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「カナリア・バークライトだ! マジモンのカナリア・バークライト! ヤバいヤバい、なんでウチに?!」
「リュー、やめなさい! 失礼でしょうが!! 申し訳ございません、カナリア様。こんな街外れの牧場にお越しいただき誠にありがとうございます」
「ありがとうございます、ありがとうございます。それであの、カナリア様……ここら辺にサインっていただけます? 受付入口の看板あたりで見やすい所に……」
「アナタ!!」
「もうっ! みんな、うるさい! 静かにしてよ、恥ずかしいでしょ!」
地平線の先まで広がる草原とそこにゆったりと思いのまま過ごす牧場の動物達。
大きなログハウスの前で繰り広げられるハイテンションな会話に、カナリアは呆気にとられ、隣にいるレイヴンは楽しそうに笑っていた。
ロビンが髪飾りを直すと豪語した数時間前、意気消沈していたカナリアは、その確証のない言葉に縋った。
その後の行動は素早く、自分を探し回っていたジェイに連絡し経緯を伝える。彼からは急に消えたこととカフェへの代金の支払いをしなかったことを叱られ、ロビンの家へ行くことになったことを何故かとても喜ばれた。
そして、護衛としてジェイが着いていく話をしていたが、レイヴンが途中で話に加わり、髪飾りの壊れた責任と自分がゴッドスピード家の護衛であること、二人を護衛する旨を伝え、ジェイはそれに了承し、三人は直ぐさまロビンの家へと向かったのだ。
ジェイはこちらの気も知らず、「髪飾りはきっと直るんで、友達の家に初めて遊びに行くんですから、楽しんで下さい〜。夜には馬車で迎えに行きますね〜」とのたまっていた。何故こんなにも楽観的なのだろうかと考えたところで時間の無駄な為、カナリアは返事もせず、通信を切ったのは言うまでもない。
「狭いですが……」
「お邪魔いたしますわ」
「お邪魔しまーす」
木の香りが充満する家の中を歩き、可愛らしいネームプレートが掛けられた扉をロビンが開ける。
案内された二人が入れば、ピンクのクッションやオレンジのタペストリーが吊るされた可愛らしい女の子の部屋がそこにはあった。
仄かに香る甘く柔らかい匂いと木の匂いは、ロビンのハンドタオルと同じ匂いで、カナリアは自分の鼻を抑える。
危うく興奮で鼻血を出しそうだった。
「髪飾りお借りしますね」
「ええ」
「この金具の部分を継ぎ足して、曲がった部分を直せば大丈夫だと思います」
カナリアを安心させるように笑顔で説明し、ロビンが自室の一角にある作業机に向かった。
糸やワイヤー、工具用品や様々な接着剤が並べられた棚は、小さな工房のようでカナリアは見入ってしまう。
その視線に気付いたロビンは、照れ臭そうに笑った。
「好きなんです、何か作ったり直すの。小さい時から牧場の手伝いしてて、使ってるものとか直したり、お父さんがこういうの欲しいって言うのを作ってたんですけど、段々楽しくなっちゃって」
「そう……すごいですわね」
「ふふ、だから、大舟に乗ったつもりで待っててください」
髪飾りを優しく取り出して、金具とワイヤーの色を比較していくロビンを後ろで見つめる。
優しく明るく、人の心を慮る素敵な人。
自分と真反対な誰からも愛される存在。
自分を蔑ろにする人間にも手を差し伸べる心の清らかさと懐の深さは、彼女がこの物語の主人公だからか。
――いいえ、違う。
この子が、ただただ、そういう人間だから、主人公になっただけ。主人公、だからではない。
「カナリア」
「……なんですの?」
「ロビン集中したいだろうしさ、俺達は信じて外で待ってようぜ。それに俺、牧場初めてなんだ。色々見てみたいな〜って……」
そわそわと窓の外を見るレイヴンが、カナリアの袖を何度も引く。
それにカナリアは、やれやれと頷き、静かに彼女の部屋から出た。
廊下からリビングへと辿り着けば、そこにはロビンの母親が大きな編みかごを持って忙しなく動いていた。
「あら、カナリア様とレイヴンくん。どうしましたか?」
「こちらの方が牧場を見て回りたいらしいので、よろしいでしょうか」
「牧場、初めて来たんですよ」
「あら、そうなんですね。でしたら、リューがご案内しますよ。リュー!」
ロビンの母が大きな声でテラスに向かって叫べば、大きなミルク缶を両手に持った小麦肌の青年がやって来る。
にこにこと、ロビンと同じ笑顔をこちらに向ける彼女の兄は、首を傾げた。
「なに、母さん?」
「レイヴンくん、牧場初めてなんだって。案内してあげて」
「おっ、良いよ〜! これ置いてくから、ちょっと待ってて!」
重たいはずのミルク缶を持ちながら走って行くリューを見送り、ロビンの母は二人に視線を向けた。
「食べられない食べ物ってあります? 今日はシチューと採れた野菜色々出そうかと思っているんです」
「俺、なんでも食べられます!」
「えっ、いえ、食事を頂くなんて……。そこまでして頂くのは悪いですわ」
「遠慮なさらず。ロビンがとてもお世話になっているカナリア様ですもの。おもてなしさせて下さい」
彼女と同じ優しい微笑みに、カナリアはそれ以上何も言えず、小さくお辞儀をする。
「私もなんでも食べられます」と、呟けば、「楽しみにしていて下さいね」と、返された。
そして、テラスからやってきたリューが、二人を外に連れ出す。
「何見たいです? ふれあいコーナーには、うさぎとアルパカ、羊もいますよ。牛の乳絞りはもう終わっちゃったんで、馬なら乗れたりします」
「えー、迷うなぁ〜。カナリアは何が見たい?」
「貴方が見たいと言い出したんじゃないですの。私はなんでも良いですわよ」
「えー、うーん。まあ、のんびり色々見て行きたいかな」
「了解! じゃ、牛から行きますか」
リューが順番に牧場を案内していく。大きな牛を見ていれば、搾りたての牛乳を渡され、甘く濃厚な味に二人は感動した。ふわふわな羊に触れ、馬で広い草原を駆け抜ける。
風に乗って香る、草の匂い。のんびりとした時間が流れる空間は、カナリアにとって初めての世界だった。
オレンジ色に染まる夕焼け空を見つめ、カナリアは言葉に出来ない何かが心に湧き上がる。
「どうした、カナリア?」
「……なんでもないですわ」
「大丈夫ですよ、カナリア様。ロビンなら簡単に髪飾り直しますから!」
励ますように笑うリューに、カナリアも微笑み返す。
不安など、忘れていた。彼女の生まれ育った世界を見て、髪飾りの不安なんてとんと無くなってしまっていた。
何度も繕われた形跡のある網や編みかご、継ぎ足しされた柵に継ぎ接ぎな動物小屋。全て丁寧に修繕され、作られ、彼女やその家族の努力が伺える。大切に何年も、彼らの傍にあるのだろう。
「心配などしていませんわ。ただ、草地に足をつけたのは何年ぶりかのことですので、新鮮な気持ちになっておりましたの」
「……そっか、良かった! 気分転換になれたのなら何よりです!」
笑うリューに、カナリアも目を細める。
すると、遠くから楽しそうな歌音が聞こえた。
レイヴンが声の方を見つめていれば、リューが二人の前に出て指を差す。
「父さんの行進です。動物を小屋に戻しているんでしょうね」
「なにそれすご! 見てみたい!」
「見に行きましょう!」
男二人がはしゃぎながら歩き出すのを、カナリアは小さく微笑みながらついていく。
大きな柵が見えれば、その中央にはロビンの父が立っており、伸びやかなテノールが響き渡っていた。
リズムに乗りながら彼についていく羊たちは楽しそうで、次々と小屋の中へ入っていくその光景にレイヴンは瞳を輝かせる。
「すげー!」
「やあやあ、皆さん。ウチの牧場は楽しめました?」
「はい!」
手を振りながらやってきた父親に、レイヴンが大きく頷く。
嬉しそうに笑った彼女の父は、カナリアに視線を移した。
「先程、妻から夕食が出来上がったと連絡がありました。共に我が家へ帰りましょう」
「ええ」
「我が妻の料理は絶品ですので、カナリア様に喜んでいただけたら幸いです」
日に焼けた小麦色の肌から真っ白な歯が見える。彼の笑顔もロビンによく似ている。
レイヴンとリューが盛り上がっているその後ろを眺めながらついていけば、隣で歩くロビンの父が口を開いた。
「うちの娘は、カナリア様から見てどうでしょうか」
突然の問いかけに、ピクリと、カナリアは反応する。
横目で彼を見れば、彼は眉を下げて微笑んだ。
「……どう、とは?」
「クレイン様のレッスンを共にしていると聞きました。あの子は、良い歌手になれますかね」
娘を想う父親が、カナリアを見つめる。
それにカナリアは、一呼吸置いた後、口を開いた。
「このままでは無理でしょうね。もう学園の前期が終わる頃だというのに、彼女は人前でろくに歌えもしませんもの」
「……そうですか」
目を細めた彼が前方に視線を戻す。
そして、ポツポツと話し始めた。
「ロビンは小さな頃から歌が好きでした。ただ、どうにも家族以外の人間の前だと、緊張してパニックになってしまうようなんです。歌手としては致命的。夢を諦めるように、何度も言い聞かせました」
草原に置いてある麦わらロールの上に乗り、幼いロビンは家族の前で歌っていた。
晴れ渡る青空の下、のびのびと、楽しそうに歌う小さな歌姫は、紛れもなく素晴らしい歌手だった。家族は、幼い彼女の夢はきっと叶うだろうと、信じていた。
「沢山の目が怖い。友達の前でも歌えない。どんなに試しても、意味が無かった。自信をどんどんと失っていくあの子が痛々しくてね。けれど、勝手にアリア学園のオーディションを受けて、受かってしまったんです。あれだけ言っても、ロビンは夢を諦めなかった。強情で頑固な娘です。……才能のある、娘なんですよ」
誇らしげに、けれど、悲しげなその声色は、切なく消える。
沈黙。それを破ったのは、カナリアだった。
「歌手とは、観客に夢と希望を与える存在。一時の夢の中で観客を楽しませ、絶望すらも明日への希望に変えることの出来る存在。才能が必要なのは当たり前ですのよ」
紅の髪がオレンジの光を浴びて、輝く。
どこまでも広がっていく草原に視線を向け、彼女は言葉を続けた。
「アリア学園の生徒達は、どんな人間であれ、そんな存在になろうと足掻き続けている才能と努力の人間達ばかり。彼女だけが、特別な訳ではないですわ」
「……ええ、そうですよね。そりゃ、そうですとも」
「人前で歌えもしない生徒がいること自体、本来あってはならないこと。周りの生徒も、私も、あの子を認めはしませんわ」
重い沈黙が降りる。
真実は、変わらない。彼女が歌えないままならば、歌手になどなれはしない。
「”このまま”であるならば、ですけれど」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
更新少し滞りがちです、すみません。
のんびりかもしれませんが、頑張って更新しますのでよろしくお願いします。
物語と全く関係ないですが、最近流行りの16診断やってみました。
カナリアはENTJ-Aでした。ぽいなって思いました。
実際こんなのいたら凄く怖いなと思います。
因みに、ロビンとクレインはENFJ-TでクロウはINTJ-Aでした。
流石の主人公とヒロインの共感性の高さと分析担当の親友役だなって思いました。
そして、地味にこの四人の相性がそれなりに良く、レッスンを皆が楽しんでるんだろうなと想像出来て、優しい気持ちになれました。面白かったです。
以上、どうでもいい話でした。




