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柔らかな風が草の香りを運びながら、吹き抜けていく。夕日に世界が染まる中、彼女の優しい父親に向けて、紅の女神は言葉を紡いだ。
「クレイン様のレッスンは、私から見ても、この国最高峰レベルのレッスンですわ。それを彼女は入学当初から続けていますの。私とクロウさんが参加してからは、人数が増えて、レッスンの幅も広がりましたわ」
歌い始めの音の狂いが減った。高音域の幅が広がった。クロウとのデュエットで、安定して歌い切れるようになった。息継ぎも自分で考え、タイミングが分かるようになった。
歌えない駒鳥は、段々と、三人の前でも歌を歌えるようになってきた。
「まだまだ、凡人より少し歌えるようになった程度。アリア学園の生徒と呼ぶにはお粗末ですけれど。レッスンを続ければ、歌えはするでしょう。まあ、私には到底及ばないでしょうし、音痴は音痴のままかもしれませんが」
フッと鼻で笑いながら、勝気な笑みを見せたカナリアに、ロビンの父親は優しく目を細め、目元の笑い皺を深めた。
そして、嬉しそうに笑い出す。
「ははは、そうですか。ええ、ええ、そうですか。カナリア様はロビンが人前で歌える可能性があると、そう思って下さっているのですね」
「客観的な事実と推測を述べているだけですわ。期待はしない方がよろしくてよ」
「そうですね、ええ、そうでしょうね」
夢を諦めろと、誰もが皆、一番言ってはいけない自分ですらも、愛しい娘に言い放っていた。
苦しく辛い道を歩んでほしくはない親心と言えば、聞こえはいいだろう。けれど、本人の心を考えてはいなかった。
優しく明るく物分りのいい娘に、自分達の気持ちを押し付けて、夢を潰そうとした。
どうすればいいのか分からなかった。諦めさせた方が安定した人生になると思った。器用な娘ならば、歌魔法の扱いもきっと上手だろうから職に困らないだろうし、このまま牧場の仕事を続けても良いのだから。
「娘は、アリア学園に通い始めて変わりました。特に、四人でのレッスンを受け始めてからは、いつも楽しそうなんです。憧れの貴女と共にレッスンを受けることが嬉しいようで、よくカナリア様の話をしますよ」
嫌そうに片眉を上げるカナリアを見て、ロビンの父は可笑しそうに笑う。
あの子が憧れた人は、あの子が人々の前で歌えることを信じている。
誰もが匙を投げ、家族ですら諦めたあの子の夢を、この人は叶うかもしれないと、言ってくれている。
どれ程、あの子は嬉しかったことだろう。どれ程、あの子は救われたことだろう。
「ふんっ、楽しんでる暇なんてあの方にあるのかしら。成長がまるで見られませんのに!」
「ははは、耳の痛い言葉です」
不機嫌そうに歩くカナリアに、ロビンの父は微笑む。
娘の話通り、顔も態度も怖くて圧のある、けれど話してみれば、突き放すような言葉の中に優しさの欠片を感じ取ることが出来る。
幼い頃から王宮で働いていた火の女神は、きっと強くあらねばならなかったのだろう。こうして会ってみれば、まだまだ自分の娘と変わらない強がりな子供。
娘と同じ歳の少女に、彼は優しく言葉を掛けた。
「カナリア様、これからもどうぞ我が娘をよろしくお願いします」
「……何故、私に頼むのかしら。私はあの方と同じレッスンを受けているだけの関係ですわ。決して、友人ではありませんのよ」
「ははは! そう言わずに! 良き友人として、ロビンと仲良くして下さい」
首を思い切り横に振る彼女に笑いながら、ロビンの父は目を細める。
大きなステージの上で、いつか我が娘とこの少女が共に歌う日を、彼は密かに夢見た。
***
大きなログハウスの煙突からもくもくと白い煙が出ているのが見えれば、小さな人影が入口の前でそわそわと動き回っていた。
目を凝らしてそれを見れば、彼女はこちらへ向かってくる四人に気付き、走り出す。
「カナリア様!!」
「ちょ、近いですわよ?!」
「すみません!!」
勢いそのままに駆けてきたロビンは、少し動けば顔同士が触れてしまいそうな程の距離でカナリアの前にやってきた。
いきなりの推しのドアップ顔面に、カナリアは顔を背けながらも、視線はそのキメ細やかな肌や柔らかそうな唇を舐めるように凝視する。
今日一日で、脳内推しカメラが充実しすぎである。
「あの、あの! 直しました! 一応、ちょっとあの、アレンジっぽくして壊れた部分とか直したので、見てほしくて!」
「わ、分かりましたわよ。そんなに焦らないでちょうだい」
「す、すみません!」
興奮した様子のロビンを宥め、カナリアは彼女の手の中にある箱に視線を向ける。
一呼吸して、ロビンがおずおずとその箱を開けた。
「……これは」
「あっえっと、支えの部分が完全に壊れてしまっていたので、そこを繋げるようにワイヤーを編み込んで通して繋ぎました。花の茎みたいに見えるように、葉っぱみたいな形に作ったワイヤーも補強と繋ぎ部分を隠す為に作りました」
「すげー、ワイヤーってこんなに変幻自在なの?」
「え、えへへ、うん。コツがあるんだけどね。花の部分は、台座が曲がってしまっていただけだったので、少し形を直して、石が取れないように漆の接着剤を使いました。金に塗り直したので、違和感はないと……思うんですが……」
黙りこくるカナリアを伺うようにロビンは、震える手でそれを差し出す。
受け取った時とは違う、精巧な髪飾りに加えられた手作り感満載の継ぎ足し達。
光花を見た事のない彼女は知らないのだろう。光花に、葉は無い。
歪で不自然な花の髪飾り。
「あれ程、大口を叩いていた割には、この程度ですのね」
「……っ! す、すみません……」
「元の形より歪んでますし、光花は葉のない花ですのよ」
「えっ、ごめんなさい! 私、勝手に葉っぱなんて作ってしまって……っ。す、すぐに、無くします!」
泣きそうな顔で蓋を閉めようとしたその手を、カナリアが包み込む。
大きなブラウンの瞳が丸くなっているのを見ながら、カナリアは真剣な表情で口を開いた。
「これは、私にとって大切な髪飾り。この世にふたつと無い、愛しい人からの贈り物」
純粋で美しいその瞳に映る自分が、安心して泣きそうな、今までの人生でしたこともない笑顔をした。
「ありがとう、ロビンさん。心から感謝いたします」
心の底から出てきた言葉。
カナリアの言葉に、ロビンは頬を染めて嬉しそうに笑った。




