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ヒロインガチ推し悪役令嬢は今日も悪役を楽しむ  作者: 月見里 雪
第三章『乱立恋愛フラグを叩き折りましょう』

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 クロウだと思った。

 いつも自分に臆することなくものを言う芯のある口調と、何度も聞いているその少し低めなアルトの声。

 何故ここに彼女がいるのかという疑問は置いといて、自分の協力者が自分を止めたのだと、そう思った。

 けれど。


「おい、婆ちゃん。アンタ今度は何やった。まーた、当たり屋して難癖付けたか?」

「レ、レイヴン……、ち、違うんだよ」


 レイヴン、そう呼ばれた男に、カナリアは視線を向ける。

 切り揃えられた真っ黒な短髪に、鋭く切れ長な目。全体的に鍛え上げられている体は、服の上からでも薄らと筋肉が見え、身長も数十センチ程カナリアより高く、クレインと良い勝負だ。

 カナリアを抱き留めるように左手は腰に、右手は口に被さり、もがこうにもビクともしない。


 レイヴンは老婆とずっと言い合いをしており、それに参戦したいカナリアは、拳を握って自分の口を塞ぐ手を殴った。


「おう、威勢が良いな。ちょっと痛かったぜ」

「次は指を噛みちぎりますわよ」

「怖っ! アンタがもう歌わないなら離すさ」

「……歌わないですわ」


 カナリアが不機嫌そうに言えば、レイヴンがサッとカナリアから離れる。

 いくら殴っても噛んでも、ひとつのダメージも与えられなかったであろう彼を一睨みすれば、レイヴンは肩を竦めた。


「おいおい、お嬢さん。俺に怒るのは違うだろ。やられたら億返しすんのは、やり過ぎってんだよ」

「少し脅かしただけですわ。その方達に火傷のひとつもないでしょう」

「……確かに、俺たち火傷はしてねえな」

「あんだけ熱かったのにな」

「ふんっ! 私の炎は私の意のまま。燃やさず熱することなど造作もないことですのよ」


 あれだけ焼かれた熱さを感じたものの、顔を背けるカナリアの言う通り、服も体も道に落ちてる草木にさえ燃えた形跡はない。

 流石のバークライト家ご令嬢である。


「にしたって、やり過ぎだ。たかが、ちっさい紙袋ひとつで」

「たかが? たかがですって? その紙袋の中身は、ここの人間が一生かかっても稼げないような素晴らしい逸品ですわよ?! 下民如きが口を慎みなさい!!」

「……慎むのは、アンタだよ」


 低い男の声が響き、周りの空気が冷える。声の主である目の前の漆黒の青年にカナリアが目を丸くすれば、彼は言葉を続けた。


「ここの連中は、確かにその紙袋の中身より稼げねえよ。歌魔法が発現しなかったからな。歌魔法がなくたって出来ることはあるはずなのに、どこも厄介者扱い。雇ってすらくれない」

「……え」

「だから、ここで悪さしながら明日も見えない日銭稼ぎで生きてる。灯りも何も無い、暖のないこの掃溜めで冬を越す為に必死な悪い奴らさ。だが、こんな世界じゃなきゃ、こんな悪い奴らになりゃしなかったかもな」


 眉を寄せたカナリアが驚きで固まっていれば、老婆が憎々しげにカナリアの足元目掛けて紙袋を投げ付けた。

 今すぐにでも紙袋を手に取り、ここから立ち去った方が良いはずだが、カナリアは動かず、自分の周りの人々を見回す。


「歌魔法が発現しない……? そんなの有り得ないですわ。聞いたこともない」


 有り得ない。そう言い切れたのは、ゲームにはそんな設定存在しなかったから。

 合同合宿でロビンが歌魔法を発現出来なかった時も、彼女は後に攻略相手の協力で歌魔法を手に入れていた。経験値が不足していても、攻略相手との好感度が低くとも、強制的に歌魔法は手に入ったのだ。

 歌魔法を発現しない人間は、この世界には存在しないという設定を強調するものであったからこそ、今目の前にいる無魔法の人間達に、カナリアは驚愕を隠せない。


「まあ、そうだろうな。そういう奴らを路地裏に押し込めてんだから。流石のバークライト家のご令嬢も国の裏側は知らないか」


 肩を竦めたレイヴンが、カナリアの足元にある紙袋を拾って、彼女に差し出す。

 カナリアは差し出された紙袋を受け取らずに、彼の漆黒の瞳を見つめた。


「……貴方、何者ですの?」

「レイヴン。この掃溜めを取り締まってる自警団のリーダーみたいなもんさ」

「ふんっ、嘘つけ。貴族のまわし者じゃないか」


 吐き捨てるように老婆が言えば、レイヴンは悲しそうに彼女に視線を移す。

 そして、居心地悪そうに口を開いた。


「おいおい、婆ちゃん。ゴッドスピード家には護衛として雇ってもらってるだけ。給金は全部ここに還元してるだろ?」

「どうだか! 毎夜バカ騒ぎして、欲に肥え太ったお貴族様の下働きなんぞになるくらいなら、アタシは死んだ方がマシさね!!」


 叫ぶ老婆にレイヴンは視線を落とす。大きな溜息を吐いた彼は、漸く紙袋を受け取ったカナリアに視線を戻した。


「あんまりここの連中を刺激しないでくれよ、バークライトのお嬢さん」

「……ええ」

「それじゃ、俺行くから。早くここから出て行きな」

「お待ちになって」


 真剣な紅の瞳と漆黒の瞳が混じり合う。

 カナリアは、言葉を続けた。


「私のクラスメイトがここの人間に着いていく姿を見ましたの。彼女はバ……純粋な方ですから、騙されている可能性が高いですわ。自警団のリーダーなら助けてくださる?」

「……どんな人間と一緒だった?」

「小柄で痩せ型、黄色の短髪でしたわ」

「あー、アイツか。この奥の胡散臭い魔道具ショップの人間だ」

「彼女は魔法鉱石を探しに来ていたはずですわ。紹介された店があったはずですが、彼の甘言に釣られて着いていったのでしょう」


 小さく溜息を吐き、呆れたようにカナリアが首を横に振れば、レイヴンは頭の後ろをボリボリと掻いた。


「仕方ねえなぁ……。何かあったら面倒だし。ほら行くぜ、お嬢さん」

「ご助力感謝いたしますわ」


 小さくお辞儀をすれば、魔道具ショップへとレイヴンは歩き出す。だが、カナリアはその場から動かず、自分を憎々しげに睨む老婆へ体を向けた。

 そして、ブチリと服に縫い付けられた胸のブローチを引きちぎり、老婆の手にそれを捩じ込む。


「な、なんだい! 貴族の施しなんていらないよ!」

「違いますわ、これは貴女に怪我をさせてしまった慰謝料。コレを売れば、ここにいる人間達は数年食べることに困らないでしょうし、寒い夜に使えばこの一帯を春のように暖めることも出来るでしょう。私の炎石は、魔力も希少価値も高い国宝級の石ですもの」

「えっ……」


 困惑する老婆にカナリアは、ふんっと鼻を鳴らす。

 そして、彼女は美しい紅の髪を靡かせた。


「私の名は、カナリア・バークライト。この国の灯りと暖を司るバークライト家の娘。この国にいるのならば、お前達のような悪党にも私の歌魔法を享受する権利はありますわ。売るも使うも、お好きになさい」


 言うだけ言ってスッキリとしたカナリアは、自分を待つレイヴンの元へ向かう。

 嬉しそうに目を細めている彼を一瞥し、太く固い足を蹴れば、彼は痛がる素振りも見せず、ニヤリと笑って歩き出した。


「優しいんだな」

「あんなもの優しさでも何でもありませんわ。ただの延命措置。問題の解決になっていませんもの」

「……そうだな」


 困ったように呟いて眉を下げたレイヴンを横目に、カナリアは街灯の無い路地裏を見渡す。

 穴のあいた家や植物に覆われた家具。何かが腐ったような臭いに汚い道。人が住むには、あまりに酷い。


「朽ちかけた家ばかりですわね。人が住めるとは思えませんわ」

「ところが、皆住んでるんだな。一応、俺の給金で修繕したりはしてるけど、まだまだ金が足りなくてさ。雨風凌げるなら、マシって感じなんだよ」


 よく見れば、確かに朽ちた家の中にはやせ細った男と小さな子供が寝ており、カナリアは一瞬眉を寄せ、視線を逸らした。


「……ゴッドスピード家で働いていますのよね。私、クロウさんとは面識がありますわ」

「ああ、知ってるよ。レッスン一緒にしてるんだろ?  小耳に挟んでる」

「ゴッドスピード家は、ここを知ってますの?」

「ご当主様と奥様は知ってるよ。王族の命令でこの場所を管理してるからな。でもなんか、勝手に整備したり、金使って修繕したりしちゃいけないみたいでさ。王宮で話し合いしなきゃ駄目みたいで。だから俺の給金ってことにして、金とか物とか色々援助してくれるんだけど、どうにも良い方向に進まないんだよなぁ」


 悔しそうに呟いた彼を、カナリアは見つめる。


 先程の老婆や周りの反応を見ても、レイヴンの印象は彼らにとって良いとは言えない。

 自警団のリーダーとしての実力は見せてきたようではあるが、信頼はまだ築けていないのだろう。

 貴族のまわし者、老婆にそう言われた彼の横顔は、酷く寂しそうで、傷付いていた。


「王宮は何を考えてますの。こんな問題を放置し、あまつさえ隠しているなんて。お陰で私のステージがバカ騒ぎ呼ばわりですわ……!」


 メラメラと、カナリアの瞳が燃え上がる。

 何も知らない。生まれてこの方、無魔法の人間がいることも、その人間がこのような扱いを受けていることも、何も知らなかった。 

 無知は恥だ。バークライト家の人間として、王宮に仕える貴族の娘として、この国の人々を照らし暖める灯りとして、カナリアは言いようのない怒りと羞恥を覚えた。


「そもそも何故、私の歌魔法がここにありませんの。私はこの国の火。囚人の監獄すら、私の火が明かりを灯し、寒さを退けていますのよ。それなのに、こんな目と鼻の先の路地裏に行き渡っていないなんて、腸が煮えくり返りますわ」

「それは、なんか色々事情があるっぽいんだけど……。てか、怒るとこ、そこ?」

「当たり前ですわ! 私はこのお役目にプライドと信念を持って取り組んでいますのよ。掃溜めだろうとなんだろうと、私の炎をこの国中に行き渡らせ、国民全員に感謝され崇め奉られるのが筋というもの!! それなのに、あの者達は私のことを知りもしなかった!! この! 私を!!」


 一点の曇りもない力強く傲慢な言葉と紅い瞳。

 敬われるのが当たり前。拝まれるのは必然。

 都市部や地方の国民はカナリアの歌魔法の恩恵に与っており、カナリアの顔を知らなくとも名前くらいは耳にしたことがある国民が殆どだ。だが、路地裏の彼らは、レイヴンがバークライト家のお嬢さんと、カナリアを呼んだ時も不思議そうな顔をしていた。

 ただの貴族の娘と思い込んでいた。王宮の目と鼻の先にある都市部の路地裏の住人が、カナリア・バークライトについて、なにひとつ知らなかった。


 つまり、唯一カナリアを崇め奉らなくてもよい存在が彼らなのだ。

 これは、彼女のプライドが許さない。


「私の魔法が行き渡っていたのならば、あんな理不尽なことに巻き込まれもしませんでしたわ! 彼女を見失うはめにもなりませんでしたし! 今度王宮へ行ったら、王と王妃に文句を言ってやります!!」

「おっ、おお! いいね〜! 応援するぜ、カナリア」

「ええ、任せなさい!! って、はっ!? か、あ、この、私を、呼び捨て……?!!」


 感情が激しく動き回っている。

 怒りから驚きに変わったカナリアは、前を歩く男の背中を平手で叩いた。


「様! 様を付けなさい!」

「良いじゃん、別に。歳変わんないし」

「は?! 同い年?! その風貌で?!」

「ははっ! ころころ表情変わるな〜カナリア。面白いやつだな〜」

「だから様! 身分! 身分を弁えなさい!! ちょっ、こんの、頭を撫でるのをお止めなさい!! 無礼者が!!」


 楽しそうにケラケラ笑うレイヴンが、大きな手でカナリアの頭を乱暴に撫でる。

 ぐちゃぐちゃになっていく自身の髪に怒りが湧き、カナリアは彼の背中をバシバシと叩き続けた。


「クロウさんに言ってやりますからね! このっ、この無礼者!!」

「はは! ウチのお嬢様に言い付けたって意味無いよ。俺のこと、信用してるから。それに、カナリアの評判結構悪いから、何言ったってお嬢様は俺を絶対に信じるね」 

「なっ! な、なんですって?! 言っておきますけどね! 私とクロウさんにだって、信頼関係はありますわ! 貴方と彼女の信頼がどれほどかは分かりませんけど私の話を聞けば、彼女は私の味方になりますわよ!」


 顔を真っ赤にして怒ったカナリアに、レイヴンがきょとんと目を丸くする。

 フーッフーッと鼻息荒く怒るカナリアを数秒見つめ、レイヴンはぶはっと吹き出し、嬉しそうにカナリアの頭をぐちゃぐちゃに掻き混ぜた。


「あははは!! 本当に面白いな、カナリア! そんな張り合うなよな!」

「触るな!」

「あははは!」


 楽しそうに笑うレイヴンが、カナリアの隣を歩く。

 にこにこと上機嫌に隣を歩く彼は、不機嫌なカナリアを見ながら、心底嬉しそうに笑った。


 その笑顔が、少し、クロウに重なった。



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