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ヒロインガチ推し悪役令嬢は今日も悪役を楽しむ  作者: 月見里 雪
第三章『乱立恋愛フラグを叩き折りましょう』

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「あと一声! もう一声!」

「勘弁してくれ、お嬢ちゃん! これ以上は無理だよ!」

「ほら見て下さい、私のお財布の中! あと一声なんです! お願いします! 買われないより買われた方が良いじゃないですかっ!」

「……っ、ぐっ、うぐぐ〜……っ!! しゃーねえなー持ってけドロボー!!」

「きゃー! おじさん、ホントにホントにありがとうございます!!」


 白熱した価格交渉を制した亜麻色の髪の乙女が、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 赤髪モヒカンの厳つい店主から、透明に輝く石を渡された彼女は、嬉しそうに笑ってそれを眺めた。

 そして、ホクホクと、満足気な顔で入口を振り返れば、そこには憧れの紅の乙女と見知らぬ漆黒の青年。


「わあっ! カ、カナリア様? どうしてここに??」

「……別に、たまたまここに用があっただけですわ」


 隣でレイヴンが可笑しそうにくつくつと笑っているのを横目に、カナリアは目の前の交渉の達人を苦々しく見る。

 心配するだけ損したと、憤る心とこんな一面があるなんて素敵と、喜ぶ心。二つの心が渦巻き、カナリアは眉間に皺を寄せた。


「えっと……、その、隣の男性は……?」

「俺はレイヴン。この路地裏の自警団のリーダーみたいなもん。アンタが危ないヤツと路地裏に入って行ったってカナリアから聞いてさ」

「えっ、そうなんですか?! カナリア様、私のこと心配して下さったんですか?」

「貴女の心配なんて微塵もしておりませんわ!」

「ありがとうございます、カナリア様!」

「話を聞きなさい!」


 カナリアの叫びは、嬉しそうに笑う最推しヒロインには届かず、隣の男はとうとう声を上げて笑い始めた。

 ロビンはにこにことしながら、カナリアの前へと躍り出る。


「心配かけてごめんなさい。でも、ここの人達とても良い人達でしたよ! 面白い魔法道具もあるし、こんなに素敵な魔法鉱石も売ってもらえました!」


 煌めく笑顔の後ろには、疲れきった顔をした赤髪モヒカンと胡散臭い黄色短髪が並んでいる。

 彼らがカモだと思った鳥は、カモでは無かったようだ。


「へえ〜、それは良かったよ。ここの二人の悪どい噂をよく聞いてたからさ。噂は噂だったのかもな」

「はい! お金が足りなくて魔法鉱石を買えなくて困ってた私を助けてくれた優しい人達ですよ!」

「その魔法鉱石、本当に使えるものですの?」

「さっきいたお店と同じ石ですし、触った瞬間ビビッときました!」


 ガラス玉のように透明な石をカナリアは渡され、それを確認する。

 初めて見る透明な魔法鉱石だが、魔力の煌めきを感じ、本物だと分かった。

 ふむと頷いて、それをロビンに返せば、彼女は顔をほころばせる。


「助かりました〜! クレイン様に紹介されたお店でお金足りなかった時、もうダメかと思いました〜」

「お金が足りないなんて……。クレイン様はどんな店を貴女に紹介したのかしら」

「ここです」


 渡されたメモ用紙を見れば、貴族御用達の有名な魔法鉱石店の名が書かれていた。

 ゲームでは確かにメモに書かれた店で彼女は石を買っていたはずだが、何故ここに来る羽目になっているのか全く分からないカナリアは目を細める。


「そこまで高くはないはずですわよね、この店」

「いや、高いだろ。貴族ばっかしか買わないじゃん、その店」

「えっ」


 目を丸くするカナリアに、レイヴンが肩を竦め、ロビンが苦笑いを浮かべる。


 ――だって貴女、ゲームで買えていたじゃない。そんなに重要なイベントでもなかったし。


「……両親から少し出して貰えれば、私の貯めてたお小遣いでギリギリ足りるかなってお値段でした。だけど、少し前にもう両親から違うものでお金出して貰っちゃって……。だから、頼めなくて……」

「違うもの?」

「新しいハンドタオルを買ったんです」


 その言葉にカナリアがハッとする。


 嫌がらせで捨てられた両親から貰った彼女の大切なハンドタオルは、ゲーム内では彼女自身が見付け出し、そのまま使っていた。

 けれど、あのハンドタオルは、カナリアが拾ってしまったのだ。最推しの大切にしていたハンドタオル。欲が出てしまったのは言うまでもない。小さな額縁に入れて、カナリアの自室に飾られているなんて、目の前の彼女は知る由もないのだ。

 小さな嫌がらせイベントで自分の悪行にするには持ってこいだと思ったが、自分の浅はかな行動がこんなところで作用してしまうとは思いも寄らず、カナリアは苦虫を噛み潰したような顔をする。


「でも、親切な方に案内してもらえて、ちゃんと魔法鉱石も買えたし、カナリア様と会えたし、今日はとっても良い日です」


 ヒロインの輝く笑顔攻撃に、カナリアは目を潰される。眩しすぎて、目が開けられない。尊すぎる。

 カナリア側としては、最推しの新たな一面が見れたり、なかなか二人で交流する機会はなかったので、今日は彼女にとって最高最良の一日だ。

 先程までのモヤモヤとした出来事も吹き飛んでしまう。


「ふんっ! 私は最悪の一日でしたわよ! 貴女のせいで変な輩には絡まれますし! 大切な髪飾りを投げられますしっ!」

「そうだったんですか……? 髪飾り、無事でしたか?」

「……はっ! そうですわ、髪飾り!」


 色々な出来事が起こりすぎて頭から抜け落ちていた髪飾りの安否に、カナリアが今更気付く。

 そして、慌てて紙袋の中から丁寧に梱包された箱を取り出した。中身を開けてみれば、カナリアは絶句する。


「うっわ、支えの部分が取れてるじゃん」

「……石と花を繋げる部分も曲がってますね」

「なんてことですの……」


 綺麗に研磨された赤い石は花の台座から抜け落ち、髪飾り部分と花を繋げる支えは外れていた。

 地面に投げ付けられた衝撃は凄まじかったようで、箱の中のクッションも役には立たなかったようだ。


 足の爪先から頭のてっぺんまで急激に冷えていく感覚に陥り、カナリアはふらふらと椅子に座る。

 怒りや悔しさや悲しみや苦しみが自分の中を駆け巡り、細く息を吐いた。


「物は……いつか壊れますわ。それが、今日……だった……それだけですわね」

「カ、カナリア様」

「……大丈夫、じゃないよな?」


 絞り出されたか細い声に、二人が焦り困惑する。

 そんな三人を遠巻きに見ていた赤髪モヒカンが、こそこそと箱の中身を覗き込んだ。


「おわ、これは珍しい紅の光花じゃねえか。しかも、丁寧に結晶魔法で結晶化されてるこの世にふたつとない美しさ。結晶魔法はアホみてえに難しいってのに、すげえもんだ。それに、紅の魔法鉱石も最高技術の研磨だな。形も輝きも一級品だ。こんな素晴らしい逸品、なかなかお目にかかれねえぞ」

「そんなに凄いものなんですか……?!」

「そりゃもう。どこのどいつだよ、こんな家買えるくらい高く売れるモンを易々と壊しやがったのは。盗んで売っちまえば良かったのによ」

「おっと、俺の前でそんなこと言っていいのかな、ニワトリじいさん?」


 睨みを効かせたレイヴンに、ニワトリ、と呼ばれた店主が冷や汗を流して口を閉ざす。そして彼は、そそくさと、素知らぬ顔でカウンターへ戻った。


「……目利きの腕は確かですのね、彼」

「まあ、だから厄介なんだがな。そんなことより、なあ、カナリア。それ、俺が修復屋で直してもらうよ。ここの人間の不祥事は、ここを任されてる俺の責任だ」

「……結構ですわ。これは、さっきの彼が言った通り、最高の職人が丹精込めて作り上げた逸品。修復屋の魔法ですら、直すのは難しいはずですもの」


 深い深い溜息を吐きながら、カナリアは悲しみに沈む心を落ち着かせようと試みるも、襲ってくる焦燥に目を瞑って耐えることしか出来ない。


 愛しい弟からの贈り物。結晶化させることに成功した、ただひとつ。


「私、直せると思います!」


 大きくはっきりと、言い切ったロビンに顔を上げる。

 真剣なブラウンの瞳は決意を固めており、力の無いカナリアの手を優しく掬い上げたロビンは、にっこりと笑った。


「大丈夫ですよ、カナリア様!」


 誰にも涙を見せない紅の乙女の視界が、少し、滲んだのは、安心か、愛しさか、はたまたそのどちらもか。


 優しいその手は、ぎゅっと、心も包み込んだ。







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