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昼食を終え、自由時間となった瞬間に、カナリアは直様大図書館へと向かった。
図書館の三階へと辿り着けば、カカポさんの説明通りに沢山の歌魔法関連の本が所狭しと並べられており、カナリアは、ほうっと、感嘆の息を漏らす。
そして、左上から順に本を抜き出していった。
「ここ一帯の本、全部読むつもりですか?」
「ええ、手伝ってくださるの?」
「……なんとなく理由を知ってますからね。でも、意味ないと思いますよ」
本から隣に立つ漆黒の令嬢に視線を移せば、彼女は気まずそうにカナリアが抜き出した本に視線を落とした。
「"路地裏の民"、彼らはずっと昔からあそこに住んでいるんですよ」
「……貴方の従者の言い方だと、貴方は知らないかと思っていましたわ」
「両親は秘密にしたいみたいでしたけどね。……国の汚点、なんて、人を何だと思っているのだか」
同じ怒りを瞳に宿したクロウを、カナリアは見つめ返す。彼女はカナリアの持つ本を取り、言葉を落とした。
「私も色々と調べました。ですが、無魔法の人間についての記述は、見付からなかったんです。貴族の権限で王宮の図書館も調べましたよ。……でも、なかった」
「徹底的に隠されている、ということですわね」
「無魔法の人々を、何故隔離するのか分からないのです。あそこからの脱走を試みる者達は、極刑せよとのことで、路地裏の民は、あの場所しか知らない……。
彼等に脅威はないし、魔法を使えないだけ。何も恐ろしいことはないのに、魔法すらない不衛生なあの場所に押し込められている」
ふむ、と、カナリアは頷く。
無魔法ということは、クロウの言う通り、何も脅威はない。魔法を使った犯罪が起きるこの世界で、無魔法の人間は、寧ろ保護されて然るべき存在である。
それなのに、保護というより排斥という言葉が正しいあの扱いは、国としておかしな行動だ。
「……バークライト家の私ですら、知り得ない。国の隠す秘密」
「ゴッドスピード家も、詳細は教えられてはいませんでした。代々、路地裏を管理、という名の監視をせよとの命令を受けているだけで、理由も何も王族からの勅命依頼に書かれてはいませんでしたから」
「益々、気になりますわね。やはり、この本達を読むのは必要不可欠ですわ」
「え?」
カナリアの紅の瞳が強く輝く。その煌めきに、クロウは一瞬見惚れてしまった。
「歌魔法について、前世の私もあまり分かってはいませんの。私自身も幼くして顕現してしまったから、詳しく勉強してきてはいませんでしたし」
ずっしりと重たい本を抱え込み、カナリアはテーブルに体を向け、言葉を続ける。
「ですから、これからまた一から確認して、歌魔法を読み解いていけば、王族の隠す無魔法についてのヒントが、見付かる可能性がありますわ」
「カナリア様……そんなに、路地裏の民を気にかけて下さっているのですね……」
クロウが驚きと嬉しさを込めて言えば、カナリアは沢山の本をテーブルに置いて振り返る。
そして、大きく口を開いた。
「当たり前ですわ! あの無礼者達に私の魔法がどれだけ偉大かを分からせる為、路地裏から出させ、私の灯りがどれほど素晴らしいか、どれほど美しいか、見せ付けなくてはいけませんもの!!」
「……はい?」
ふふんっと、胸を張るカナリアに、クロウが先程までの感動を返せと言わんばかりの目で、カナリアを見つめる。
「生まれた時から、あんな目にあって不遇だとは思われないのですか……?」
「そうですわね、私の素晴らしさを知らないなんて不遇ですわ。あの路地裏、通信映像石もなく、私の歌とダンスを見たことも聞いたこともないんでしょうし」
「……カナリア様のそういうところ、本当にそういうところがですね、駄目だと思います。何で、そうなっちゃうんですかね。一応、優しさはあるはずなのに」
大きな大きな溜息を吐いて、頭を抱えたクロウが、呆れたように言い放つ。
そんな彼女を一瞥し、カナリアは肩を竦めて、山のような本へと向き合った。
『歌魔法の基礎』という本を手に取り、真剣に読み始めたカナリアを見つめるクロウは、眉を下げて笑い、紅の乙女の隣に座る。
「貴方はロビンさんとクレイン様の邪魔をしに行きなさい」
「ロビンは一人で自主練習で、クレイン様は生徒会で忙しく動き回ってたので、あの二人は大丈夫です。私はここで、カナリア様と調べます」
「あらそう……まあ、それはそれで、少し助かりますわ」
ほんの少しの素直な言葉に、クロウの唇が弧を描く。
捻くれ者の女神様の心の壁が、少しずつ、日々薄くなってきているのを感じ、クロウは嬉しくなった。そして同時に、ホウゴロウの言葉を思い出し、本を読む手に力が入る。
「……因みに、カナリア様」
「なんですの?」
「あの破廉恥野郎とは、この学園に入る前に何かありました?」
「破廉恥野郎? ……もしかして、ホウゴロウのことですの? 何かって何もないですわよ」
不愉快そうに、誰かさんを思い浮かべるクロウに、カナリアは首を傾げる。
クロウは口をへの字にしながら、ボソリと言った。
「貴女への好感度が……異様に高いです。今までのループで、見たことないくらい」
「そうなんですの?」
コクリと、頷いたクロウが、溜息混じりに、またボソボソと、言葉を続けた。
「今まで、貴女とホウゴロウが親密にしていた所を見たことなかったです。スキンシップが激しめな人でしたが、貴女には、距離があったというか……」
「幼い頃にそのスキンシップを辞めるように、躾はしていましたから。けれど、そうですわね……いつからか、また戻りましたわね。躾直し出来ないまま、今に至りますわ」
「何ですか、それ。何が起きてるんですか。それって、もう始めから、世界変わり始めてるじゃないですか」
「知りませんわよ、私は今の私しか知りませんもの」
ヴヴヴ〜っと、犬の唸り声の様な声を発し、ブツブツと、「破廉恥」だの「次からは触らせない」だの呟き始めたクロウに、カナリアが呆れたように眉を寄せる。
「気にしなくて良いですわ、慣れていますもの」
「慣れないでください!! 婚約者以外、抱き抱えるのも、キスするのも有り得ないことですよ?!」
「……クロウさん、これ以上くだらないことを言うなら、手伝わなくて結構ですわよ」
「……うぅ」
冷たく言い放てば、クロウが不本意ながらも口を閉じ、本に視線を向ける。
ロビンが言っていた嫉妬、という言葉が頭に浮かびながら、カナリアは不思議に思った。
友情間にも、嫉妬という感情が起きることは、知識として知っている。
けれどクロウは、ロビンと他のクラスメイトを仲良くさせようと動いており、そこに嫉妬のしの字もなかった。
ホウゴロウにだけ、彼女は不快感を示し、嫉妬している。らしい。ロビンちゃん曰く。
―――何故、ホウゴロウ? 淑女に対する扱いがきちんとされていないから?
そう考えて、カナリアはひとり、納得する。
嫁入り前の淑女に馴れ馴れしい男は、同じ女として不愉快であるはずだ。
これはきっちり、ホウゴロウに言い聞かせませんと、とカナリアは思い至り、本に集中する。
そんな明後日の方向に納得しているカナリアを、クロウは一瞥し、彼女は自分のポケットにある薄紫色の通信石を、チラリと見て、カナリアの知らぬ所で決意を固めた。




