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「皆さん、魔法鉱石やアクセサリー素材の準備はちゃんとしましたか?」
「え?」
ふと、レッスンの最中に、クレインが三人へ問いかけた。
その問い掛けに素っ頓狂な声を上げたのは、ロビン。クロウとカナリアの間に挟まる彼女は、焦ったように横の二人を交互に見て、準備は終わってますと言わんばかりのクラスメイトに気付く。
自分だけが分からないこの状況に、彼女はクレインへおずおずと言葉を返した。
「え、えっと、準備ってなんでしょう?」
「今度の合同合宿で皆さん……いえ、クロウさんとロビンさんは歌魔法を発現させると思いますが、その時に発現した魔力を注ぐ魔法鉱石とそれを持ち歩く為のアクセサリー素材が必要なんですよ。聞きませんでしたか?」
「……言われてた?」
「言ってたよ、先生。その時、ロビンは歌の予習に集中してたから聞いてなかったとは思うけど」
「ええ〜!? どうしよう、用意してないよ!」
慌てた様子でカレンダーを見たロビンが、顔を青ざめさせる。
合同合宿は一週間後に迫っている。その時までに、そのふたつを用意しなくてはならないのだが、魔法鉱石はともかく、その石に合わせたアクセサリーを店に作ってもらうには、少々スケジュール的に厳しい。
当たり前のように彼女も聞いていたと思っていたが、まさかこんなところで天然ボケ属性を出してくるとはと、カナリアは眉を顰めて口を開いた。
「貴女、勝手に学園側が歌魔法を注ぐ石とアクセサリーを用意して下さると思っていましたの? 魔法鉱石は相性がありますし、自分の魔法を身に付ける為のアクセサリーは自分の肌に合わせた物にしなければ駄目でしょう」
「そうですよね……どうしよう。……アクセサリー素材って、自分で作っても大丈夫かな。加工してもらう時間ないよね」
「うーん、大丈夫だとは思うよ。石に合わせてお店で加工してもらった方が良いけど、そんなこと言ってられないし。石だけとりあえず用意出来たら良いと思う」
クロウの言葉にロビンの表情が明るくなる。希望を見出した彼女は、カレンダーを見ながら指で数字を数え、大きく頷いた。
「明日行けば間に合う!」
「明日がたまたま週末で命拾いしましたわね」
「本当に! 危なかったです〜!」
ちょっとした嫌味のつもりが素直に返され、カナリアはにっこにこな推しの表情に心を掴まれる。
――可愛い顔してこっち見ないで欲しいですわ! もうっ! 盗撮したい!
腕輪の通信石を使って盗撮しようかと、本気で考えるカナリアをクロウが訝しげに見つめていれば、クレインがにこやかにロビンへと話しかけた。
「ロビンさん、よろしければ僕のおすすめのお店を紹介しましょう。そこならば、すぐに相性の良い石を見付けられるはずですよ」
「本当ですか? ありがとうございます!」
住所と店の名前をサラサラと書いて、クレインが上質なメモ紙をロビンに渡す。
それに彼女は、嬉しそうに笑った。
「なんだか、ワクワクしてきちゃった。私、どんな歌魔法が発現するのかな」
「家族はどんな歌魔法なの?」
「牧場やってるから、動物と仲良くなる魔法? かな? お父さんが歌うと、その後ろを羊とかにわとりとか、皆が行進するんだよね。可愛いんだよ」
「……へえ、興味深いですわね」
ポツリ、カナリアが呟いた言葉に、三人が一斉に視線を向ける。
自分に向けられた色とりどりの瞳達に驚きで眉を寄せれば、ロビンがキラキラと輝く瞳で声を上げた。
「見たいですか?! 私の家、他にも馬や牛もいますよ! 乳絞りとか馬に乗ったりとか、色々体験も出来ます! 是非、ご案内させてください!」
「行きませんわよ! 急になんですの!」
「動物お好きなんですか? 少し意外です」
興奮するロビンをどうどう、と、落ち着かせるクロウから興味深げに問われ、カナリアは深い皺を眉間に寄せながら言った。
「人並みですわよ。ただ、動物を手懐ける歌魔法を見たことが無いから気になっただけですわ」
「ご案内しますよ!」
「だから、行きませんわよ!」
しつこいロビンを一喝し、カナリアがふんっと顔を背ける。それにロビンは残念そうに眉を下げ、クロウとクレインは楽しそうに笑った。
***
暑くなってきた日差しを日傘で遮りながら、カナリアは街を歩く。その後ろにはジェイが着いており、二人は人々から遠巻きに見られながら、時には手を振る子供に振り返しながら、目的の場所を目指していた。
「お嬢の人気は凄いっスね〜」
「当たり前ですわ。幼い頃から王宮で活躍し、世界中にも生配信されている美しい火の女神ですわよ。この私を崇めるのは、最早義務ですわ」
「あっ、あの花新作かな。見たいな〜」
「ちゃんと聞きなさい! 馬鹿庭師!」
花屋に目移りするジェイの足を軽く蹴り、膨れる女神はツカツカとアクセサリーショップへと急ぐ。
アクセサリーの加工が済んだと連絡が入ったのは、昨夜のことだった。
いつもならば、マグパイに荷物の引取りをさせているのだが、今回ヒバリのレッスン合宿に駆り出されており、帰ってくるのは一週間後。
それならば、ジェイに引取りをさせようと考えたものの、彼が取りに行っては、何処ぞの山か草原に置いていかれかねない。
結局、カナリア直々にアクセサリーの引取りをしに街へ降り立った。
「マグパイじゃなくても他のメイドにお願いしても良かったんじゃないっスか?」
「嫌ですわよ。前みたいに、嫌がらせで壊されたり、石を盗まれたくはないですわ」
「はぁ〜、今のメイド達はそんな悪いのいないと思いますけどね」
「お前達以外の人間には頼みたくありませんの」
忠誠ゆえの信頼、だが、確かな自分と姉への信頼に、ジェイはにやにやと口元を緩ませる。そんな彼を見て、カナリアは「気色悪い」と、眉を寄せた。
そして、時計塔のような大きな時計を建物に嵌め込んだアクセサリーショップの前に辿り着けば、彼女は迷わずその中へと入り、ジェイは外でぼんやり空を仰ぎ見る。
数分後、出てきたカナリアからおしゃれな紙袋を渡され、彼はその中身を覗き込んだ。
「今回はどんなアクセサリーっスか? 珍しく小さい箱」
「髪飾りですわ。紅の光花を結晶化させ、加工しましたのよ」
「ヒバリ坊ちゃんからの?」
「珍しい花ですもの。ステージに立つ時に映えますわ」
ツンとした言い方をしつつも、その表情は柔らかい。
弟から受け取る花は、ドライフラワーやプリザーブドフラワーにして、いつもカナリアは形に残していたが、身に付けるものに加工したのはこれが初めてだった。
弟がステージを見に来てくれたのが、よっぽど嬉しかったのだろう。
「また坊ちゃんをステージに連れて行きますね」
「ちゃんと連れてきてないでしょう、貴方は」
「へへ、坊ちゃんはしっかりしてるから〜」
「まったく」
プリプリと怒るカナリアの隣でジェイはけらけら笑う。
そして、ジェイが大きな花屋を指差して、カナリアを見つめた。
「ねね、お嬢。行きたいなぁ〜、あそこ行きたいなぁ〜」
「ジェイ、貴方は私の従者ですわよね? 従者の買い物に主を付き合わせようと言うの?」
「お嬢〜、種買って〜」
「たかるな!」
「じゃあ、一人でいいから行かせて〜。街に来る機会なんてないしさ〜」
自由過ぎる庭師に、主は頭を抱える。
確かに普通の使用人と違って、姉弟の世話をしている双子の従者は、屋敷から離れることをしない。
休日の時も姉弟の視界に入るくらいには屋敷や庭をウロチョロしており、それが自分達への心遣いであることを、カナリアはちゃんと感じ取っていた。
遊びに行きもせず、自分達に何かあればすぐに駆け付けられるようにと、他の使用人達とは違う固い忠誠は脱帽ものだ。発言は自由過ぎるが、ここまで尽くしている使用人を労わなければ、主としての器が問われてしまう。
「……分かりましたわ。私はあそこのカフェで待ってますから、貴方は存分に花屋を楽しみなさい」
「やったー!!」
「欲しいものがあれば、この通信石を使いなさい」
「いらないっス! ちゃんと自分の持って来てるんで! いっぱいお金ありますから!」
「……良いから使いなさい。貴方のが足りなくなったらで良いですから。髪飾りは私が持っていますわ」
「はーい、んじゃ、行ってきます!」
ルンルンで花屋へ向かうジェイの後ろ姿を見送り、カナリアはカフェに向かう。
テラス席を選び、花屋の外に並ぶ沢山の花を見て喜ぶ彼を遠目に見ながら、冷たいハーブティーを彼女は頼んだ。
日は高く、風は涼しい。青々とした草木が、木漏れ日を作りながら揺れている。
注文したハーブティーが届き、喉に通せば、爽やかな香りに心が落ち着いた。
久し振りの静かな休息に、カナリアは目を閉じて息を深く吸う。鳥の楽しげな声。木々のささめき。全てが穏やかな世界。
「お姉ちゃん、こっちこっち」
「は、はい!」
目を開ける。数メートル先の声の聞こえた方を見れば、見知った亜麻色が路地裏へと消えた。
それにカナリアは、瞬時に立ち上がり走り出す。
後ろから店員の大声が聞こえたが、そんな些末なことで振り返る暇は無い。
――なにしてますのよ、ロビンちゃん!!
曲がりくねった路地裏の先には、愛しのヒロインの姿。その隣には、胡散臭そうな男が胡散臭い笑顔で胡散臭く話している。
こんなイベントは知らない。街のイベントはあったが、あんな男と路地裏に行くルートなんて見たことない。
「待ちなさい! ちょっ、待って……っ!」
奥に奥にと進んでいく亜麻色の乙女を、紅の乙女が追い掛けるが、入り組んだ道と浮浪者のような身なりの男達やこちらを睨み付ける老婆や女が、道を塞ぎ、体をぶつけようとしてくる。
治安の悪さが分かりやすく、それにカナリアは眉を顰めた。
「きゃっ!」
「あーいたた! 折れた! 折れたよ!!」
「はあ?!」
思いっ切りタックルをかましてきた老婆が、自身の右腕を擦りながら叫ぶ。
当たり屋、というものに生まれてこの方出会ったことのないカナリアは、理不尽過ぎるその行動に怒りを通り越して、呆れ果ててしまう。
痛がる老婆を見下ろし、カナリアは地を這うような低い声を出した。
「私の邪魔をしないでいただけます? 貴女の世迷言に付き合う暇はありませんの」
「うるさい、犯罪者! こんなか弱い老婆を怪我させておいてよく言うよ! その持ってるもん渡すくらいはしな!!」
「あっ! ちょっと!」
怪我をしているとは思えないほどの俊敏さと老人とは思えないほどの腕力に、カナリアは持っていた紙袋を取られる。
プツリ。何かが切れる音を聞き、カナリアは胸のブローチに手を触れた。
「返しなさい。返さなくては痛い目にあいますわよ」
「慰謝料だよ! 慰謝料!!」
「おう、そうだそうだ! 婆さんにそれくらい渡してやれ!!」
周りにいた男達もカナリアを囲み囃し立てる。
それに紅の女神は、氷点下並みの視線を彼らに突き刺した。
「”歌い踊る炎は私。全てを燃やし、焦がし尽くすそれが私”」
カナリアが歌い始めた途端、胸のブローチが真っ赤に光り輝く。煌めく赤い光が徐々に熱を帯び、辺りの温度を急激に上げた。
「な、なんだ?」
「あつ……っ!」
「”愛しい人よ、触れれば燃え尽き灰になる。私の愛は伝えてはならぬ禁断の愛”」
「歌魔法? こんな強い火の歌魔法なんて、見たことないぞ!」
「おいやめろ! 死んじまう!」
「”されども、傍に。あなたの傍に。あなたの寒さを吹き飛ばす小さな灯火として、傍にいます”」
カナリアを囲むように炎が燃え上がる。熱風が、熱さが、その場にいる人間を焦がし尽くそうと言わんばかりに逃げる人々を襲っている。
炎の中、叫び声を上げる人間達の様子はまさに地獄。
怒りに燃え上がるカナリアは、止まらない。
「お嬢さん、ちょっとやりすぎだよ」
聞き覚えのあるアルトの声。
カナリアの口を塞いだ大きな手に、炎は消えた。




