。


「ホウゴロウは、ホークと私に恩を感じているのですわ。そして、彼は故郷に家族がいなかったから、私達を弟妹のように思っていますのよ」

「……そうだったんだ」

「だから、彼のスキンシップは全て、弟妹にするようなもの。目くじら立てて叱っても、彼にはどうして怒られるのか、分からないんですのよ。だって、ホウゴロウはホークにも額にキスしますもの」


 緩んだ手に、カナリアが両手を抜き出す。

 目の前の気まずそうな青年を見上げれば、彼は眉を下げた。


「……ごめん」

「本当ですわよ。今日はずっと、クロウさんにもそのことで鬱陶しく言われましたし」

「でも、キスは駄目だと思う」

「まだ言いますの?! しつこいですわね!」

「ええ〜、だって、キスは駄目だって! カナリアは俺がしたら怒るだろ?!」

「当たり前でしょう! というか、ホウゴロウにも叱ってますわよ!」


 プンプンと、怒り続けるカナリアに、レイヴンが拗ねたように唇を尖らせる。

 そして、手すりにカナリアを追い込んだまま、彼女の紅の髪を一房手に取った。


「俺さあ、ずっと、カナリアのこと高飛車傲慢女って噂で聞いててさ。まあ、間違いではなかったけど」

「喧嘩売ってますの、貴方」

「でもさ、それだけじゃなかった。初めて会った時、ロビンの為に必死になってる姿見たり、路地裏の皆のことを気に掛けてくれたり、ロビンの家で一緒に遊んだりとか色々、カナリアのこと知ってさ」


 恭しく持ち上げられる自身の髪に、レイヴンが静かに口付けを落とす。

 その一連の動作が、あまりにも流れるように美しく、カナリアは止めることも忘れて、見入ってしまった。


「ねえ、俺、本気でアンタのこと好きになってる」


 鋭い漆黒の瞳が、カナリアを射抜く。

 その瞳に囚われた紅の乙女は、視線を逸らすことも出来ず、息を呑んだ。


「だから、あんまり他の男に触らせないでよ。例え、家族みたいな関係だとしても、嫉妬しちゃうから」


 するりと、落ちた紅の髪と共に、レイヴンがカナリアから一歩離れる。

 固まっていたカナリアが、ハッとして正気を取り戻し、何か言おうと口を開くが、一気にその顔に熱が集まり、言葉が出なかった。

 真っ赤な顔で口をパクパクさせるカナリアに、レイヴンが驚いたように大きく目を見開き、そして、スッと愛しそうに細める。


「おっとぉ、その反応は脈無しではない感じ?」

「馬鹿を言わないで!! はっ、早く出ていきなさい!!」

「はは、言われなくても、もう戻るよ。……本当にちょっと顔見たかっただけだったんだ、ごめんな長居して」


 大きな手が、カナリアの頭を優しく撫でる。出会った時にされた乱暴さはなく、ただ、愛しい人に触れるような触れ方。

 それにカナリアは、全身が心臓になったかのように脈打ち、熱くなり、何故こんなにも恥ずかしいような、居た堪れない気持ちになるのか分からず、けれど、その手を叩き落とすことも出来ずに、彼女は一歩後ずさりすることしか出来なかった。


「おやすみ、カナリア」

「……早く、行きなさいっ!」

「うん、あっ、ごめん、最後にこれだけさせて」


 ちゅっ、と、自分の額に触れた柔らかな感触と熱。

 名残惜しげに離れた彼は、してやったり顔で歯を見せ笑った。


「上書き。おいおい、警戒心はちゃんと持てよ、カナリア」


 シュンっと、バルコニーから木に移って、闇夜に溶けた青年に、カナリアはへなへなとその場に座り込む。

 生温い風では、到底今の自分の熱を冷ますことは出来ず、カナリアは悔しそうに唇を噛んだ。


「こ、これでは、クロウさんの言った通りではありませんのっ!」


 頭を抱え、叫ぶ。

 まだ出会って間もない男に、今までのカナリア・バークライトならば、隙なんて見せる暇さえ与えなかった。

 今までの人生、老若男女問わず、彼女は警戒心を緩めたことなど、無かったのだから。


 それなのに、この失態はなんなのか。

 あの青年の前では、何故か彼女の強固な壁が綻んでしまう。

 前から知っているような懐かしさ、彼の図々しい馴れ馴れしさは鬱陶しくありつつも、丁度良い距離感を見極めていて、そして、あの切れ長の漆黒の瞳が、自分を映して細まると、何故か安心した。

 気が緩んで、解けた警戒心の間に、するりと入り込む彼に、悪い気がしないのも事実。そうでなければ、出会ってすぐの男に、二度も頭を撫でられることなど、今までのカナリアならば有り得ない。

 だからこそ、今回の告白に、初心な乙女は頭が真っ白になってしまう。


「私に恋愛など不要!! 私の野望には不要!!」


 自分に言い聞かせるように叫びながらも、生まれて初めて受けた愛の告白に、カナリアの感情は処理出来ない。


 どうにか眠らなければと、カナリアは自分を落ち着かせるために、亜麻色の乙女を頭に浮かべ、彼女の素晴らしさの数を数え、けれど結局眠れないまま、朝を迎えたのだった。

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