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森の中を突き進み、その最奥に辿り着けば、広がる大きな湖。その傍に佇む立派な屋敷に、アリア学園の生徒達は一ヶ月、過ごすこととなる。
外界から閉ざされたそこは、美しい自然と音に満ち溢れており、屋敷の周りには運動場や植物園、果ては温浴施設まで、あらゆる施設が完備されている。
不便な部分を出来る限り排除し、授業にも集中しやすく、生徒達のインスピレーションを刺激するのにもってこいの場所だ。
「なにこれ、マップ? ここ学園の施設だよね?」
「すごい……! 私の牧場より広いよ!」
「この学園の為に国が出資して作られた場所と聞いてはいましたけれど、ここまで大掛かりなものだったとは知りませんでしたわ」
目の前の巨大な屋敷を見上げながら、放課後レッスン三人娘が口々に感想を述べた。
驚きで目を丸くする三人に、カカポさんがにこやかに口を開く。
「普段はね、テーマパークみたいな運営してるんだよ。遠くから遊びに来る人も沢山いるし、近隣の町や村の人達には、特別価格で提供してるから毎日大盛況なんだよ〜!」
「そういえば、カカポさんの家はテーマパーク運営をしていて、ここも管理しているんでしたね」
「うん! 私、小さい頃からここに来てるから、案内して欲しい場所あったら言ってね〜。ここにしかない秘蔵の本がある図書館とか絶景湖スポットとかたっくさん知ってるから」
「それは、とても有難い申し出ですわ。特に本については、詳しくお聞きしたくてよ」
「任せてください、カナリア様!」
胸を張って答えたカカポさんに、三人が笑顔を向ける。
そして彼女は、仲の良い友人に呼ばれ、三人に手を振って離れた。
「わー、わぁー……、先ずは施設案内だよね。楽しみだなぁ、すごいなぁ」
「ふふ、ロビンさん、楽しみなのは良いですが、施設案内で迷子にならないように気をつけて下さいね」
「わっ、クレイン様?!」
急に現れたクレインに、ロビンが驚いて振り返る。小さくお辞儀をした貴公子は、ロビンを愛しげに見つめながら言葉を続けた。
「ここは本当に広いですから。施設案内をしている最中に道を外れて迷う生徒が毎年いるんですよね」
「わ、私、迷ったりしませんよ!」
「どうでしょうね。貴女いつもボケっとしてますから」
「カ、カナリア様! 私、ボケボケじゃないですよ! しっかりしてますよ!」
「……しっかり?」
「クロウまでヒドイ!」
頬を膨らませて怒るロビンに、クレインとクロウは微笑み、カナリアは肩を竦める。
すると、クレインの後ろから複数の人影がこちらへやって来るのにカナリアは気付く。そして、ひとりの人物を視界に入れた途端、凄まじい皺を眉間に寄せた。それにクロウが気付き、カナリアの視線の先を辿れば、彼女もまた、同じ皺を眉間に寄せる。
「おい、クレイン! 施設案内が始まるぞ!」
「ああ、ホーク様。分かっていますよ」
「分かっているなら、お前が早く先導しろ。ったく、生徒会が施設案内するとか、なんて面倒なんだ。かったるい」
切れ長な黒みがかった茶の瞳、焦げ茶の短髪ツーブロックの高身長男は、見目麗しく人々の目を惹き付ける。存在感のある彼はこの国の王子、ホーク・アリア・トレ・パーチ。
今まで散々な評判の王子が、ここでやっと登場である。
「ん? カナリアじゃないか、何してる。早く行けのろまが。お前のせいで施設案内遅れんだよ」
「あらまあ、怠惰な役立たずがこの私に何か言葉を発した気がしますけれど、気のせいですわよね。私、自分より歌の下手な路傍の石に興味がありませんもので」
「アァ? てめえ、その減らず口まだ健在かよ」
「はあ? 貴方こそ、名ばかりの王子で調子に乗るのは大概にしましたら?」
凄まじい雷とバッチバチの火花に、その場にいた全員が凍り付く。
今にも殴り合いの喧嘩をしそうな二人に、冷や汗を流すクレインが間に挟まった。
「ストップ。ストップですよ、お二人共」
「邪魔だ、クレイン。この馬鹿女には、お灸を据える必要があるんだよ」
「その言葉、そっくりそのままお返しいたしますわ」
「上等だコラ、その自慢の喉死なない程度に引き裂いてやるよ。生き地獄楽しみだなぁ?」
「その前に貴方を灰にしますわ。一番苦しむ死に方に喜びなさい」
全てが恐ろしい喧嘩である。お互い本気の目をしており、間に挟まるクレインは顔面蒼白で今すぐ逃げ出したそうに生徒会のメンバーを見つめた。
それに、いち早く動き出した男が、ひょいっとホークの脇に手を入れて持ち上げる。
物理的に離れた距離に二人が目を丸くすれば、2メートルはあるだろう誰よりも巨大なその男は、カナリアを見下ろした。
「二人とも、喧嘩ダメ。何でいつも喧嘩する。また箱に入れるよ」
「ホウゴロウ離せ! こんの筋肉馬鹿が!」
「喧嘩しないならいいよ。喧嘩するなら箱にしまうよ」
「……分かりましたわ、ホウゴロウ。喧嘩しませんから、そのバカをお離しなさい」
「約束だよ」
「ええ、貴方の箱しまい刑はトラウマですもの」
カナリアが渋々頷けば、ホウゴロウはホークを地面に下ろす。そして、すかさず王子はホウゴロウに怒鳴り声を上げた。
「こんのアホが! 毎回毎回、この馬鹿女の言うことばかり聞きやがって! お前の主は俺だろうが!」
「主はホーク。でも、カナリアは幼馴染。主より幼馴染の言うこと聞いてあげたい」
「アホがー!!! 従者は主を誰よりも優先するもんなんだよ!!!」
「ホーク、難しいこと言うのやめてよ。意味分からない」
顔を真っ赤にして怒るホークと何故怒られているのかちんぷんかんぷんなホウゴロウを横目で見て、カナリアは苛立たしげに息を吐いた。
「カナリア様……、どうかホークに優しく……」
「クレイン様、先に仕掛けたのはアチラ」
「……きちんと言って聞かせます」
「よろしい」
気まずげに苦笑いを浮かべ下がったクレインに、カナリアは頭が痛くなる。
すると、ホウゴロウが喚くホークを無視してカナリアに近付いた。
「カナリア、ホークはもう取り返しつかない。代わりに謝る、ごめん」
「いつものことですわ」
「うんでも、カナリアもすぐ喧嘩買わないで。ちょっと我慢して」
「何故私が……」
「仮にもアレは王子だから。身分は大事」
「…………ええ、分かりましたわ」
いつかの自分が誰かさんに言った言葉を諭すように言われ、カナリアは苦々しげに頷く。それに、ホウゴロウはにっこりと笑い、カナリアの額に口付けた。
チュッと鳴ったリップ音に、その場にいた全員が凍りつき、目を剥く。
「えっ!!?」
「はっ!!!??」
「ホウゴロウ!! 淑女に気安くキスはおやめなさい!!」
「小さい頃はいつもしてた。カナリア、意味分からない」
「アホ!!!」
そう叫んだカナリアの腕を引いたのは、クロウ。信じられないとでも言いたげなその顔。隣のロビンは、頬を染めて瞳を輝かせている。そんな二人に、カナリアはまたもや頭が痛くなった。




