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「知っていますか、クロウさん。カナリア嬢、この前の週末にロビンさんの牧場に遊びに行ったらしいですよ」
「ええ、知っていますよ。私達に一言も無く、カナリア様はロビンの牧場をとても楽しんだらしいですね」
「やっぱり、行きたかったんでしょうかね牧場。ですが、僕達に一言も無くなんて、寂しいですよね」
「そうですね。コソコソと、ロビンの牧場にひとりで勝手に行くなんて、そんなに牧場が見たかったんですかね」
「…………お二人は、私に何か言いたいことでも?」
「いいえ?」
「別に無いですが?」
合同合宿前日の放課後。
ロビンに大きな矢印を向けている二人からチクチクとした言葉を突き刺され、カナリアは心底面倒臭そうに眉根を寄せる。
そんな三人へ困ったように視線をきょろきょろと向けるロビンは、バチリと視線が合ったカナリアに申し訳なさそうに眉を下げた。
「不可抗力だったんです! こ、今度はみんなで行きましょう! ねっ!」
「たまたま週末に変な輩に絡まれているロビンを見付けて、色々あってロビンの家へ行く不可抗力……ね」
「ちょっと、クロウさん。貴方、あの無礼な護衛から事の顛末を聞いたんじゃありませんの」
「レイヴンですか? ええ、聞きましたよ。とっても楽しそうだったって。夕食までご馳走になったそうで」
拗ねたように目も合わせず言い放ったクロウに、カナリアは困惑げに眉を寄せる。
そして、彼女に近付き、彼女だけに聞こえるように囁いた。
「そんなイベントあるなんて知りませんでしたわ、私も。本当に不可抗力でしたのよ」
「……だとしても、ずるいですよ。私だってロビンの牧場行きたかったし、……カナリア様と牧場見たかった」
「えっ」
ふんっと、顔を背けたクロウに、カナリアは目を丸くする。
その様子を眺めていたクレインは、何も聞こえていないはずだが、全て理解しているかのように、可笑しそうにくすくすと笑った。
「おやおや、僕よりクロウさんの方が不服そうですね」
「分かったよ、クロウ! 合宿終わったら皆来て! お父さんにも言っておくし、カナリア様も体験出来なかったこと多かったから一緒にやろう! いっぱい皆で遊べるようにしておくからね!」
「……うん」
ロビンに両手を握られて矢継ぎ早に言われたクロウは、こくりと頷いた。
それにカナリアは、まだ目を丸くしたまま、どう反応して良いか分からず、視線を落とす。
――何故、私と一緒に牧場を見たいのかしら。私、牧場はそんなに知らないし、見てみたけれど、すごく好きになった、という訳でもないですわよ。
悶々と無言で考えるカナリアに、クロウが気付く。そして、不機嫌そうに彼女に向けて言った。
「カナリア様の鈍感」
「はい? 私、察しは良い方ですけど?」
「いえ、鈍感です」
「鈍感ですね」
「はあ?! なんですの、揃いも揃って!」
生暖かい視線を向けるロビンとクレイン、そして、少し頬を染めて拗ねるクロウに、カナリアは訳が分からず肩を竦める。
この日からクロウの行動が、明らかに変わっていくのだが、カナリアはこの時は全く察せず、この先の立て続けに起こる面倒事を知る由もなかった。
合同合宿当日の朝。
合宿先に向かうバスの中、出発を待つカナリアの隣は当たり前のように空いていた。
いつものことであるが、今回は違う。
クロウがその隣に座ったのだ。
「えっ、ロビンさんの隣でしょう貴方は」
「ロビンには言ってあります。あの子もクラスメイトと仲良くする必要がありますしね。それに、信頼出来る良い子を彼女の隣に座らせました」
にっこりと笑ったクロウを追い越して、カナリアはロビンへと視線を向ける。彼女の隣には、クラスで一番おおらかでのんびり屋で優しいカカポさんが、にこにこと彼女と話していた。
「まあ、適役」
「カナリア様、いつも隣が空いてるじゃないですか。だから、私が座ってあげますよ」
「……別に、結構ですわよ」
「遠慮なさらず」
カナリアが反論する余地もなく、クロウが彼女の隣に座り、ふふんっと、何故か胸を張って笑う。
距離感が近い。好感度がとても高い気がする。そんなことを考えて、カナリアは居心地悪そうに視線を窓の外へと向けた。
「好きな人の隣は譲らないんじゃなくて」
「譲ってないです。貸してあげてるだけ」
「まあ、凄い言い草。ロビンさんの隣はもう貴方のものなの?」
「そうしてくれるって、約束した方がいますから。だから今回は、その方の隣に座るんです」
優しく微笑まれてしまえば、カナリアは言葉を飲み込むことしか出来ない。
少し前なら、薄い壁が二人を隔てていた。クロウに芽生えた友情は、カナリア自身の思惑を邪魔しようとはしない、一歩引いた、ある意味カナリアを尊重する友情だった。
けれど、今は違う。壁が無い。クロウは壁を壊し、カナリアの隣にやって来ている。
「カナリア様、お菓子食べます? 私が作ったクッキーです」
「……美味しそうですわね」
「頑張りました。ロビンと貴女に食べてもらいたくて」
向けられる一直線の好意。
カナリアは、どうすれば良いのか分からない。真っ直ぐな漆黒の瞳を見れず、彼女は首を横に振った。
「……結構ですわ。私、お菓子はお付きのメイドが作ったものしか、食べないようにしているので」
「毒なんて入ってませんよ」
「……みんな、そう言うのよ」
からかうように言ったクロウに、カナリアが窓の外を見ながら返せば、窓に映るクロウの表情が固まる。
静かな沈黙の中、バスはゆっくりと動き出した。
「カナリア様は、イチゴジャムのクッキーは好きですか?」
「ええ。甘いものは好きですわ」
「そうですか」
イチゴジャムのクッキーを一口齧ったクロウが、もぐもぐと口を動かす。
あまりにも気まずい。こんなにも胸がざわつき、居心地の悪い気持ちは初めてだ。
けれど、今まで手作りお菓子には良い思い出の無かったカナリアにとって、クロウのお菓子を受け取ることが出来ない。
彼女はそんな事をしないと分かっている。けれど、体が強ばる。
優しい顔をして、二度と歌を歌えないように、喉を、声を、奪おうとしてくる人間が沢山いたのだ。カナリアにとって、それは、死と同義だというのに。
「……私、半分食べました」
「え?」
「えい」
「んっ?!」
とんとんと、肩を叩かれて振り向いた途端、口に放り込まれた甘いイチゴジャムとバターの香り。
ごくりと飲み込んでしまったカナリアは、ニヤリと笑うクロウを睨み付けた。
「もし、それに毒が入っていたら私も死にますね」
「いらないと言ったでしょう」
「だって、物欲しそうな顔してたじゃないですか。それなのに、失礼な言い方して私の好意を無下にするなんて酷いですよ」
「……それは」
「さあ、まだまだいっぱいありますよ。不安なら半分食べます。何かあったら、一緒に死にましょうね」
差し出された沢山のクッキーをカナリアは不機嫌そうに掴みあげる。そして、不服な顔でパクリと食べた。
「私は絶対に貴方と心中なんて御免ですわ」
「私もです」
嬉しそうに頬を染めて笑ったクロウに、カナリアの体の内側が温かくなる。
居心地が悪い彼女の隣に、カナリアは溜息を吐いた。




