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ヒロインガチ推し悪役令嬢は今日も悪役を楽しむ  作者: 月見里 雪
第三章『乱立恋愛フラグを叩き折りましょう』

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「あー、最悪。本当に? 本当にそうなの? 勘違いじゃないの、これは」

「く、クロウさん?」

「あっ、近付かないでください。今ちょっと、違う謎が解明してしまって、それについて考えなくちゃいけないので」

「は、はあ?!」


 自分へ手を伸ばそうとしていたカナリアから、ササッと離れ、顔を覆ったままのクロウがソファの端で蹲る。

 訳の分からないクロウに困惑するカナリアは、先程までとは別の意味で気まずくなった。


 ――もう全く分からないですわ。クロウさんに何が起きてますの?


 クロウをそのままにして、カナリアがバルコニーに目を向ける。

 話し合いの中断で暇になってしまったカナリアは、バルコニーの扉を開けた。


 夏の始まりを告げる生温い風が入り込み、紅の髪がふわりと宙を舞う。

 さやさやと、風と共に靡く美しい紅の髪が、キラキラと月明かりに照らされ輝いた。

 その姿を遠目に見ていたクロウが、自分の胸にそっと手を添える。

 ドキドキと、速い鼓動を打つ自分の心臓に、この感情を受け入れざるを得なくなった。


「……()が、惚れたのか」


 ポツリと、誰にも聞かれない声で呟かれた言葉。

 そして、クロウは勢い良く立ち上がり、星空を眺めるカナリアの元へとツカツカと向かった。


「カナリア様」

「あら、漸く落ち着きまして?」

「ホークとホウゴロウに話を聞くのは、私がやります」

「えっ? ああ、貴方がしたいのならば、もう任せますわ」

「ありがとうございます」


 そう言うや否や、クロウが部屋の入口へと向かった。

 自室に帰ろうとする彼女に、カナリアが慌てて追いかければ、振り返ったクロウは、今まで見たこともない優しい微笑みをカナリアに向ける。

 それに、カナリアはドキリと、胸が鳴った。


「おやすみなさい、カナリア様。明日は歌魔法発現の儀式ですから、調べものは明日以降またしましょう」

「ええ、そうですわね。……おやすみなさい」


 パタリと閉まった扉を数秒見つめ、カナリアは大きく息を吸って吐く。

 気まずい空間が終わったものの、最後のクロウの表情が変に頭に残ってしまい、カナリアは目をパチパチとさせながら、バルコニーに戻った。

 すると、大きなカラスの鳴き声が部屋に響き渡り、カナリアは肩を跳ねさせる。


「はっ?! なに、なんですの?! 通信石のコール音?!」


 自分の荷物から聞こえるその音に、慌てて荷物を漁れば、小さな包みが出てくる。

 その包みには、マグパイの文字で『秘密の殿方との通信石を入れておきます。お嬢様も隅に置けませんね』と、ハートが沢山書かれていた。

 何のことだと、開いてみれば、淡い紫色の通信石が出てきて、カナリアは頭を抱える。


「急にこんな夜更けに連絡するなんて、貴方は本当に図々しいですわね!」

「おっ、出た出た。よう、カナリア元気かぁ〜?」


 気の抜けた声に、カナリアの力が抜ける。

 通信石越しにケラケラと笑うレイヴンは、楽しそうな声で言葉を続けた。


「俺、カナリアから連絡来るの待ってたんだぜ? それなのに、あの日からずっと音沙汰なしでさ。そんで、クロウ嬢様が合同合宿行くってなって、じゃあカナリアも行くから一ヶ月は、この街から離れちゃうのか〜って。

 俺的にはまた会いたかったのにさ〜」


 つらつらと、こちらの返答を気にもせずに話し続けるレイヴンに、カナリアは通信石を切ってしまおうかと、本気で考える。

 なんだか色々あった合宿初日だった為、カナリアは早々にこの疲れる相手との会話を止めたくなった。


「私は貴方と会う必要なんてありませんわ。馴れ馴れしい。そもそも、私はそう簡単に会えるような人間ではありませんのよ」

「有名人のカナリアは学業に仕事に大忙しだもんな。そっか、俺から会いに行けば良かった?」

「そういうことではなくて、貴方如きが会える人間ではありませんのよ、私! というか、貴方はご自分の仕事に注力しなさい!」


 ポンポンと聞こえてくる軽薄な言葉に、カナリアが怒りを込めて言えば、通信石の向こう側の人物は、またもやケラケラと笑った。


「あはは、仕事はきちんとやってるよ。この前みたいなことがないように、路地裏の連中には注意したしさ。

 それに、実はロビンがさ、出会った翌日の朝早くに、また路地裏にやってきて、廃材持ってきて家の修繕とか皆に教えてくれたり、畑や薬草の育て方とか色々教えてくれたんだよ。毎朝来てくれてさ、本当に助かった」

「……えっ、ロビンさんが?」


 急に出てきた推しの名前と素晴らし過ぎる善行に、カナリアが驚きで目を丸くする。


 ――路地裏でのイベントは、元からゲームには存在しない。だから、そのロビンさんの行動は、ゲームから逸脱していて、有り得ない行動ですわ。ですが……。


 優しいあの子が、路地裏の状況を見て、何も思わない訳が無い。

 合宿に行くまでの間、自分の魔法鉱石のチャーム作りや放課後のレッスンと、とても忙しいはずだった彼女が、眠る時間を削って、早朝に路地裏の整備をしていた。

 ここ一週間、彼女が眠たそうに目を擦っている姿を見て、可愛らしいと悶えていたが、そんな理由があったからなんて、思いも寄らなかった。 


「……そう。ロビンさん、そんなことをしてましたのね。そんな暇があるなら、歌の朝レッスンでもすれば良いものを」

「そんなこと言うなよ、カナリア。そんなこと思ってもないくせにさ」

「ふんっ、そもそもあんな薄汚れた場所を、いくら整備しても意味はないですわ。さっさと、あの場所から私が全員追い出してやりますから、首を洗って待っていなさい」

「……ははは! 早いとこ頼むわ、カナリア」


 優しい亜麻色の乙女の笑顔を思い出し、カナリアは心がじんわりと温かくなるのを感じる。

 そういえば、彼女の家は魔法を極力使わない生活をしていた。修繕も人の手で行われていたし、食事の火も薪を使っていて、魔法を使っていた姿を見たのは、彼女の父親が動物を呼んでいた時のみ。

 街外れにもほどがある、森を抜けた先の牧場で、魔法石自体、手に入りにくそうな場所であったし、自給自足の生活が板についていた。

 だからこそ、彼女は魔法に依存しない生き方を知っていて、路地裏の民にも、それを教えることが出来たのか。


 今傷ついている人を救おうとするロビンと、根本的解決優先でそれを後回しにしていた自分。


 ――こういう所が、私と彼女の違いですわね。


 自嘲気味に笑いながらも、ロビンの行動が嬉しくて堪らない。彼女の優しさは、ずっと本物だ。


「……そんでさ、路地裏もなんかロビンのお陰で落ち着いてきて、荒ぶる奴らも減ったんだ。自警団の主な仕事も、薬草やら野菜を皆で育てたり、家の修繕したりで。勝手に色々やると、怒られちまうけど、ロビンが自分の家から持って来る廃材とか種で賄ってるからさ、全然バレなくて」

「良かったじゃないですの」

「うん、でも、俺が暇になっちゃったんだよな。見張ってなくても良くなっちゃって、他の自警団の奴らに任せられるようになっちゃって」

「あら、ならば本業に専念すれば良いのでは? 貴方は元々、ゴッドスピード家の護衛でしょう」

「うんそう、金欲しいし、護衛の仕事に集中することにしたんだよ。そしたら、カナリアにも会いに行けると思って」

「は?」


 ブワッと、強い風が部屋の中に吹き込んでくる。

 背中に感じる風に、バルコニーの扉を開けたままだったと気付いたカナリアが振り返れば、バルコニーに人影が見えた。


 まさか、と、バルコニーに近付けば、淡い紫色の通信石を持った男が、バルコニーの手すりに寄りかかりながら、笑う。


「会いに来ちゃった」



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